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第一楽章

 どうやら見たままの通り、本当にこの辺は被害が無いらしかった。住民の人と話すうちに知ったことなのだが、別段苦しい生活を送っているということもないらしい。アルフィーネからの被害が酷い地域には支援物資などを届けたりもしているのだが、ここはまだそれも必要なさそうだ。

「しかし今日はめずらしく寒いわねぇ」

調査の件での話が済み、何人かと他愛もない会話をしている際にその中にいたある婦人がそんなことを口にした。たしかに今日は少々肌寒い。この国は南北に細長く伸びているのだが、シヴォルタは南部、アルフィーネは北部に拠点を構えている。同様に国民は自分が肯定する組織の拠点側で生活を送っていることが多い。まあすなわちここはシヴォルタ肯定派の住む南部なため普段は温暖なのだ。ここ最近この国での災害が増えていることを思うとそんな気温の変化さえも何かの前兆のような気がして不安に駆られる。そんな俺の些細な表情の変化に感付いたのか、その婦人はにこりと柔らかく微笑むと
「大丈夫、メジア様はきっと貴方のこともお守りしてくださるわ」
そう優しく語りかけ、俺の手を取ってどこから取り出したのか数個の飴玉を握らせる。安心しろ、ということだろうか。本当にこの地域の人たちはあたたかい。小さな優しさにぎゅう、と心がしめ付けられる。この優しい人たちが、このあたたかい心をもつそれが変わってしまわぬうちにこの状況に終止符を打たなければならない。改めて痛感した。
「ありがとうございます、本当に」
少し照れ笑いながらその飴玉をそっとしまう。近くの時計を見やると、そろそろここを出る汽車が着く時間帯であることに気付いた。仕事は一通り終えているし、駅へと向かうことにした。婦人たちに別れを告げ、俺は足早に駅へと向かった。


 屋根のある駅に着くと、少し離れたところに座りながら泣いている女の子を見つけた。何かあったのだろうか。衝動的にその女の子の元に駆け寄る。

「あの、えっと大丈夫?どこか痛い?」
女の子は俯いていた顔をあげ、涙をぽろぽろと零したままこちらをじっと見る。年齢はおそらく俺よりもかなり下だろう。十歳前後、といったところだろうか。女の子は黙って泣いているままだ。何か複雑な話せない事情でもあるのだろうか。

「そうだ、えっと…これ、あげるよ。もし俺でよければ何があったか話してみて…?あ、いや、話したくない事だったら全然いいんだけど!ただ、その元気になってほしいし、泣いてるのは、悲しいから…」
さっき婦人から貰った飴玉を差し出したまま俺がわたわたとそんなことを口走っていると、女の子はその飴玉をひとつ受け取ってありがとうと小さく言い、ぽつぽつと話し出した。


彼女の名前はカノン。話を聞くとカノンはつい最近敵襲で両親を亡くしたばかりらしかった。駅の片隅で両親のことを思い出して一人で泣いていたという。カノンは目の前で両親を殺され、今でも鮮烈にその日のことを覚えていると彼女は涙ながらに語った。
「なんか、ごめんね…その、つらい事訊いちゃって」
そう言うと、カノンはいいんだ、と笑った。
「話したら、少し楽になったの。ありがとう、飴のおにいちゃん。」
彼女はまだ腫れて赤い目元をこすりながらそう言った。どうやらカノンは自分の兄を待っていたらしく、待ち合わせ場所に到着したらしい兄の元へと駆けていった。

 まだ汽車は来ないので、少し近くのベンチに腰掛けて待つことにした。ついさっきまでのことを思い出す。いくらさっき訪れた集落が平和でも、この国全体が平和であるという訳ではない。本当の平和とはいったい何なのだろうか。きっとシヴォルタにとってはアルフィーネを倒す事、アルフィーネはその逆。でもきっと、それは俺にとっての平和とは少し違う。

アルフィーネの人も、俺らも。
国の全員が幸せになって、皆で仲良くできるようになれたら。

また、あの頃みたいに笑いあえる日は来るのかもしれない。

なんてそんなことをぼんやりと考えていると、ふと暑くなってきたように感じる。首筋にもじとりと汗が滲んできた。再び眠気が襲ってきた中でぐるぐると思考する。気温の上昇だろうか。いや、もう夕方だしそれは考えにくいだろう…などと思ったその時だった。


爆発音で目が醒めた。



見ると、先ほど着いたと思われる汽車の後方には炎が広がっていた。体感温度の上昇はこのせいだったらしい。悲鳴、怒号、泣き声。様々なノイズで耳が塞がれる中、ハッとした。

カノンとその兄。

彼女たちはさっき今炎が燃え上がっているあたりに向かったはずだ。
「カノン!!」
考えるよりも先にそこへと走り出していた。走り出していたはず、…なのだが突如腕を引かれて立ち止まらざるを得なかった。

「メル、さん…?と、ネリネ?」
「アルフィーネ肯定派の奇襲だね。君だけで行くのは危険だ、僕らも手伝うよ」
俺が立ち止まると、メルさんは掴んでいた俺の腕を離してくれた。どうやら二人も仕事でこの付近まで来ていたらしい。

「センパイ、一人で行くなんて無茶ですからね?ネリネにも手伝わせてください!」
「そっか…そうだよね、ありがとう。メルさんも。みんなを救いに行きましょう」

少々の心細さが二人のおかげで解消したところで俺らは火災の元へと走った。

「人数自体はそこまで多くなさそう、ですね… 全員救えそうです」
「そうだね、ひとまず消火をお願いできるかい?僕が何人か救出する」
ネリネと共にメルさんの言葉に頷き、傍にあった消火器を手に取り汽車に向かって放つ。
「ネリネは外側から消火をお願い!俺が内側から行くから!」
「了解です、センパイ!」

彼女の元気のいい返事を聞いた後で汽車の内部に向かって勢いよく噴射する。カノンたちは無事だろうか。どうか、どうか。彼女らをここで亡くす訳にはいかない、絶対に。
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