公安に異動したらスパダリ彼氏が豹変した
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「レイちゃん、8番テーブルにお願い。こちらお客様カードよ」
「わかりました」
開店後まだお客様も少ない時間帯。
バックヤードで生花を整えていた私をママが呼ぶ。
腰を上げて渡された個人情報を見て、ついに来たかと思った。
もともと、決まった曜日にしか来ない男であることは知っていたし、今日かも、と半ば踏んでいた。
その男ーー今回の捜査対象のお気に入りのキャストは、急遽体調不良で欠勤(何かおかしなものでも飲んだかな?)、またとないチャンス。
「いつもはハナちゃんご指名なのだけど、今日はお休みだから。新しくレイちゃんについてもらおうかなって」
「ありがとうございます」
この店では会員一人ずつ、全てにお客様カードというものが作られる。
何の仕事をしていて、何の話題が好きか。誰を指名するか。どんなお酒を好むか。
奴のことは、働き始めてからすぐにリストから探し出して頭に入れておいたので、復習程度に目を通す。
50代。仕事は製薬会社の常務。
趣味は競馬。
家族は別れた妻とその娘。
製薬会社で化学兵器ってあたり、神経ガスなんかもやってるんだろうか…。
本当、我が国はどうなっていることやら…胃が痛い。
ハナちゃんは清純派かつ知的さを売りにしているので、私も今日は慎ましやかにいこう。
鏡で身なりを確認して、気合いを入れてバックヤードを出る。仕事の時間だ。
「レイです、よろしくお願いします」
会釈とともに挨拶を済ませ、L字ソファの隣のスペースに身を滑らせる。
若干メタボだが、警察庁のデータベースで見た顔と相違ない。
清潔感があっていかにも高そうな3ピースを着る男は、とても犯罪に手を染めているようには見えない。
まぁ、そのスーツの資金は違法に稼いだ報酬なのでしょうけどね…。
ソファの背もたれに片腕を置く男は、私を値踏みするように見て。
「君、最近入ったんだって?」
「えぇ。ーー様は、いつも来てくださると伺っています」
話しながらグラスに大きめの氷を入れ、ウィスキーを氷にかけるようにゆっくり注ぐ。
資料で見た男の好きな飲み方は、ロックの王道。
シングルで13.5のステア。
「今までもこういう世界にいたの?」
「そうなんです。色んな方とお話しをするのが好きで」
私の差し出したウィスキーに口をつけた男は、ふぅん、と興味なさげに相槌を打った。
さて、どうやって口説いていこうか。
「今日はハナちゃんが急遽お休みで…具合が悪くなってしまったみたいで」
「風邪?」
「どうなんでしょう。昨日までそんな素ぶりはなかったんです。貧血か何かかしら…」
「彼女、時々青白かったし、もともと貧血がちなんじゃない?」
グラスを置いて右手をひらひらさせて、彼女の体調を推測する男。
白状しよう。彼女の欠勤は貧血なんかではない。
本当に申し訳ないが、少々具合が悪くなるよう細工させてもらった。方法は聞かないでほしい。
その代わり、もっと良い時給でかつ評判の良いクラブを斡旋しておいたので許してね、ハナちゃん。
「さすがですね。お仕事柄やっぱり人の体調は気付かれますか?」
私が感心するように言えば、
「まぁね。これでもその方面の仕事だし、医者ともよく関わってるから」
「へぇ…すごいですね」
少々自慢げに、鼻の下を触った。
褒めは有効なのね。なるほど。
お前が詳しいのは化学兵器の輸出方法だろと突っ込みたくなるけど。
男のグラスについた水滴をハンカチで吹きながらじゃぁ、とほんの少し上半身の距離を詰める。
「私がどこか悪そうとか、わかったりしますか?」
積極的に、それでいて品を落とさないように。
いたずらっぽく顔を寄せれば、ずいっと私の顔面を凝視して
「う〜ん、クマがひどいな!働きすぎか?」
「」
胡散臭すぎるぐらい大げさに、ズバリ、私の目元を指差して得意げに言う。
…犯罪者に過労を指摘される日が来るとは思わなかった。
確かに万年睡眠不足であることは自覚している。
言葉を失った私に、可笑しそうに笑ったあと。
「苦労してるわけだ?まぁ…世の中楽な仕事はないからね」
含みを持たせた言い方。視線は右水平ーー過去の記憶をたどっているサイン。
自分の仕事を思い返しているのだろうか。
「大人になると、色んなことが見えてしまいますから」
彼のトーンに合わせて、いかにも悩みがあるように振る舞えば。
グラスをゆっくり回して、同意をするように頷いた。
直感だが、これならじっくりやればいけるだろう。
このひとまず今日は
「なーんて。楽しいお話しましょ、ーーさん」
20代のホステスらしく明るく笑顔を作って、彼のグラスにお酒を注ぎ足した。