第九楽章
少々酸っぱい埃の匂いが鼻につく。
古臭い紙は今にもちぎれそうで、文章もかすれて読めない箇所がほとんどだった。
このどことなく特別な文献を発見したのはつい最近。
おそらく、本当に古典的なモノだ。おかげで解読できない文字なんかもそこには記されていた。何かの旧字体…なんかなんだろうが、生憎それを解読する術はなかなかに乏しい。
だからこそ、推測や憶測の域を出ない話だ、これは。
………でも明らかに何か匂う。
マイナ、という神。死神、疫病神、とにかくそんな名前ばかり呼ばれた存在。
大きく信仰されたメジアとは反対に、国民に忌み嫌われた存在。
耳にしたことが全くないわけではなかった。ただ、それは(宗教を深く信仰したこの国の存在としては不適な表現になるが)あくまで神話的な、ファンタジーの…すなわち、お伽噺の中での存在のように捉えていた。というか、ヴィートロイメントの国民はほとんど存在すらも知らないような神だ。そう考えていたのも無理はないだろう。
でも、この文献を鵜呑みにした発言をすれば、
「マイナ神は存在している…?」
メジア神と、同様に。今も尚。
とはいえ、と息を呑みなおす。
そう、この文献だって本当を言っているかなんてわかったもんじゃない。
そもそも解読できていない部分もある。
そんな状況で曖昧を呑み下してしまうのは危険だ。
…しかし、そう考えることで様々な違和感に合点がいくような気がするのだ。
どこか靄があるようなこの感じも、きっとそのせいなんだろうな。…多分。
「幻影を見せる、…ね」
とうに冷めたコーヒーを身体に通し、俺は再び意味を汲み取ることの出来ない文献に目を落としたところで声を掛けられた。
「指揮官、そろそろ時間みたいだ」
「ん?あぁ、そうか。悪いな」
「いえ。ところで、深刻そうな顔をしていたけれど…例の文献のことかい?」
彼…副指揮官の一人であるメルヴィンの問いかけに小さくあぁ、と答える。
「ひょっとしたら、何かまずいことが起こるんじゃないかな…と、ね」
今日わざわざ彼を連れて二人で外出するのだってそのためだ。
それはいやだなぁ、と薄金の彼は浅く笑う。
「たとえば…それは何時?」
「おそらく今日」
勘が当たるならな、とだけ付け足して俺らは拠点を後にした。