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第十六楽章「a tempo」〈後編〉


夢中で走っていた。
ひどく晴れた空の下を、すべてを振り払うようなつもりで。わき目もふらず、淡々と。途中、怪しい動きをする人間をたびたび見かけたが、あれは本当にマイナ側の人間のことは襲わないようになっているらしく、俺には見向きもしなかった。
「……はぁ…」
さすがに足がもつれてしまい、戻って来るや否や、玄関先でへたりとうずくまってしまう。
わざわざ時間をもらい、未練を断ち切ろうと外に出ていったはいいものの、やっぱり直接会えばその分だけ情はふつふつとわいてくる。いっそ本当にこのまま帰らないでいてやろうかなんて思ったけど、自分に流れる血はそれをよしとはしてくれない。生まれながらにドミナントとはよく言ったものだと、自嘲する。さて、かの幼馴染たちは今後うまくやっていってくれるだろうか。せめて、今回の件が再び手を取り合うきっかけにでもなれたなら幸いだなと思う。ようやくあがった息は落ち着いてくる。

ふとカツンと靴の音がして見上げれば、少し先にセイレーン指揮官の姿が見えた。反射的に立ち上がって、軽く礼をする。

「ただいま戻りました」
「ご苦労だったな。時間も守れている」
「……はい」
静かな空気は少し重たい。深く息を吸って、ありがとうございましたと告げる。私的な用にお時間をくださり、ありがとうございました。指揮官は鼻で笑い、「構わん」と言う。

「どうだ、できたか?一人の人間としての未練を切り離す、というのは」
薄く笑って指揮官は言う。つめたく、鋭い声だ。
「……えぇ、きっと。今の俺はもう、どこをとってもドミナントの人間です」
「ふん……それは結構なことじゃないか」
指揮官はからからと笑っている。

「わかっているだろうが、これからが正念場だ。隙など見せるなよ、ドミナントとして生まれた身であることを忘れるな」
冷えた眼差しの奥には何かが灯されている。その真意を俺は詳しくは知らない。

「すべてを壊すんだ、メジア派の何もかもをな」

マイナ、メジア。その単語からふと、昔のことを思い出す。以前ドミナントに勤めていた時のお父さんは、あの神たちについて何と言っていたっけな。仕事をするすぐ傍で毎日のようにきいていた気さえするのに、俺はそれをぽっかり忘れてしまっていた。

ただ、なんとなくだけど、すべてを壊そうとするその指揮官の眼差しにだけ、ほんの少し、ただひとつだけ、疑いとも呼べる感覚を持っている。
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