第七楽章
「夜風はお身体を冷やしますよ」
ノックの後のどうぞという短い返事を得てその重々しい扉を開くと、威厳漂う指揮官室からさらりと冷たい空気が頬を撫でて出て行く。窓が開いていたらしかった。
「ふふ、なんだか夜の空気って好きで。…でもさすがに寒いですね、閉めましょう」
海のような深い青をした髪が、窓を閉じた際に滑り込んできた風によってまた小さくなびく。まるで絵画から切り取られたかのようなその表情、仕草に思わず見入ってしまう。
「それでツィスティアさん。ご用件があっていらしたのですよね?」
先ほどの絵画のような表情からは打って変わって、くるりとこちらに向き直った彼女の顔付きは俺とさして歳の変わらない少女のそれだった。あぁ、用件。そうだった。
「ええ、先日の聖堂での件やその後のことについてお伺いしたく。お時間、余裕ございますか、アリア指揮官」
「もちろん大丈夫ですよ、あることないことたくさんお話いたします!」
「……あることのみでお願いしたい」
「まあとりあえず腰を下ろしてください。そこのソファにでも」
指揮官の冗談をいつも通りあしらいながら、指示されたソファへと軽く会釈をしつつ腰掛けた。
「まず、ソプラノについて伺いたいことがいくつか。」
「なんでもどうぞ」
「…予想で構いません、最近の様子では見たところあとどれくらいととれます?」
「場合にもよるでしょうが、おそらくあと一週間もてばいい方かと」
予想していた質問だったのか、応答は想像以上にテンポよくぽんと返ってきた。
「…と、いいますと」
「ええと、今の感じでは何も問題なく……という風に感じてはいるんですが。きっと、それはもう張りつめきった古いピアノ線と等しい。ぷっつんしてしまうのも時間の問題です」
「……なるほど」
「まあでも、先日すぐ傍で見た際はなんの曇りもなく調子もよさそうに感じました」
「じゃあ本当に時間の問題である、と。」
「えぇ」
アリアはいたって快さそうな笑みで答える。
時間はもうない。カウントダウンは油断してればすぐにでも1になってしまう。当人には悪いが、使えるうちにソプラノを利用しておかなければ。
「他に訊きたいことは?」
静かに微笑む。
次の話題へと口を開いたはよかったものの、この時間はあと数秒で途切れてしまうこととなる。
「はい。先日の聖堂での件で」
「うわあああああああああ!?!?!!!!」
部屋のすぐ外、ものすごい勢いで何かが落ちる音(あくまで予想だ)と情けない叫び声。声の主なんて想像するまでもない。
「ふふ、ツィスティアさん。急なお仕事…ですね?」
「全くもう…。この話はまたの機会に。申し訳ない」
「構いませんよ。いつでもどうぞいらしてくださいね、御茶くらいならお出ししますから」
「えぇ、感謝します」
あぁもう本当に情けない奴だ。今回は何をしでかしたんだか。
「あぁそれと」
紅茶を嗜む青髪は少し陰りのある笑みで続ける。
「ピアノ線、うまく切ってやってくださいね。」
まるで、ドラマのワンシーンのようにすら感じた。