第三楽章
絶えず反響していく笑い声。いたる所で行き交う楽しげな音、音、音。空は爽やかに晴れ渡り、少し暑いくらいの陽射しが優しくエーデルワイスの花を照らす。幸せの充満した、幸福だけの空間。…空間?
あれ、ここはどこだっけ?
「何を言っているの?…ここはテルツェットの街だよ」
あぁ、そうだったね。ごめん、僕疲れてるのかな。
「少しは休むのも必要なことですよ」
そっか、そうだね。気を付けるよ。
「ね、次は向こうを見に行こうよ!」
そう言って手をぐいと引かれる。勢い余ってつんのめりそうになった。言われた向こうには、誇らしげに、堂々と咲くアキレアの花たちが広がっていた。
手を掴んだたまま、走り出してしまった。
ま、待ってよ。ちょっと待ってってば!
「待たないよ!…行きたくないなら、置いてっちゃうよ」
手を離される。
待って。…置いていかないで。なんで、どうして。
わからない、わからない。
ねぇ、ここはどこだっけ。なんでか思い出せないや。ねぇ、答えて。応えてよ!…どうして返事がないんだろう。
わからない、何も、何も、何も。
もう一度訊くよ。
ここはどこ?
「会議室だよ」
明らかに怒気が含まれた声にハッとして顔をあげる。
「もう!会議中に居眠りするなよ、メトロノームめ!」
そういって怒鳴ると、こつんと拳骨をされた。思いのほか痛い。
「ご、ごめんフォルテ…。えっと、何の話だったっけ」
フォルテは、はぁ!?と憤慨したような声をあげると共に俺をきつく睨みつける。ごめんて…。
「どんだけ聞いてなかったんだよ全く…。ほら、昨日。シュー兄さんがアルフィーネのチャラ男…ペトロ?ペトラ?ペトリ…?忘れたけど、そいつの身柄を確保して今地下牢に閉じ込めてるでしょ。今はシュー兄さんが就いてるけどこの後出掛ける用事あるらしいから交代で誰がそいつの見張りに入るか、…って話。わかった?」
「わざわざありがとう…、ごめん」
アルフィーネの赤髪の青年のことだろうか。…おそらく、シューさん自身アルフィーネに関して聞き出したいことが山ほどあるが故にそのような手段を取ったのだろう。それにしてもいつの間にそんなことをしていたのだろうか。全然気づきもしなかった。さすがは指揮官、とでもいう感じだ。
「それで、誰が見張りに入るかなんだけど…__」
さっき居眠りの間に見た夢のことを思い出す。怒鳴られたせいか、記憶は少々飛んでしまって曖昧だが、なんとなく雰囲気はしっかりと覚えていた。
昔の記憶でも見ていたのだろうか。どこか、既視感はあった。夢のように__事実夢だが__きれいなどこかの街の花畑。明らかに幸福だった。誰がみても、誰がそれを文に書き起こしても幸せな描写にしかならないほど美しい光景だった。ただ、後味だけがとてつもなく悪い夢だった。まるで、世界に独りぼっちで取り残されて、全部全部無かったことにされて、そのうえ全てを踏み潰されてぐしゃぐしゃになってしまった後の気分のような。そんな酷い気分にさせる夢だった。楽しい光景の夢だったはずなのに、俺はそれを悪夢だとしか思えなかった。目が覚めてからも、ずっと、そんな気分だった。今も。
「__…でしょ。だから、フローラに頼もうかと思ってるんだ。ね、メトロもいいと思わない?」
「…。…え!?あ、えっと、そうだね!いいと思う!すごく!」
また話を聞いていなかった。ゆえに、見るからに挙動不審な返答をした俺はまたもやフォルテに睨まれる。
「起きてても話聞いてないって相当やばいんじゃないの…」
…もはやその反応は呆れの域であった。