第一楽章
「カノン、いる!?カノン!!」
ローブで口元を覆いながら彼女の名前を叫ぶ。消火していくとだんだん炎は薄れてきて、前方もよく見えるようになってきた。
「あ、めの…おにいちゃん…?」
炎を消した奥のほうで彼女は立ち尽くして泣いていた。
「カノン!!大丈夫!?早くこっちに、」
「違うの!!!」
早くこっちに来て。そう言おうとしてさえぎられる。
「違うの、 …ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい!」
涙を零しながらカノンは叫ぶ。さっき彼女と会った時の表情と重なる。また、こんな、こんな悲しい顔をしている。
「まだ炎も消えていないしここにいたら危ないよ!早くこっちに避難して、カノン!」
カノンは動かない。俺も炎のせいで思うように動けない。早く、早くしないと、このままじゃ。カノンは俯いて過呼吸気味に肩を震わせた後でこちらをじっと見つめた。
「私が、やったの」
衝動的に出た声が落ちる。
「この爆発は全部、私とお兄ちゃんがやったんだよ。…もう私はこのままこの火の中で死んでしまいたい、から。だって、…神なんて…信じる人がいるから、お母さんとお父さんは!神なんて存在があるから!!もうこれ以上こんな世界に生きていたくなんてない!!」
「カノン…?」
彼女の強い気のような何かで動けなくなる。
「私のことなんて助けちゃダメだよ、私は…もう……」
ああ、俺は。
勝手に彼女を自分側の子だと思い込んでいた。そっか。彼女の両親を殺めたのは、殺めてしまったのは。
シヴォルタ肯定派の人間だ。
それに気づいた途端に体中の力が抜けて一ミリも動けなくなってしまった。呆然とする。
どうしよう、どうすればいい?彼女の意思を尊重すればいい?彼女を救えばいい?救ったところで彼女は絶望の中幸せになれる?俺が彼女を救ってどうなる?
人助けもただの自己満足なのだろうか。
広がる煙に隠されて意志が見えなくなっていく。
「何してるんですかセンパイ!!!」
駅中に響いた彼女の声にハッとする。
「センパイは全員を救うんでしょう!?」
そうだ、そうだった。
今は意志とか、神の信仰がどうだとか、そんなことを考えている場合じゃない。
「ごめん、カノン!!」
やっぱり、今だけは俺のわがままに付き合ってほしいや。
消火器を撒き散らし、炎を避けて彼女の腕を引っ張る。彼女の意識は既に朦朧としている。でもまだ息はある。息がある人をここに置いていくなんて何があってもきっとしちゃあいけない。
ごめん、ごめんね。君は生きていなくちゃいけない。