第八楽章
「はい。…はい、ありがとうございます。……いえそんな!いえ、こちらこそ。はい、おやすみなさい」
そっと受話器を置く。すっかり話し込んでしまっていたようで、もう結構そこそこに遅い時間になってしまっていた。
まさかスタッガルドさんとも電話をすることになるとは思いもしなかった。ちょっと声が前に聞いたときより暗いような気がしたけど、大丈夫かな。…なんて、私が言えることでもないか。
「随分と長電話でしたね、ソプラノさん」
「へ!?……ア、アリア指揮官…!」
唐突に耳に届いた鈴の音のような、声。思わず本日三回目の素っ頓狂な声をあげてしまう。
「…す、すみません。まだやるべき仕事も、色んなこと…たくさんあるのに、こんな、遅くに長電話なんてしてしまって…。今日だって、…あまりお役に立てなかったし……」
そんな柄にもなく弱々しい発言をする。俯きがちに、あまり大きくない声で。
「貴方は、優秀な指揮者です」
それはあまりにも突然、ふわ、と春のような香りに包まれる。香りに、きゅうと絞められる。
「アリアさん…?」
「色々と心配なのでしょう?…仕方のないことです。私にもそういう時はあります。大丈夫」
私のことを抱きしめたまま、彼女は続けた。
「貴方は、優秀な指揮者なのだから。そうでしょう?」
それはどこか縋るようで、弱々しくて、何かを確かめるかのようだった。まるで、今の私に似ている、とさえ感じた。そんな筈、無いのに。
息と言葉を呑み込むことしかできず、黙り込んだ。
私を絞めるその腕は、たしかに18歳の少女だった。
正午頃に止んだ雨がまた降りだして、鼓膜に音を反響させて通り過ぎてった。