名前
名前変換
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「名前ちゃ〜ん、コピー機の紙無くなったみたいなんやけど」
「名前ちゃん、多摩美の去年の問題集あらへん?」
「なあ名前ちゃん」
……はあ、やっぱり今日もか。
私が事務をしている予備校の生徒、橋田くんは私のことを名前で呼んでくる。
スポーツ選手みたいに大きな長身と腰まで伸びる長い三つ編み、そして胡散臭い関西弁。
予備校の中でも一際特徴的な彼の名前を覚えるのに時間は掛からなかった。
「橋田くん」
「ん〜?どしたん名前ちゃん」
「ぬう……。どう?課題ちゃんと進んでる?」
「ぼちぼちやね。それより、何か言いかけた?」
切れ長の瞳にジッと見つめられ、口籠る。
私の方が橋田くんより年上なんだし名前で呼ばないでほしい、なんて下らない話だ。
そもそも本当に心の底から敬われたいというわけでもないし。
「別に何でも──」
「ふうん。かぁわいいなぁ、名前ちゃんは」
彼は目をキュッとキツネのように細める。
それを見て、私はからかわれてるんだと確信した。
「可愛くなんてないですよ!『ハルカちゃん』」
仕返しにもならないかもしれないけど、せめてもの抵抗に橋田くんの下の名前を呼んでやった。
すると彼は、一層笑みを深くする。
「あっはは!名前ちゃん、俺の名前覚えててくれたん?うれし〜なぁ」
「え、ええ……?」
「これからはずっと悠ちゃんでもええんやで?」
「いやそれは無理です」
「あら、残念やなあ。なんなら呼び捨てでもええんやけど」
「……橋田くんは何で私のことだけ名前で呼ぶの?大葉先生とかはちゃんと呼ぶのに」
私ってそんなに年上っぽくないかなぁ。
威厳がない?それとも子供っぽすぎ?
「理由──気になるん?」
彼はカウンターに肘をつき、身を乗り出した。
口元に浮かぶ妖艶な笑みは私よりはるかに大人っぽくて、思わずドキリとさせられる。
そりゃあ、私が子供っぽく見えるわけだよ……!
「き、気になります……」
「じゃあ僕のこと『悠』って呼んでくれたら教えてあげる」
「はい?いやいやいや……呼びません」
「なんや残念やなぁ。名前ちゃんは恥ずかしがり屋さんや」
「はいはい、もう分かったからそろそろ戻ってくださ〜い」
いつもの胡散臭い笑顔に戻った橋田くんに少しだけ安心した。
はあ……こんなんだから年下の男の子に舐められちゃうんだよなぁ。
あと3分で始業のチャイムが鳴る。
「ほな急がなあかんな」
橋田くんは全然急いでなさそうに腰を上げた。
「……頑張ってね、『悠』」
去り際の彼の背中に向かって、挑戦状のようなそれを投げかけた。
すると彼の動きがピタリと止まり、顔だけが此方を振り向く。
少し困っているような横顔。
その耳は少し赤くなっている気がした。
「……!かぁ〜わいい」
白衣がはためく後ろ姿をニヤリと見送る。
大きな背中はようやく年相応に見えた。
「ホンマあの人は──」
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