第八楽章
「ねぇちょっと、聞いてる?」
自分の顔を覗き込むあどけない少女の声にふ、と起こされる。
「え、…あ、ごめん。何?聞いてなかった」
自分でもなんとなく気分がぼんやりとしてしまっていたのが分かった。
「なになに、話聞いてないなんて珍しいね?お兄ちゃんてば体調でも悪いのー?」
「うーん、たしかに。いつもに増して静かだし…、ヴァン働き過ぎ?過労?」
「過労かぁ……」
メロディアとペトラが話すのをそれとなく流し聞きながら目の前のホワイトボードに視線をやる。
内容は、今現在の国内にある教会の状況。現在残っている教会は実にあと3、4程度だという。随分と減ったものだ。確かこの国の教会は12…いや13だっただろうか。それくらいの数はあるはずなのだ。今となってはあったという方が表現としては正しいが。
「ん……はは、残りの教会の数ね。本当~によく減ったものだよ!しかしシヴォルタも馬鹿だよね…どうせ壊されていくのは分かってるはずなのにろくな護衛もしないでさ。ふふ」
「別にしてない訳じゃないでしょお姉ちゃん?向こうの護衛が強くなればなるほどこっちがそれを上回って強くなってるんだよ」
俺のそれとないスルーと視線に気づいたらしいメロディアが話題を振ってくれる。
「…うん。最近のアルフィーネ勢力はどんどん力も勢いも増している気がする。」
「やっぱそうだよね、ヴァンもそう思うよね~~!このままいけばオルゴールを破壊できる日だって遠くないんじゃない!?」
「そうかもね」
幼子のようにぴょこぴょこと嬉しそうにしているうちの副指揮官の向こうに、どこか神妙な顔つきをした指揮官を見つけた。何か悩みでもあるんだろうか。
…あるだろうな。立場上、悩みが尽きなくても仕方のないことだろう。
「どうしたの、指揮官?暗い顔してるけど」
それでもその暗い顔が引っ掛かるので声を掛けてみると、彼は少し言葉を飲み込むような姿勢を見せてから笑って言う。
「…なぁに、いくらこっちの勢力が力を強く持とうが、もう少し計画性を持ってやってもらいたいものだと考えていただけだ」
何かを抑制したかのようなその言葉選びに少々の違和感を覚えたが、「えぇ」と不満そうに声を漏らすメロディアを見るとそんな風に深刻に考えているのも自分だけな気がした。
「別に良くない?無駄に長引かせないためにも、いろんな手を使ってシヴォルタをさっさと片付けちゃわないと!それに、計画性の無い奴らがいるからこそ今こうして僕らが計画立てて動こうとしてるわけなんだから」
「はいはい、若者は勢いがあってよろしいな。…ところでヴァン、いつもより疲労の色が見えるが大丈夫か?熱でもあるようなら、少し休みなさい」
突然自分のことに話題が振られ、少々言葉に詰まる。
「……熱はないと思う。ただ、疲れているだけみたいだから大丈夫」
自分ではなんとも形容しがたい体調だった。たしかに熱がある気もしないし、風邪も引いていない。おそらく、不調ってやつかな。ここ最近しばらく室内事務ばかりで篭りっぱなしになっていたため、ストレスも溜まり気味なのかもしれない。
「ならいいんだが…。あぁ、もし本当に体調が大丈夫なら今度全員でどこかに出掛けることにしようか。最近そういうことも全くしていなかったしな」
「うそ!本当!?」
「どっちなのお姉ちゃん」
「いいね。しばらく外に出てないし、出掛けたいな」
「やったぁ!じゃあ決まりだ!いつ?明日?明日行こうよ!」
「そうだな。明日なら私も特に予定はないし…行先を決めよう」
まるで家族旅行にでもいくようなノリだ。
家族、…家族か。この暖かい場所を、失わないでいたい。そこまで考えた所でふと思った。
この戦争が終わったら、結果がどちらに傾こうとアルフィーネという組織の存在意義はなくなる。
戦争が続いてほしいわけじゃなかった。でも、この時が続けばいいのに、とは思った。
自分でもよく解らない感情だった。
そんなセンチメンタルを遮るように軽やかな電子音が鳴る。電話だった。
「あ、これ僕の着信音だ。ソープかも、ちょっと出てくるね!」
メロディアはそういうと、赤いマフラーを翻して部屋から出て行った。