第五楽章
沈黙が重い。
ピアノの音を失った娯楽室の中で僕は、依然として言葉を呑み込み続けていた。視線を鍵盤に落とす。ああ、ええと。こういう時ってほんと、どうすればいいんだろう。何も思考が進まない。たっぷり一分ほど全てを飲み下した後で無理やり喉の奥から引っ張り出してきた言葉は、「そうなんだ」と素っ気ない一言だった。
「…ごめん、なんか」
「謝ることじゃ、ないだろ」
「そうだね…、そっか」
メトロが立ち上がったのか、椅子が無機質にかたんと音を鳴らす。かちゃかちゃとカップを片付けているらしい音が耳にただ耳の後ろに届く。
ぼんやりと色んなことを思い浮かべていた。今の国のこと、昔のこと、自分のこと、妹のこと。停滞しきったこの頭はもう考えることを望まなかった。ただ絵を描いて、鍵盤を叩いて、笑っていられたらな。正解はどれだ?僕はどうしたらいいんだろう。副指揮官として、一個人フォルテ・ド・クロッキーとして。
「フォルテも疲れてるんでしょ?よかったらどうぞ」
ふいに差し出されたのは湯気を立てる紅茶の揺れるティーカップ。拍子抜けている僕の顔が相当な間抜け面であるのは容易に想像できた。少しだけ俯いて、透き通る紅色を曖昧に飲み込んでいく。
「…紅茶淹れるの絶対向いてないよ、メトロ」
「えっ?…えっ嘘でしょ、今日のは結構自信あったんだけど」
「あはは、まだまだって感じかな!強いて言うなら温度は及第点」
「手厳しい……」
落ち着いた空気に身を委ねて笑った。
「でもありがとう、メトロ」
そう名前を呼ぶと、少々本気で凹みかけていた彼も多少困ったようにふにゃふにゃと間の抜けた笑みを浮かべてくれた。たまには、人に淹れてもらう紅茶もいいかもしれない。
再びティーカップに口を付けようとしたとき、地響きのような何かが崩れる音が聞こえた。二人で顔を見合わせて咄嗟に立ち上がる。もしかしなくてもアルフィーネの仕業だろう。
「うっわ…こりゃ酷い」
廊下に出てみると、案の定そこには壊された壁とその残骸が転がっていた。