天空の難破船【完結】
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中「奴等はどうした!?」
次「犯人の二人ならそこでのびとるわい。さっきの急上昇の時、壁に激突してな……自業自得じゃ」
仲間だと思われていた石本、西谷が再度飛行船をハイジャックした頃、突如飛行船が急上昇し、機体が傾いた。しかし、その傾きのおかげでふたりは壁に激突し、気絶していた。傾きも収まり、ようやく一息つける状況だと思った時、元太の焦り声で、少年に注目が集まった。
元「憐姉ちゃん!憐姉ちゃん!!」
中「憐ちゃんがどうかしたのか?!」
中森がその焦りにつられて、大声を出して元太に説明を求めた。脅威は去ったものの、今だ紐で縛られており、憐の状況を確認したくても出来ない……身動きが取れない状況は続いていたからだ。
元「憐姉ちゃんが目を閉じたまま動かないんだよ!」
中「何?!」
「「「「「!?」」」」」
この事を聞いて蘭や園子が憐に呼びかけるも反応が返ってこなかった。
元「何でだよ〜?!ど、どうして憐姉ちゃんは……」
光「恐らく僕達を守る為ですよ……!憐お姉さん、僕達に当たらないようにする為に、足を伸ばして落ちてきた椅子や机を蹴ってたんです……!でも、全部は捌ききれなくて、何個か憐お姉さんの頭や足に当たってました!だから……」
光彦が憐の状態について強く訴える。彼女は文字通り体を張って自分達を守ってくれていたのだと……しかし、その語気も次第に弱まった。自分達を守ってくれていたことで、彼女が犠牲になっていた事実は、幼い少年でも分かった。
訳を問うていた元太でさえも、やっと己の状況を把握し、申し訳なさそうな顔をした。
蘭「どうしよう!憐もだけどコナンくんも……大丈夫かな」
蘭の呟きの後、突如遠くの方を見つめルパンが吠え始めた。するとその方向から、軽快な声が皆の耳に届く。
キ「いやぁ、驚きました……ホールまで様子を見に来たら、いきなり床が傾くんですから……」
月下の奇術師と謳われた怪盗キッドが悠然と歩きながら姿を現したのだ。
中「おのれキッド!こんな大変な時に……!!」
園「キッド様?!……」
突然の怪盗の姿に、中森は語気を荒げて突っかかろうとするも、両手は変わらず紐に繋がれていて身動きが取れない状況だった。
蘭「コナンくんは?」
蘭はキッドにコナンの安否を問いかける。一度落ちた少年が再びこの飛行船に舞い戻ったということは、それを助けた者がいる。コナンが落ちた時、助けたのは白き怪盗……ならばその怪盗が手助けして再びこの飛行船に戻ってきたのだろうと察しが着いた。
キ「あの坊やなら無事ですよ……もうじきここに来るでしょう」
そう言って蘭の両手が結ばれた紐を解き始めたキッド。
キ「じゃあ、皆さんのロープも解いてやってください」
園「キッド様!私も〜!!」
中「待て!!キッド!!」
キ「あぁ、もちろん警部のロープは最後でよろしく……」
キッドは蘭に皆の紐を解くように指示を出しながら、蘭の紐を解いた。そして軽口を叩きながら、さり気なく意識のない憐に視線を向けた。
園子や中森の声には答えず、颯爽と歩いて気絶していた石本達へと近づく。彼らの所有する鞄の中から、今回のお宝……
キ「では皆さん……お約束通り、お宝は頂いて参ります!!それと……」
キッドは話していた口を閉じて、ある人物の前へと移動する。立っている彼から見下ろされてもその人物は動かなかった。……彼女は目を閉じて俯いており、彼を見上げる気配もない。
その様子にキッドは、無言で彼女が括られていた両手の紐を解いてやる。あれほど園子から熱烈に解くよう言われても解かなかったキッドが、自ら心配そうな表情で紐を解いているその姿に、喚いていた中森や園子は何も言えず口を閉ざし、一心に注目を浴びていた。
先程から一言も喋らず、意識もない憐の紐を解き、地面に倒れ込みそうだった彼女の体をキッドは優しく抱き上げた。
キ「これはお約束になかったのですが、無礼を承知で申し上げます。宝石と同時に……
彼女も頂きます……」
「「「「「!?」」」」」
憐を抱き上げた状態でキッドは静かに言葉を紡いだ。その場にいた皆が驚きの表情で彼を見つめていた。
中「な、何を巫山戯たことを……」
真っ先にキッドに声をかけた中森の強い口調にも、彼は怯まずに鋭い視線を返す。
キ「これが巫山戯ているとでも……?」
中「!?」
どんな時も不敵な笑みを欠かさない、のらりくらりと平然に対応するキッドが、中森に対して鋭い視線を送っていた。しかし、すぐにいつものような笑みを浮かべて、中森達に背を向けた。
中「だ、駄目に決まってるだろうが!!憐ちゃんを離せ!何処に連れて行く気だ!!」
キ「ご安心を……悪いようには致しませんから」
次「ほぅ……噂は真であったか」
キ「……?」
憐を連れてホールから去ろうとする怪盗の背中に、次郎吉が静かに呟く。その言葉に怪盗は動かしていた足を止め、体を次郎吉の方へと向ける。
次「あの小童と園子から聞いておる。その娘は、汝にとって余程大事な娘らしいのぅ……先程もこのホールに訪れた時、儂達に語りかけながら、その娘に目を向けて安否を気にしておったからな」
次郎吉の言葉に、皆の視線は1点に集中した。彼らの見ている先は、今も意識はなく、大人しくキッドに抱えられている憐に向けられていた。キッドも抱えている彼女に再度目を向け、ゆっくりと口を開いた。
キ「暗闇が支配する世界の中で、ただ静かに浮かんでいる。この世の何よりも美しく、仄かな光で、どんな者でも優しく包み込んでしまう……
そんな月を、私は愛しているんです……」
彼の紡ぐ真愛と慈愛に満ちた視線に、今度は次郎吉だけではなくこの場にいた全員が彼の言葉の意味を理解する……。
─── 月下の奇術師と呼ばれる怪盗が愛した月とは、彼が大事そうに抱えている彼女なのだと……
中「なっ……逃げるな!!キッド!!」
次「おのれコソ泥め!!」
予想外の怪盗の言動に調子を崩されて、中森や次郎吉達がワンテンポ遅れて非難が飛んでも彼は意に介さなかった。
キ「怪盗ですよ……」
少し顔を後ろに向け、余裕綽々と訂正してくる怪盗を中森達は悔しそうに見ることしか出来なかった。
ホールにいた者達は彼の想いを目の当たりにする。しかし、それらはほんの一部に過ぎず、実は彼が計り知れない程の想いを抱えていることなど知る由もない。
蘭「……」
そんな怪盗が颯爽と去っていく姿を蘭は複雑な想いで見つめていた。
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快斗side
飛行船バイオテロ事件も終息を迎える頃に彼らの前に姿を現す事を決めたのは、名探偵に憐の様子を聞いていたから。憐の腕に発疹が表れ、一時はどうなるかと思ったが、ただの漆のかぶれだと知り、ようやく少し肩の荷がおりた。
憐の方は名探偵に任せ、俺は隠れてやり過ごし、ホールの様子を伺っていた。名探偵が奴らの仲間をやれば、残りの残党も手早く片付けられるだろう。一応中森警部や、元刑事の毛利探偵がいるのだから心配はしていなかったが、念の為に隠れていた。
……それにこっちには憐の頬を殴ったあのウェイトレスがいる。俺は借りたものはちゃんと返す主義なんでな。例え俺自身が傷ついていなくても、俺の大切にしている憐を傷つけられたとあらば、黙っちゃいられない。
まぁその機会を伺っていたが、眠っていたと思っていた毛利探偵が目覚めていることに気づき、ウェイトレスの持っている拳銃を弾き飛ばし、毛利探偵を手助けするような形で終わった。
それから暫くして、名探偵の彼女と憐が合流。俺のあげたミサンガを付けた腕に発疹の後があったが、ちゃんと生きていた憐……姿を確認出来てやっと息をつけると思いきや、憐達と一緒にいたカメラマンとレポーターもグルだと判明し、また事態は緊迫した状況になる。下手に動けなくなり、どう動くか思案していた所、突然飛行船が傾いた。
まぁこれも名探偵が主犯格を追い詰めていると知っていたから、これも名探偵の仕業なんだと冷静でいられた。その傾きもなくなった頃、少年達の必死な訴えが聞こえてきて、思わず自分の耳を疑った。
(憐が目を閉じたまま動かない……?)
憐の様子を確認する為、少し身を乗り出しても中森警部達が立っているだけで、憐の姿は見えなかった。こうなったら自分の目で直接確認しないと分からない……そう判断した俺は中森警部達の前に自ら姿を現した。
彼らが紐で繋がれている今、邪魔をされずお宝を奪う絶好のチャンスでもある。彼等に語りかけながら、憐の姿を探す……見つけるのに時間はかからなかった。一人だけ目が合わない……座り込んで俯いている憐の姿があった。俺が現れても、ピクリとも反応を示さない。
(憐……)
……当初の俺の目的は、鈴木財閥が用意したビックジュエル
宝石を頂いた後、俺はゆっくりとした足取りでアイツの元へと向かう。目の前に立ってもやはり反応を示さない。飛行船はこのまま飛行を続け、大阪に着いたら憐は病院へと搬送される。そう考えると、コイツは飛行船に置いていくのが最善だと分かっている…………だけど……
(俺はお前を必ず助け出す……)
それは口に出さず己の心の中で決めた誓い……飛行機の時は憐を置いていくしかなかった。でも今なら、憐を連れて行ける……あの時みたいにもうお前を置いていったりしない。
キ「これはお約束になかったのですが、無礼を承知で申し上げます。宝石と同時に……
彼女も頂きます……」
今夜の俺はあの時と同じ、怪盗キッドだ。大空を飛べる翼も持っている。この飛行船が向かう先よりも、近場に降りて病院に連れて行く。あの時と違って憐の意志は聞けていないが、これも不測の事態……憐には悪いが許してもらおう。
まぁ予想通り、憐を連れて行くとなれば真っ先に中森警部が黙ってはいない。いの一番に引き止めてくる。しかし、幾ら中森警部と言えど許せないことがある。
キ「これが巫山戯ているとでも……?」
巫山戯てなどいない。普段の怪盗キッドの言動だと紳士的で優雅、分け隔てなく女性に優しい。我ながら素晴らしい演技だと思うが、いかせんこの態度であるが故悪く捉えられ揶揄っていると思われがちだ。
……正直そう思われても仕方がない振る舞いをしているが、他意はない。女性は大切に扱うのは紳士の嗜み、親父もよく言っていたからな。だけど憐だけは違う……彼女を想う気持ちは本物だ。
次「ほぅ……噂は真であったか」
キ「……?」
次「あの小童と園子から聞いておる。その娘は、汝にとって余程大事な娘らしいのぅ……先程もこのホールに訪れた時、儂達に語りかけながら、その娘に目を向けて安否を気にしておったからな」
俺の行動を見て鈴木相談役は、確信を得たように語りかける。名探偵と園子お嬢様から伝わっているのか……全く本人には伝わらないが、周囲に分かるくらいには、怪盗キッドの行動は〝らしくない〟行動だった。
─── そりゃそうだ……俺は〝怪盗キッド〟 である前に〝黒羽快斗〟なんだから……。
脳裏には、幼き彼女との思い出から現在に至るまでの日々の様子が浮かんでいた。
初めて出会ったのは人混みの中、時計台の前で、家族と逸れ泣いていた幼き彼女を見かけた時……目が離すことが出来ず、泣き止んで欲しくて薔薇のマジックを見せた。その時の……大輪の花のような笑顔が忘れられない……。
それから一緒にいることが増えて、彼女の色々な面を知っていった。朝に弱く自分じゃ起きられない所も、不器用な所も、素直じゃない所も……それ故喧嘩も絶えないが、本当は誰よりも優しい所、どんな時もあたたかく受け入れてくれる所、マジックを見せた時、自分の事のように喜んで褒めてくれる所……。
良い所も悪い所も含め、彼女の全てが欲しいと切に願っている。
変幻自在、神出鬼没、大胆不敵、平成のアルセーヌ・ルパン、月下の奇術師と数々の異名を持つ怪盗キッドの名にかけて、狙った獲物は絶対に逃さない……
玲『……大丈夫。誰より姉さんのことを大切に想う快くんなら、姉さんを護れる。そんな君だから僕は信頼して、姉さんを任せられるんだ。だから、例え姉さんが危ない目にあっても、君なら姉さんを助けてくれると信じてる』
あぁ、そうだ……例えどんな状況になっても、憐は必ず助け出す……それが俺の覚悟だ。
キ「暗闇が支配する世界の中で、ただ静かに浮かんでいる。この世の何よりも美しく、仄かな光で、どんな者でも優しく包み込んでしまう……
そんな月を、私は愛しているんです……」
彼らに少しくらい明かしてもいい……但し直接的な表現ではなく、遠回しに話す。
……月とは誰の事を表した比喩なのか、細かく伝えなくとも今の表現で、ここにいる人達子ども含め皆理解しただろう。……我ながら気障ったらしい言い回しだったが、今の自分はキッドなのだから、白馬が使うような気障な言い方になる。それにミステリアスな怪盗にはうってつけだ。
……少し残念なのが、一番伝わって欲しい本人は意識がなく聞けていないことだ。今もまだ瞼が開く様子はない。
それに俺と憐の本当の関係性を知るものはあの名探偵以外いないのだから、俺の身元がバレる心配もない。
中「なっ……逃げるな!!キッド!!」
次「おのれコソ泥め!!」
尚も噛み付いてくる中森警部と鈴木相談役。しかし、いまだ両手は紐で縛られ動けない状態のため焦る必要も無い。俺は憐を抱き上げたまま、止めていた足を再び動かした。
キ「怪盗ですよ……」
訂正することも忘れずに……彼らに背を向け、ホールの場所から離れた。
