第五楽章
「いっっったーーーーい!?!?」
目の前にいる副指揮官の少女はキンとわざとらしく声を響かせた。わざとらしくはあったものの、その声は確かに痛みを受けた声だった。自分の手に握られたナイフからは鮮血が滴っている。
「はは、本当アルフィーネって学習しないんだね!まあ時間を止められちゃあ対策のしようもないか」
「時を止めて金髪のシヴォルタを別のとこに連れてくだけならまだしも、まさかこんな可愛らしい僕の腕に傷を付けるなんて大した奴だね、ほんっと反吐が出そう!」
「っい、ッ…!?」
頭を勢いよく鉄製の壁にぶつける。どうやら弾き飛ばされたらしい。衝撃はさほどでもないが、一瞬だけ響いた耳鳴りが妙にうるさかった。アルフィーネの副指揮官は、こちら側に靴音を鳴らしながら歩み寄る。
「お返し。学習しないのはどっちだっての」
思いのほか冷めた声と視線に刺される。汗が滲んだ。ぐらぐらと色々なことが音を立てる。
ああもう、本当にこいつは気に食わない。大切な仲間の悩みの種となる、こいつが。
「…何なんだ、お前。」
「は?」
返された声は、腹が立つほど自分と同じ種類の感情の篭っているものだった。
「お前、…。メトロと…仲良かったんじゃ、ないの。いつの話だか、知らないけど」
嫌悪。
「なんで、そんなこと……聞いたの?お前んとこのから」
これも、嫌悪。
「……それ以外無いでしょ。…なんでお前が、お前みたいなアルフィーネの奴なんかが」
いや、憎悪か?
「お前、本当なんなの?なんでお前なんか」
「うるっさいなあ!」
言おうとして、憎悪で溢れた声と腕に走った鋭い痛みに遮られた。
「なんだと思う?知らなくていいぜ」
がちゃん。
ハッとして顔をあげると、そこには手錠、枷やらを外された状態でけろりと檻の外に出されたアルフィーネの赤髪がいた。
「大丈夫、ペトラ?」
「ありがと、ヴァンくん!そいや、随分話が熱くなってたみたいだけど。…おかげさまで助かったよー!カステラちゃん、いくら頼んでもこれ、外してくれなかったんだもん」
音を消されてた、か。今思えば、どうりで目の前のこいつ以外に何も動きを感じなかった訳だ。
「って、そんなに易々と出すつもりないんだけど」
三秒間だけ止まった世界で、念のために忍ばせていた拳銃を構える。
「わ、すっごく物騒。お姉ちゃん危ない」
引き金を、
「スッッッットォオーーーーーーーーーップフォルテーーーッッ!!!!!!!!!」
「は!?」
突然のことにぎょっとして全員が声のした先を見る。
「メトロ…?なに、どうしたの」
「はあ、よかった、銃はまだ撃ってないよね、はあ…」
メトロはよほど急いで走ってきたのか、深く息をしながら呼吸を整える。
「いや、さっきシューさんから連絡があってさ…。もうアルフィーネのその子、返していいよ…って。だから、その…これ以上は……平和にいかない?」
………いや何その展開。アルフィーネの奴らもぽかんとしてるんだけど。
「えっ…じゃあ僕帰っていいの?」
「…そうみたい。よかったね」
アルフィーネの野郎共の会話をよそに、僕はなんだか拍子抜けしたままだった。先ほどまで目の前にいた赤マフラーはもうその野郎の方に移動していた。
「ってフォルテ!腕怪我してるんじゃん、大丈夫?いたそう…とりあえず止血しようか」
「え?あ、あぁ…そうだった」
そういえばそうだ、僕怪我してたんだった。今更になってもう一度痛みがじくじくとやってくる。
「やっぱりフォルテ、疲れてるんじゃない?…顔色、よくないよ」
「うん、そうかも。なんか眠い…うーん……」
「えっフォルテ!?ちょっ、ここで寝ないで!あれっもう寝た…!?」
気付けば、アルフィーネのやつらはもう居なくなっていた。また知らない間にここの建物を破壊して脱出したらしく、今度は天井に穴が開いていた。まったく、奴らはとことんまで僕らの資金を修理費に回そうとしているらしい。
なんだか今日はこれまでにないくらいどっと疲れた。メトロには悪いけど、一旦ここで寝かせておいてほしいや。
学習していなかったのは僕の方、だったのかな。