公安に異動したらスパダリ彼氏が豹変した
Name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
俺は彼女のことをどれだけ分かっているつもりだったのだろう、と最近しばしば考える。
みらとは、もう随分長い付き合いになる。
大学生から今に至るまで、彼女の20代はほとんど俺が独占してきたようなものだ。
共にキャリアで入庁した俺たちは、社会人になってもなんだかんだ、お互いを尊重してこれまでやってきた。
つい、この前まで。
今2メートル先で汗をぬぐうみらは、俺と目を合わさないように必死、かと思えば、さっき俺が蹴りを入れてしまった脇腹をさりげなく気にしている。
やっぱりまずかったよな。
給水スペースに行って、製氷機の氷を掬いながら自分の蹴りを思い返す。
怪我にはならないように注意をしているつもりだが、彼女があまりにもいい線をいっているから。つい、条件反射で反撃をしてしまったのだ。
もちろんみらの顔を前にして、犯罪者にお見舞いするほどの力は入らないにせよ、相当痛かっただろうと思う。
公安入りに反対はしたものの、仲間になった以上は厳しく指導しなければとこの特訓を始めたのだが、正直みらがここまでやれるとは思わなかった。
しかも、俺とのスパーリングでどんどん腕を上げた。絞め技から抜け出せたのも、この7日間の成果かもしれない。
氷を入れた袋の口を縛って、彼女のもとへ近づく。
何かを思い耽っているのか一点を見つめたままのみらは、俺がそばまで来たことに気付いていない。
何度か苗字を呼んでも反応しないので、いたずら心半分で氷を二の腕に当てた。
ひゃぁ、と案の定の反応で、驚いてこちらを見たみら。
…そんな隙だらけの彼女は、頼むから俺の前だけにしておいてほしい。
氷嚢を渡せば大人しく受け取って、でも視線は下に向いたままだ。気まずそうに、眉も下がり気味だ。
やりすぎたのか、と思う。
それはスパーリングの意味でも、距離感の意味でも。
ひとの感情というのは本当に複雑だ。
俺や彼女がどれだけ勉強が出来て、いい大学を出ていたって。そんなもの、お互いの心を推しはかることには何の役にも立たない。
俺がどう思っていても、彼女が何を考えていても。結局のところ伝わっていなければ意味がない。けれど、伝えるべきではないこともある。
俺がこんなに彼女に冷たくする理由は、みらも額面通りでしか受け取れていないだろう。それでいいと思っている自分もいる。
下を向くみらの、無造作にまとめた髪からもれたひと束が、汗で首筋にぴたりと張り付いている。無意識に、目が離せない。
化粧も崩れていたってむしろ色っぽいと思うのは、惚れた弱みってやつか。
汗を拭う指先でさえ、彼女を好きだと実感させる。
その伏せられた目線を少しでも自分に向けてほしくて、
「もう少しやるつもりだったけど、やめとく。スパーリングも今日で終わり。明後日から捜査に組まれるそうだから、帰ってよく休めよ」
「……え、あ、うん…」
「結構厳しめにやったけど、考えてみたら来栖に拳銃持たせたら俺でも勝てない気がするな」
思わず、以前のように声をかけていた。
あれだけ冷たくしたのに自分勝手なものだ。
でもみらが唐突に顔を覆ってしまったものだから、もしや今頃痛みが強くなったのだろうか。慌てて表情を見ようとするも手と氷嚢に阻まれて全く伺えない。
声をかければ、一瞬間を置いて、大丈夫ですと目だけ覗かせて言うみらが、今度はちゃんと俺の顔を見てくれたから。
少しだけ心のつっかえが取れた気がした。