戦慄の楽譜
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秋庭怜子さんの歌は、会場中にいる人達の心に強く響かせた。私は秋庭さんの歌声で過去の記憶を辿り、〝思い出の歌姫〟の正体が秋庭さんだと気づけた。そして私が大好きになったこの歌も……生憎歌詞の内容は分からなったけれど、終わったら快斗に聞いたり自分でも調べてみよう。そしていつかきっと……あの時のお礼を言いに、秋庭さんに会いに行こう。私はそう静かに決心をした。
丁度彼女の歌声が止まった時、私の涙も落ち着きを見せた。感極まって大泣きするなんて、幾ら声を押し殺していたとしても周囲の人には迷惑だったかもしれない。でもこうなることを、快斗は予想していた。感動し歓喜の涙を流す……本当に彼の言った通りになった。でも何で私が感動して泣くことが分かったのか……
チラリと横目で快斗の方を見る。さっきまで退屈そうな表情を見せていた彼の姿はなく、嬉しそうに秋庭さんの歌を聞いていた。……もしかしたら快斗のお目当ては秋庭さんだったのかもしれない。考えられるのは、私が大切にしていた優しく苦々しいあの時の出来事を、彼も覚えていた可能性がある。玲於と青子には当時少し話したけど、ほんの少しだし覚えている可能性は低い。何より間接的に話を聞くよりも、直接体験していないと忘れてしまうと思う。あの時あの場にいた私達にしか分からない大切な思い出を私だけではなく、快斗もきっと大切に覚えていてくれた。……その事が分かって尚嬉しくて涙が流れそうになるが、これ以上は駄目だと自制する。
(それに私があの時の歌姫を探していたこと、快斗は知ってたんだ……本当に狡いな。どこまで私を好きにさせたら気が済むの……)
段々と熱を帯びていく顔。薄暗いし、快斗は今も響いている素敵な歌声に集中しているから気づかれることはないと小さく息を吐いた。幾ら小さい頃からの幼馴染とはいっても、こんなにも自分を理解してくれる彼に、余計に心臓は跳ねてしまう。〝好き〟って気持ちに限界はあると思っていたけど、もしかしてないのかもしれない。幼い頃から抱いてきた彼への想いが溢れ出しそうになる。今なら勢い余って、彼に実はずっと前から好きだったと告白できてしまいそう……それぐらい私は高揚感に満ち溢れていた。
秋「───── Was blind, but now I see 」
秋庭さんの歌声が止む。きっとこれで最後の歌詞を歌い切ったのだろう。堂本さんの演奏するパイプオルガンも素晴らしい音色を響かせていた。最後に秋庭さんは背後を振り返っていたのが気になったけど、無事演奏が終わり、会場中にいる人々が盛大に拍手をおくる……私と快斗も顔を見合せて、素敵な演奏とあの時の感謝を込めてあたたかい拍手をおくった。
その後も素敵な演奏は続き、コンサートの最後は山根さんのストラディバリウスの独奏で締めくくられた……──────。
────────────────────────
快「マジかよ……まさか外で爆発が起きてたとはな……」
貴「本当にね。嫌な予感ってこれだったのかな」
快「そうかもな……憐の勘はよく当たるからな」
コンサートも終わり、拍手をおくった後ゾロゾロと会場の中にいた人達が外へと出ていく。私達も後に続いて外に出ようとした所、多くの警察の人や消防士さんがいて、びっくりした。警察の人が先導し、無事ホールの外へと出られた私達。比較的安全な場所に行き、二人揃ってホールの方へと向き直る。
どうやら警察の人の話によると、このホールの関係者の人が柱に爆弾を仕掛け爆発させていたのだとか。ホールの出入口は火の海で容易に近づけなかったらしいが、今は鎮火されている。だけど、その生々しい痕は残っており、白い煙も上がっていることから、外は凄惨な現場だったことが予想できた。
貴「外は大変だったみたいだけど、私達みたいに中にいた人達はみんな無事みたいだし、良かったね〜……」
快「そうだな……(危ねぇ〜……下手すりゃこのホールも崩れてたのかよ!?……名探偵さまさまだな)」
快斗は安堵の息を吐いていた。しかし、すぐに強気に笑ってこう呟く。
快「最初事情があって、あの歌姫は出られなかった。でも結局あの歌姫が出てこれたって事はその原因が解決できたんだろうな……まぁどうせあの眼鏡の坊主がやったんだろうけど……」
貴「コナン君が……??」
快斗の言葉に首を傾げる。確かにこういった困り事を解決してるのはいつもコナン君や小五郎さんのイメージがある。そういえば園子がこのコンサートを誘ってくれていたのだから、彼女達も来ていたはず……なるほどね。
貴「じゃあお礼言わないとね……私達がこのコンサートを最後まで楽しめたのも、コナン君達のおかげなんだし」
詳しい事は何も分からないけれど、きっと私達の知らない間に何か事件が起きていて、それを解決したと思われるコナン君達に改めて感謝した。今はまだ爆発の後処理もあり、忙しいと思うから後日お礼は言うとして……私達は暗い夜道を通って帰宅する。その道中、密かに気になっていた事を快斗にぶつけてみた。
貴「ねぇ、快斗は気づいていたの?……秋庭さんが3年前にあの場所で歌っていた人だって……」
快「そりゃあ勿論!……と言っても、俺も知ったのはつい最近だけどな」
貴「えっ?そうなの……?」
快斗の返答に少し拍子抜けした。快斗曰く最近新聞の記事で堂本ホールのこけら落としのコンサートが行われることを知った。その記事には堂本さんだけでなく、出演者の顔写真まで載っていた。その中に秋庭さんの写真が載っており、私と同じく3年前の歌姫を探していた彼は、顔を覚えていた。その写真を見て、秋庭さんがあの時の歌姫だと分かったらしい。
かろうじて覚えていたのが後ろ姿と歌のメロディだった私とは大違いの記憶力の良さ、流石は快斗と言ったところか。私なんてちゃんと会ってたのに、歌を聞くまで全く分からなかったんだからダメダメすぎる。
貴「でもここのチケットって入手するの大変だったんじゃない?堂本さんも有名人で秋庭さんって人気ソプラノ歌手だから……」
快「ま、まぁ……でもこれくらい俺にはどうってことないぜ!」
そう得意気に語る彼に感心する。経緯はどうあれ快斗のお陰で私はあの歌姫を思い出す事が出来たのだから。
実はこの時彼の脳裏に、その経緯が思い起こされているとも知らずに……
〝──────────── ♩〟
突然近くの森から、小さな音色が聞こえてきた。
貴「この曲……」
快「この音はバイオリン……しかもさっき歌姫が歌っていた曲、〝Amazing Grace〟だな」
〝────────────♩〟
プロの奏者の奏でる音色と違い、少し不安定に聞こえるけれど、奏者の想いが伝わってきて聞いていて心地が良い。……奏者の想いは楽器の扱い方や、その音色にも癖が出る。
貴「私、この人の奏でる音……好きだな」
快「何でだよ。この音の不安定さ、弾いてるのはプロじゃなくてきっと素人だぜ」
快斗は頭の後ろで手を組んで、呆れたように答える。さっきまでプロの歌手の音を聞いていたのだから、その意見も分からなくはないけれど……
貴「だって……この曲を奏でている人の想いが伝わってくるんだもん。大切な人との思い出を振り返るように弾いてる」
何を根拠にそう述べるのか……否根拠も理論もない……私がそう感じただけ。私の答えに彼は驚いていた。……何だか少し顔が赤いような気もするけど。
快「……何でそんな事憐に分かんだよ。もしかして、お前お得意の勘か〜……」
貴「……そうよ!私にはそう聞こえてきたの……!さぁ帰ろう!コンサートのお礼に、今日の夜ご飯何食べたい?快斗の好きな物でいいよ!何なら奢っちゃう〜♩」
まぁでも今の私は憧れの歌姫に会えたのだから、機嫌が最高潮。今なら何言われたって気にしないよ!例え快斗にムカつく事を言われてもね……私は上機嫌に快斗へと言葉を返す。
快「フン……まぁ、そういう事にしてやるよ!おっし帰るか!何食うかな〜……言っとくが魚は無しだぞ!」
貴「はいはい、魚以外ね」
快斗も機嫌が良くなり、軽快に歩き出す。私もその隣に並んで歩き出した。そういえば言い忘れたことを思い出して、ふと呟く……
貴「ねぇ快斗……」
快「ん?どうした……?」
貴「快斗の言った通り、最高の1日になったよ!本当にありがとう……!」
快『きっとこの日はお前にとって最高の1日になる!……約束する。ぜってー後悔させない!だから今は何も聞かず、楽しみに待ってろよ』
感謝の言葉を快斗に……月夜に照らされた道を二人で静かに歩く。中学の時みたいに、捻くれた言い方ではなく素直に感謝の言葉を告げられたのは、自分の進歩だと思った。その言葉を受けた彼の反応は……
快「……俺の方こそ、一番見たかった景色を見せてくれてありがとうな……!」
────── そう言って彼は穏やかに微笑んでいた。
その後、二人は昔の思い出話について、語り合いながら帰っていった。あの時本当はこうだった、こう思っていたと相手からのカミングアウトに驚くばかり……快斗も憐も自分の事に精一杯で、相手の事を理解してあげられなかった。お互い未熟だったのだと、今なら笑って話し合える。その未熟さも大切な思い出の一部……あの頃は、青い春だったと思えたことが、またひとつ成長出来たと各々感じるのだった。
────────────────────────
────── 数日後
秋「ここ、よく彼と来たんだ。私達のデートコースだったの……」
蘭「へぇ〜……そうだったんですか」
コンサート開催から数日後、3年前に歌を聞いた思い出の場所で蘭、コナンは怜子から当時の真相を聞いていた。
秋「彼が事故で亡くなった春、彼との思い出の場所で、彼の好きだった歌を歌ったの……」
コ「それがAmazing Graceだったんだね」
フルート奏者で、堂本音楽アカデミーの6期生、秋庭怜子の婚約者だった相馬光。その彼は3年前の春、堂本アカデミーの卒業生でピアノ四重奏 を組んでいたピアニストの連城、チェリストの水口、バイオリニストの志田、ビオラ奏者の曽根に無理やり酒を飲まされ、宿舎近くの崖から転落して亡くなった。
彼の死は事故死として処理されたが、酒が飲めない相馬に、上記4人は無理やり酒を飲ませた所為で死亡させたとして、相馬の実の父親と判明した元ピアノ調律師の譜和に殺害された。先日起きた堂本ホール爆破事件の犯人も譜和であり、憐達の知らない所で、見事コナンが解決させた事件でもある。
そんな相馬を愛し、婚約をしていた怜子にも4人への動機はあった。しかし、彼女は彼等を恨んではいなかった。何故恨んでいないのか、その訳を静かに語り始めた。
秋「……私ね、最初はあの4人の事、凄く恨んだわ。それはもう、殺してしまいたいぐらいにね……でも許すことにしたの……
だって〝Amazing Grace〟は〝許しの歌〟だから……」
大好きな人の大好きな歌の意味になぞらえて、彼等を許すことにした怜子。彼女の本当の姿を知って微笑んだ蘭とコナン。彼等の間には優しい風が通り抜けた。
秋「じゃ、もう行くわ……コナンくん、またハモろうね」
コ「……え?……あ、エヘヘ……」
それは譜和に気絶させられ、ダム池に怜子と二人でボートに乗せられた時、遠く離れた受話器にプッシュ音の音程を声で出して、電話をかけられた時のことを言っているのがすぐにわかって、コナンは困ったように笑った。
秋「じゃ、さようなら……」
蘭「さようなら……」
怜子は二人に別れを告げて、その場から離れるように歩き出した。怜子の背中を見ていた蘭に、コナンはある疑問をぶつける。
コ「ところで蘭姉ちゃん……どうしてあの時、新一兄ちゃんが弾いてるって分かったの?」
コナンがぶつけた疑問とはコンサート終演後、突如森から聞こえてきたバイオリンの音を聞いて、蘭がすぐに新一が弾いていたと見抜いていたこと。実はこの時聞いていたのは蘭達だけではなく、憐と快斗も耳にしていたのだが、工藤新一が弾いていたと見抜いたのは蘭だけだった。
工藤新一に戻った訳ではなく、コナンとしてずっと居たのに何故、あの時は工藤新一が弾いていたと見抜いたのか、コナンにはずっと疑問だった。
蘭「……え?あぁ、だってアイツ、変な弾き癖があるんだもん……すぐ分かるよ」
しかし、蘭はなんて事ないように答えた。まるで分かるのが当たり前かのように……。
コ「ふ〜〜〜ん、そうなんだ……」
その場では素直に納得したように見せたコナンだが、後日工藤新一宅に戻り、過去に弾いていたバイオリンを取り出して、昔と同じように演奏してみた。
コ(変な弾き癖って何だ??)
しかし、彼女の言う自分にある変な弾き癖が一体何なのか、コナン基新一は全く分からなかった。
────── PiPiPi……
彼のポケットから覗く携帯電話が鳴る。鳴ったのは工藤新一の方の携帯電話だった。電話の相手は幼馴染の毛利蘭、コナンは蝶ネクタイ型変声機を使い、本来の声を取り戻す。
蘭『もしもし新一?聞いてよ〜!堂本ホールで行われたコンサート、すっごく良かったんだから!』
新『あぁ、そうらしいな……』
蘭は以前行われたコンサートについて熱弁する。それを苦笑いで聞いているコナン。だってその日は、コナンとして蘭の傍にいたのだから当然彼女が喜んでいた事も知っていた。蘭はそのコンサートや秋庭怜子の事を話題に出す。コナン基新一は相槌を打ちながら話を聞いていた。
蘭『……新一、実はコンサート来てたんでしょ。私、知ってるんだからね!コンサート終了後にバイオリン弾いてたでしょ?』
新『よく分かったな……俺が弾いてたなんて……』
蘭『分かるよ〜だって新一、変な弾き癖あるんだもん!』
新『……何だよその変な弾き癖って……』
蘭『ふふ!教えてあげない!それを当てるのが探偵なんでしょ?お得意の推理で当ててみなさいよね!』
新『にゃろ……』
結局自分の弾き癖が分からなかった新一は、蘭に訳を問うが彼女は笑うだけ。何なら探偵なのだから、推理して己の力で真実を当ててみろというスタンスだった。それに対してぐうの音も出ないほどの正論で、何も言い返せなかった新一。口篭っていると、蘭が続け様に言い放つ。
蘭『ねぇ新一……私ね、3年前の事で新たに思い出したことがあるの』
新『何だ?』
新一の返答に、蘭は一呼吸置いて話し始める。
蘭『3年前のあの日……怜子さんの歌を聞いていたのは私達だけじゃなかった……あの時、私達の他に制服を着た同い年くらいの女の子がいたの覚えてる?』
新『……!!そういえばいたな。確か俺達とすれ違って反対方向に歩いていた女が……でもそれがどうかしたのか?』
蘭『その子が誰なのか分かったのよ!』
新『へぇ〜……蘭がそんな嬉しそうに話すって事は、俺達の知り合いなんだろ?』
蘭『うん、そうなの!私も本人から話を聞いて思い出した部分があるんだけど、あの日私達とすれ違った女の子も、怜子さんの歌を聞いていた……腰よりも長い黒髪が風に揺れ、静かに涙を流してね……』
蘭から話される数々の特徴を聞いて、新一は考え込むも一瞬で思い付きハッとした。その特徴、泣いていたという情報からあの頃の記憶がハッキリと蘇る。
新『長い黒髪に俺達と同い年くらいの学生……泣いていたあの女性は……まさか神崎!?』
電話越しでも彼の驚きが手に取るように分かった蘭は、悪戯が成功したように笑った。
蘭『ピンポーン!新一大正解!憐が言ってたの……3年前の春、同じような場所で綺麗な歌声を聞いたって……。
この前のコンサートにも憐は来ててね、怜子さんが歌うAmazing Graceを聞いて、あの時と同じように静かに泣いていたの……』
新『そうだったのか……(神崎もコンサートに来てたのか。……待てよ)』
新一は1つの可能性に思い当たり、組んでいた足を変えて、真剣な表情で蘭に問う。
新『なぁ蘭……そのコンサート、神崎だけで来てないよな……例えば同行者がいたとか……』
蘭『えっ?そうよ』
新『しかもその同行者ってのは、神崎の幼馴染の男じゃないか……?』
蘭『うん、そうだよ!凄い新一〜!でも何で分かったの?憐の幼馴染の男の子が一緒に来てるって……』
彼女の情報を提示しただけで、他の情報は一切伝えていないのにも関わらず、新一は同行者の存在まで当ててみせた。理屈が分からず、驚きながらも訳を問う蘭だが、問われた新一はその答えよりも過去の記憶を遡る事に集中していた。
新(そういえばあの時……)
─── 当時喧嘩して口を聞かなかった幼馴染同士。帰り道は同じであるが故に、例え会話がなくとも自然と一緒に帰宅していた。お互い顔を背けながら歩いていたが、あの土手の道で、ある一人の男とすれ違う……。息を切らして、辺りを見回す学生服の男、歳は自分と同じくらいか……大切な誰かを必死に探しているように見えた。学生服の男は、俯いて自分の外側を通り過ぎていく。
その男の顔を今、思い出したのだ……
新(なるほど……あの時の男が必死な形相で探していたのは神崎だったのか……そしてその男の正体は……)
己の脳裏に、不敵な笑みを浮かべる白い怪盗の姿が思い浮かんだ。月下の奇術師と呼ばれる怪盗の本来の姿は、神崎憐の幼馴染の男だと知っている……どんな事情で怪盗をやっているのかは知らないが、コイツもあの時すれ違ったその男も己とよく似た風貌をしている。
新(経緯は不明だが、アイツも秋庭さんが3年前のあの日歌っていた女性だと気づいた。そして恐らく彼女がその記憶を大切にしていることも知っていた。彼女の為に、秋庭さんが出演するこのコンサートに誘おうと考え、この日に予定がないか、探る為蘭と繋がりがあり、蘭達の予定が分かる俺に連絡を寄越してきたんだろう……)
新『ったく、回りくどい奴だな……』
蘭『ちょっと新一!聞いてるの?!』
新『!!……悪ぃ悪ぃ!!で?何だったっけ……?』
蘭『……ちゃんと人の話は聞きなさいよ!!この推理馬鹿ー!!💢💢』
新『ら、蘭!?落ち着けって〜……!!』
新一は思考を纏めながら小声で呟く。ある意味忘れかけていた存在が、今は宿敵になっているとは人生何があるか分からないものである。今まで全く反応がない新一に対して、痺れを切らした蘭が強い口調で再度呼びかける。ここでようやく返答があったが、全く分かっていない新一に対して再度蘭の怒りは爆発した。先程よりも強い口調で詰めてくる蘭を宥める新一の姿が暫く続いた……。
丁度彼女の歌声が止まった時、私の涙も落ち着きを見せた。感極まって大泣きするなんて、幾ら声を押し殺していたとしても周囲の人には迷惑だったかもしれない。でもこうなることを、快斗は予想していた。感動し歓喜の涙を流す……本当に彼の言った通りになった。でも何で私が感動して泣くことが分かったのか……
チラリと横目で快斗の方を見る。さっきまで退屈そうな表情を見せていた彼の姿はなく、嬉しそうに秋庭さんの歌を聞いていた。……もしかしたら快斗のお目当ては秋庭さんだったのかもしれない。考えられるのは、私が大切にしていた優しく苦々しいあの時の出来事を、彼も覚えていた可能性がある。玲於と青子には当時少し話したけど、ほんの少しだし覚えている可能性は低い。何より間接的に話を聞くよりも、直接体験していないと忘れてしまうと思う。あの時あの場にいた私達にしか分からない大切な思い出を私だけではなく、快斗もきっと大切に覚えていてくれた。……その事が分かって尚嬉しくて涙が流れそうになるが、これ以上は駄目だと自制する。
(それに私があの時の歌姫を探していたこと、快斗は知ってたんだ……本当に狡いな。どこまで私を好きにさせたら気が済むの……)
段々と熱を帯びていく顔。薄暗いし、快斗は今も響いている素敵な歌声に集中しているから気づかれることはないと小さく息を吐いた。幾ら小さい頃からの幼馴染とはいっても、こんなにも自分を理解してくれる彼に、余計に心臓は跳ねてしまう。〝好き〟って気持ちに限界はあると思っていたけど、もしかしてないのかもしれない。幼い頃から抱いてきた彼への想いが溢れ出しそうになる。今なら勢い余って、彼に実はずっと前から好きだったと告白できてしまいそう……それぐらい私は高揚感に満ち溢れていた。
秋「───── Was blind, but now I see 」
秋庭さんの歌声が止む。きっとこれで最後の歌詞を歌い切ったのだろう。堂本さんの演奏するパイプオルガンも素晴らしい音色を響かせていた。最後に秋庭さんは背後を振り返っていたのが気になったけど、無事演奏が終わり、会場中にいる人々が盛大に拍手をおくる……私と快斗も顔を見合せて、素敵な演奏とあの時の感謝を込めてあたたかい拍手をおくった。
その後も素敵な演奏は続き、コンサートの最後は山根さんのストラディバリウスの独奏で締めくくられた……──────。
────────────────────────
快「マジかよ……まさか外で爆発が起きてたとはな……」
貴「本当にね。嫌な予感ってこれだったのかな」
快「そうかもな……憐の勘はよく当たるからな」
コンサートも終わり、拍手をおくった後ゾロゾロと会場の中にいた人達が外へと出ていく。私達も後に続いて外に出ようとした所、多くの警察の人や消防士さんがいて、びっくりした。警察の人が先導し、無事ホールの外へと出られた私達。比較的安全な場所に行き、二人揃ってホールの方へと向き直る。
どうやら警察の人の話によると、このホールの関係者の人が柱に爆弾を仕掛け爆発させていたのだとか。ホールの出入口は火の海で容易に近づけなかったらしいが、今は鎮火されている。だけど、その生々しい痕は残っており、白い煙も上がっていることから、外は凄惨な現場だったことが予想できた。
貴「外は大変だったみたいだけど、私達みたいに中にいた人達はみんな無事みたいだし、良かったね〜……」
快「そうだな……(危ねぇ〜……下手すりゃこのホールも崩れてたのかよ!?……名探偵さまさまだな)」
快斗は安堵の息を吐いていた。しかし、すぐに強気に笑ってこう呟く。
快「最初事情があって、あの歌姫は出られなかった。でも結局あの歌姫が出てこれたって事はその原因が解決できたんだろうな……まぁどうせあの眼鏡の坊主がやったんだろうけど……」
貴「コナン君が……??」
快斗の言葉に首を傾げる。確かにこういった困り事を解決してるのはいつもコナン君や小五郎さんのイメージがある。そういえば園子がこのコンサートを誘ってくれていたのだから、彼女達も来ていたはず……なるほどね。
貴「じゃあお礼言わないとね……私達がこのコンサートを最後まで楽しめたのも、コナン君達のおかげなんだし」
詳しい事は何も分からないけれど、きっと私達の知らない間に何か事件が起きていて、それを解決したと思われるコナン君達に改めて感謝した。今はまだ爆発の後処理もあり、忙しいと思うから後日お礼は言うとして……私達は暗い夜道を通って帰宅する。その道中、密かに気になっていた事を快斗にぶつけてみた。
貴「ねぇ、快斗は気づいていたの?……秋庭さんが3年前にあの場所で歌っていた人だって……」
快「そりゃあ勿論!……と言っても、俺も知ったのはつい最近だけどな」
貴「えっ?そうなの……?」
快斗の返答に少し拍子抜けした。快斗曰く最近新聞の記事で堂本ホールのこけら落としのコンサートが行われることを知った。その記事には堂本さんだけでなく、出演者の顔写真まで載っていた。その中に秋庭さんの写真が載っており、私と同じく3年前の歌姫を探していた彼は、顔を覚えていた。その写真を見て、秋庭さんがあの時の歌姫だと分かったらしい。
かろうじて覚えていたのが後ろ姿と歌のメロディだった私とは大違いの記憶力の良さ、流石は快斗と言ったところか。私なんてちゃんと会ってたのに、歌を聞くまで全く分からなかったんだからダメダメすぎる。
貴「でもここのチケットって入手するの大変だったんじゃない?堂本さんも有名人で秋庭さんって人気ソプラノ歌手だから……」
快「ま、まぁ……でもこれくらい俺にはどうってことないぜ!」
そう得意気に語る彼に感心する。経緯はどうあれ快斗のお陰で私はあの歌姫を思い出す事が出来たのだから。
実はこの時彼の脳裏に、その経緯が思い起こされているとも知らずに……
〝──────────── ♩〟
突然近くの森から、小さな音色が聞こえてきた。
貴「この曲……」
快「この音はバイオリン……しかもさっき歌姫が歌っていた曲、〝Amazing Grace〟だな」
〝────────────♩〟
プロの奏者の奏でる音色と違い、少し不安定に聞こえるけれど、奏者の想いが伝わってきて聞いていて心地が良い。……奏者の想いは楽器の扱い方や、その音色にも癖が出る。
貴「私、この人の奏でる音……好きだな」
快「何でだよ。この音の不安定さ、弾いてるのはプロじゃなくてきっと素人だぜ」
快斗は頭の後ろで手を組んで、呆れたように答える。さっきまでプロの歌手の音を聞いていたのだから、その意見も分からなくはないけれど……
貴「だって……この曲を奏でている人の想いが伝わってくるんだもん。大切な人との思い出を振り返るように弾いてる」
何を根拠にそう述べるのか……否根拠も理論もない……私がそう感じただけ。私の答えに彼は驚いていた。……何だか少し顔が赤いような気もするけど。
快「……何でそんな事憐に分かんだよ。もしかして、お前お得意の勘か〜……」
貴「……そうよ!私にはそう聞こえてきたの……!さぁ帰ろう!コンサートのお礼に、今日の夜ご飯何食べたい?快斗の好きな物でいいよ!何なら奢っちゃう〜♩」
まぁでも今の私は憧れの歌姫に会えたのだから、機嫌が最高潮。今なら何言われたって気にしないよ!例え快斗にムカつく事を言われてもね……私は上機嫌に快斗へと言葉を返す。
快「フン……まぁ、そういう事にしてやるよ!おっし帰るか!何食うかな〜……言っとくが魚は無しだぞ!」
貴「はいはい、魚以外ね」
快斗も機嫌が良くなり、軽快に歩き出す。私もその隣に並んで歩き出した。そういえば言い忘れたことを思い出して、ふと呟く……
貴「ねぇ快斗……」
快「ん?どうした……?」
貴「快斗の言った通り、最高の1日になったよ!本当にありがとう……!」
快『きっとこの日はお前にとって最高の1日になる!……約束する。ぜってー後悔させない!だから今は何も聞かず、楽しみに待ってろよ』
感謝の言葉を快斗に……月夜に照らされた道を二人で静かに歩く。中学の時みたいに、捻くれた言い方ではなく素直に感謝の言葉を告げられたのは、自分の進歩だと思った。その言葉を受けた彼の反応は……
快「……俺の方こそ、一番見たかった景色を見せてくれてありがとうな……!」
────── そう言って彼は穏やかに微笑んでいた。
その後、二人は昔の思い出話について、語り合いながら帰っていった。あの時本当はこうだった、こう思っていたと相手からのカミングアウトに驚くばかり……快斗も憐も自分の事に精一杯で、相手の事を理解してあげられなかった。お互い未熟だったのだと、今なら笑って話し合える。その未熟さも大切な思い出の一部……あの頃は、青い春だったと思えたことが、またひとつ成長出来たと各々感じるのだった。
────────────────────────
────── 数日後
秋「ここ、よく彼と来たんだ。私達のデートコースだったの……」
蘭「へぇ〜……そうだったんですか」
コンサート開催から数日後、3年前に歌を聞いた思い出の場所で蘭、コナンは怜子から当時の真相を聞いていた。
秋「彼が事故で亡くなった春、彼との思い出の場所で、彼の好きだった歌を歌ったの……」
コ「それがAmazing Graceだったんだね」
フルート奏者で、堂本音楽アカデミーの6期生、秋庭怜子の婚約者だった相馬光。その彼は3年前の春、堂本アカデミーの卒業生でピアノ
彼の死は事故死として処理されたが、酒が飲めない相馬に、上記4人は無理やり酒を飲ませた所為で死亡させたとして、相馬の実の父親と判明した元ピアノ調律師の譜和に殺害された。先日起きた堂本ホール爆破事件の犯人も譜和であり、憐達の知らない所で、見事コナンが解決させた事件でもある。
そんな相馬を愛し、婚約をしていた怜子にも4人への動機はあった。しかし、彼女は彼等を恨んではいなかった。何故恨んでいないのか、その訳を静かに語り始めた。
秋「……私ね、最初はあの4人の事、凄く恨んだわ。それはもう、殺してしまいたいぐらいにね……でも許すことにしたの……
だって〝Amazing Grace〟は〝許しの歌〟だから……」
大好きな人の大好きな歌の意味になぞらえて、彼等を許すことにした怜子。彼女の本当の姿を知って微笑んだ蘭とコナン。彼等の間には優しい風が通り抜けた。
秋「じゃ、もう行くわ……コナンくん、またハモろうね」
コ「……え?……あ、エヘヘ……」
それは譜和に気絶させられ、ダム池に怜子と二人でボートに乗せられた時、遠く離れた受話器にプッシュ音の音程を声で出して、電話をかけられた時のことを言っているのがすぐにわかって、コナンは困ったように笑った。
秋「じゃ、さようなら……」
蘭「さようなら……」
怜子は二人に別れを告げて、その場から離れるように歩き出した。怜子の背中を見ていた蘭に、コナンはある疑問をぶつける。
コ「ところで蘭姉ちゃん……どうしてあの時、新一兄ちゃんが弾いてるって分かったの?」
コナンがぶつけた疑問とはコンサート終演後、突如森から聞こえてきたバイオリンの音を聞いて、蘭がすぐに新一が弾いていたと見抜いていたこと。実はこの時聞いていたのは蘭達だけではなく、憐と快斗も耳にしていたのだが、工藤新一が弾いていたと見抜いたのは蘭だけだった。
工藤新一に戻った訳ではなく、コナンとしてずっと居たのに何故、あの時は工藤新一が弾いていたと見抜いたのか、コナンにはずっと疑問だった。
蘭「……え?あぁ、だってアイツ、変な弾き癖があるんだもん……すぐ分かるよ」
しかし、蘭はなんて事ないように答えた。まるで分かるのが当たり前かのように……。
コ「ふ〜〜〜ん、そうなんだ……」
その場では素直に納得したように見せたコナンだが、後日工藤新一宅に戻り、過去に弾いていたバイオリンを取り出して、昔と同じように演奏してみた。
コ(変な弾き癖って何だ??)
しかし、彼女の言う自分にある変な弾き癖が一体何なのか、コナン基新一は全く分からなかった。
────── PiPiPi……
彼のポケットから覗く携帯電話が鳴る。鳴ったのは工藤新一の方の携帯電話だった。電話の相手は幼馴染の毛利蘭、コナンは蝶ネクタイ型変声機を使い、本来の声を取り戻す。
蘭『もしもし新一?聞いてよ〜!堂本ホールで行われたコンサート、すっごく良かったんだから!』
新『あぁ、そうらしいな……』
蘭は以前行われたコンサートについて熱弁する。それを苦笑いで聞いているコナン。だってその日は、コナンとして蘭の傍にいたのだから当然彼女が喜んでいた事も知っていた。蘭はそのコンサートや秋庭怜子の事を話題に出す。コナン基新一は相槌を打ちながら話を聞いていた。
蘭『……新一、実はコンサート来てたんでしょ。私、知ってるんだからね!コンサート終了後にバイオリン弾いてたでしょ?』
新『よく分かったな……俺が弾いてたなんて……』
蘭『分かるよ〜だって新一、変な弾き癖あるんだもん!』
新『……何だよその変な弾き癖って……』
蘭『ふふ!教えてあげない!それを当てるのが探偵なんでしょ?お得意の推理で当ててみなさいよね!』
新『にゃろ……』
結局自分の弾き癖が分からなかった新一は、蘭に訳を問うが彼女は笑うだけ。何なら探偵なのだから、推理して己の力で真実を当ててみろというスタンスだった。それに対してぐうの音も出ないほどの正論で、何も言い返せなかった新一。口篭っていると、蘭が続け様に言い放つ。
蘭『ねぇ新一……私ね、3年前の事で新たに思い出したことがあるの』
新『何だ?』
新一の返答に、蘭は一呼吸置いて話し始める。
蘭『3年前のあの日……怜子さんの歌を聞いていたのは私達だけじゃなかった……あの時、私達の他に制服を着た同い年くらいの女の子がいたの覚えてる?』
新『……!!そういえばいたな。確か俺達とすれ違って反対方向に歩いていた女が……でもそれがどうかしたのか?』
蘭『その子が誰なのか分かったのよ!』
新『へぇ〜……蘭がそんな嬉しそうに話すって事は、俺達の知り合いなんだろ?』
蘭『うん、そうなの!私も本人から話を聞いて思い出した部分があるんだけど、あの日私達とすれ違った女の子も、怜子さんの歌を聞いていた……腰よりも長い黒髪が風に揺れ、静かに涙を流してね……』
蘭から話される数々の特徴を聞いて、新一は考え込むも一瞬で思い付きハッとした。その特徴、泣いていたという情報からあの頃の記憶がハッキリと蘇る。
新『長い黒髪に俺達と同い年くらいの学生……泣いていたあの女性は……まさか神崎!?』
電話越しでも彼の驚きが手に取るように分かった蘭は、悪戯が成功したように笑った。
蘭『ピンポーン!新一大正解!憐が言ってたの……3年前の春、同じような場所で綺麗な歌声を聞いたって……。
この前のコンサートにも憐は来ててね、怜子さんが歌うAmazing Graceを聞いて、あの時と同じように静かに泣いていたの……』
新『そうだったのか……(神崎もコンサートに来てたのか。……待てよ)』
新一は1つの可能性に思い当たり、組んでいた足を変えて、真剣な表情で蘭に問う。
新『なぁ蘭……そのコンサート、神崎だけで来てないよな……例えば同行者がいたとか……』
蘭『えっ?そうよ』
新『しかもその同行者ってのは、神崎の幼馴染の男じゃないか……?』
蘭『うん、そうだよ!凄い新一〜!でも何で分かったの?憐の幼馴染の男の子が一緒に来てるって……』
彼女の情報を提示しただけで、他の情報は一切伝えていないのにも関わらず、新一は同行者の存在まで当ててみせた。理屈が分からず、驚きながらも訳を問う蘭だが、問われた新一はその答えよりも過去の記憶を遡る事に集中していた。
新(そういえばあの時……)
─── 当時喧嘩して口を聞かなかった幼馴染同士。帰り道は同じであるが故に、例え会話がなくとも自然と一緒に帰宅していた。お互い顔を背けながら歩いていたが、あの土手の道で、ある一人の男とすれ違う……。息を切らして、辺りを見回す学生服の男、歳は自分と同じくらいか……大切な誰かを必死に探しているように見えた。学生服の男は、俯いて自分の外側を通り過ぎていく。
その男の顔を今、思い出したのだ……
新(なるほど……あの時の男が必死な形相で探していたのは神崎だったのか……そしてその男の正体は……)
己の脳裏に、不敵な笑みを浮かべる白い怪盗の姿が思い浮かんだ。月下の奇術師と呼ばれる怪盗の本来の姿は、神崎憐の幼馴染の男だと知っている……どんな事情で怪盗をやっているのかは知らないが、コイツもあの時すれ違ったその男も己とよく似た風貌をしている。
新(経緯は不明だが、アイツも秋庭さんが3年前のあの日歌っていた女性だと気づいた。そして恐らく彼女がその記憶を大切にしていることも知っていた。彼女の為に、秋庭さんが出演するこのコンサートに誘おうと考え、この日に予定がないか、探る為蘭と繋がりがあり、蘭達の予定が分かる俺に連絡を寄越してきたんだろう……)
新『ったく、回りくどい奴だな……』
蘭『ちょっと新一!聞いてるの?!』
新『!!……悪ぃ悪ぃ!!で?何だったっけ……?』
蘭『……ちゃんと人の話は聞きなさいよ!!この推理馬鹿ー!!💢💢』
新『ら、蘭!?落ち着けって〜……!!』
新一は思考を纏めながら小声で呟く。ある意味忘れかけていた存在が、今は宿敵になっているとは人生何があるか分からないものである。今まで全く反応がない新一に対して、痺れを切らした蘭が強い口調で再度呼びかける。ここでようやく返答があったが、全く分かっていない新一に対して再度蘭の怒りは爆発した。先程よりも強い口調で詰めてくる蘭を宥める新一の姿が暫く続いた……。
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