戦慄の楽譜
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突然頭上から聞こえてきた歌声に耳をすませた。千草さんも山根さんも堂本さんも手を止めて、その声の主の方を見上げている。その様子からこれは演出ではなく、予期せぬ事態だと悟った。
その人はゆっくりと上から降りてきて、ステージ上へと降り立った。まるで天から地上へと降り立った女神のような人だった。
(秋庭さん?!……それにこの曲……!!)
自分の中でゆっくりと何かが溢れ出しそうになっている。千草さんが秋庭さんとは異なる歌を歌い出し、二人の歌姫がそれぞれ奏でている。どんなに美しい歌声も、想定外の歌われ方をしたら不協和音にしかならない。ノイズのように聞こえてしまう。あともう少しで思い出せそうなのに……
そう思っていると千草さんが歌うのを止めた。そして堂本さん、山根さんが秋庭さんの歌う声に合わせて演奏していた。
秋「──── Amazing Grace ……」
秋庭さんの声だけが、クリアに聞こえてきた時、私の脳内で過去の記憶が、一気に流れ出した……
────────────────────────
中学2年生になったばかりの春、まだ桜も華やかに咲き乱れている頃、私は一人見知らぬ道を歩いていた。
(ここどこなんだろう……全然分からない。迷っちゃったな。携帯も電源切れてつかないし……本格的にどうしよう……)
自分の置かれた状況に、密かに絶望していた。元々こうなった経緯も自業自得だから笑えない。最近、自分の親友の好きな人が、自分の好きな人と同じであることに気づいた。どっちが先に好きになったとかは分からない……でも私は、もし青子に好きな人がいたら、全力で力になろうと決めていたから……今の状態は少し心が痛むけど、でもこれで良いんだと自分に言い聞かせた。
(……幼馴染だし今迄の付き合いもあるから全く関わらないっていうのは難しいけれど、それでも今のまま離れていけばきっと……二人の未来は明るいよね……
──────これが正しい選択だよね……快斗)
脳裏に笑い合う青子と快斗の姿が思い浮かんだ。……ズキンと胸に痛みが走る。それと同時に最近の彼の姿も思い浮かんだ。私の素っ気ない返事や態度を見てもいつもと変わらず、声をかけてくれるけれど、今日の彼は違った。寄りたいところがあるから先に青子達と帰るよう告げた時、彼は少しだけ顔を歪めていた。
……あの時の表情が忘れられない。もしかして、私の行動は、彼を傷つけているだけではないのかと考えさせられる。
自分の決心が揺らぎながら歩いていれば、周囲の景色など見ているようで見えていない。いつの間にか見慣れない土手の道を一人で歩いていたのだ。今の自分の状況も今後の彼等との関係もどうすれば良いのか、どちらの状況にも途方に暮れて下を向いて歩いていると、急に視界が歪み始めた。
(何で私が傷ついているの……どちらかと言うと傷ついていたのはきっと……)
目に溜まった涙を拭おうとした瞬間、耳に届いたのは美しいソプラノの歌声……──────
〝 ────── Amazing Grace
How sweet the sound 〟
まるで時が止まったかのように動きが止まる。それぐらいの衝撃だった。声のする方に目を向けると、髪の長い女性が夕陽に照らされて歌を歌っていた。
貴「……っ」
拭おうとした涙はそのまま流れ、ポタポタ落ち地面を湿らす。聞き慣れない言葉で歌を歌っていた女性。恐らく日本語ではなく、英語……私は英語に詳しくないからどういう意味なのか全く分からなかった。でもいつの間にか立ち止まってずっと聞いていた。
(……凄く綺麗な歌声。歌姫みたい……)
心が浄化されるような、安らぎを与えてくれるその歌声に心奪われていた。不思議とその歌を聞いたら、止まるどころか余計に涙が止まらない……。
私以外にも通行人はいて、同じように立ち止まって聞いていた。あまり気にならなかったけど、歌を聞く前にすれ違った男女の二人組。一瞬だけ視界に入ったその二人は、黒い制服を着て並んで歩いていた。……お互い顔を背けていたような気がするけど。でもきっとこの二人も立ち止まって聞いているだろう……何故だかそんな気がした。
我を忘れてしばらく立ち止まって聞いていると、私の隣に誰かが並んでいることに気づいた。自分の隣に視線を向けた時、立っていた人物に驚いて思わず目を見開いた。
貴「っ!……(快斗!!)」
……何と自分の隣に立っていた人物は、幼馴染の黒羽快斗だった。驚きすぎて声も出せなかった。どうしてこの場所にいるの?だってここら辺の道は、私達のいつも通る帰り道ではないのに……
(それに……どうしてアンタを傷つけた奴の隣に並ぶのよ……)
見られたくなかった泣き顔も見られた。心の中は大パニックだった……視線を釘付けにした私と同様、あの歌姫の歌を聞いていた。そして静かにこちらの方に向いて、ハンカチを差し出してこう言った。
快「──── 帰るぞ…」
……快斗は私の事を怒らなかった。心做しか優しさを含む表情と声色で言い放った彼は私の返答を待っている。思ってもみない彼の様子に忙しなかった心が落ち着きを取り戻す。私は頷いて、差し出されたハンカチを受け取って、立ち止まっていた足を動かし始めた……──────
快斗の後に続いて見知らぬ道をゆっくりと歩いていく。私達の間に会話はなかった。……私から話しかけられる訳がない。気まずいし、結果的に迷子になった私を迎えに来てくれた訳よね?情けないし、泣き顔見られたショックで、とてもじゃないけど私の気分はどん底だった。
(……流石の快斗も呆れたよね。……望んだ結果なのに、胸が痛い……)
自分の馬鹿さ加減に落ち込んでいると、前を歩いていた彼が急に口を開く。
快「……歌、綺麗だったな」
前を向いているから表情が分からない。でもやっぱり……怒っているようにも呆れているようにも見えない。それどころか、先程川原で歌っていたあの女性の歌について私に問いかけていた。その真意は分からなかったけど、とりあえず話題を合わせる為、恐る恐る口を開く。
貴「……そうね。歌声も容姿もとっても綺麗だった……」
快「あの人の素性とか知ってるか?」
貴「全然知らない……快斗は?」
快「知らねぇよ。何せ普段はこっちに来ねぇだろ?俺達は……」
貴「確かに……知ってたら逆にびっくりしちゃう。どうして知ってるの?って……」
快「そうだな」
貴「……あの歌は知ってる?」
快「いや……でも意味なら大抵分かったぜ」
貴「え?本当に?!」
……気づけば話が続いている。あんなに落ち込んでいた気持ちも、いつの間にか戻っていた。そこに居たのは、以前の……他愛ない話で花を咲かせる私達だった。……それは自分にとって、かけがえのない時間だったのだと気づいた。
(……快斗との何気ない普段の会話が、こんなにも居心地が良かったなんて……今更気づくなんて本当に馬鹿だよね。この幸せを、私は自分の手で切り捨てていた……)
……周囲から持て囃される二人を見るのが辛くて、親友の恋を純粋に応援出来ない自分が嫌で、快斗を避けてしまった。でもその選択は間違いだったのかもしれない……
(だってこんなにも喜んでいる自分がいる……これが私の本当の気持ち)
……自然と強ばっていた力が抜けていく。かたくなだった自分の心が徐々に解けていくのが分かる。立ち直るのに時間はかからなかった。他愛もない話をしながら、私達は夕暮れ時の道を歩いていった。
────────────────────────
穏やかになっていく憐の表情を、快斗は見逃さなかった。……何故か自分だけ避けられている事実に彼は気づいていた。今日の下校だってそうだ……何故か最近やたらと避けられている。そんな憐に対して腹が立っていた。
快(何だよ憐の奴!!玲於や青子に対しては普通な癖に、俺の時だけ明らさまに態度変えやがって!!)
唐突な彼女の態度の変化に、訳も分からなかった快斗はイライラしながら帰宅する。家の中でここ最近の彼女の態度について考えていた。しかし、彼は徐々に気づき始める。憐が自分を避けた後に見せる悲痛な表情……何かに苦しんでいる憐を放っておけなかった。ここで離れてしまったら、自分と繋がりは絶たれてしまうかもしれない。疎遠になってしまうことだけは避けたかった。人生何があるか分からない……ある日突然、二度と会えなくなってしまうかもしれない。自分の父親のように……それだけは避けたかった。
快(……アイツすげー苦しそうだった。何なんだよ一体……訳分かんねぇけど、アイツの泣き顔は苦手なんだよ……)
それに何かに苦しんでいるのなら助けたいと思った……他ならぬ彼女だからと快斗は考えていた。
考え込むこと小一時間……突如黒羽家の扉が乱暴に開かれた。
────── バタン!!
快「ん……?」
────── ドタドタッ!!
快(おいおい、何だ?!足音が徐々に俺の部屋に……)
荒々しい足音は自分の部屋の前で止まった。そして勢い良く扉が開けられる。
玲「快くん!姉さん知らない?!」
快「はぁ??急に何だよ。知らねぇよ……アホ憐の事なんか……」
扉を開けた人物は玲於だった。内容は憐の事について……自分の虫の居所が悪い原因の人物をあげられて、不貞腐れたように答えた。快斗の不機嫌な態度に一瞬考える玲於だが、直ぐに表情を戻して快斗に詰め寄った。
玲「姉さんがまだ帰ってきてないんだよっ!!僕らよりも先に早く帰ったはずなのに……家にも居ないし、携帯にかけても繋がらないんだ!!青ちゃんも今日は姉さんと帰ってないって言ってたし……」
快「何っ?!」
鬼気迫る勢いで部屋に入ってきた玲於。快斗は玲於の冷静さをかいた表情、僅かに流れている汗、いつにもなく大きな声量から、玲於の言っている事が本当だと判断した。だからこそ彼は冷静に思考を巡らせ、迅速に事態を把握し、玲於に指示を出した。
快「……玲於!お前は早くその事をおばさんと青子に相談するんだ!青子に伝われば自然と中森警部にも伝わるし、中森警部もすぐに動いてくれるはずだ!桜おばさんには念の為憐が帰ってきた時の為に、家に居てもらう。玲於は青子と一緒に手分けして憐を探してくれ!!」
玲「分かった!快くんは……??」
快「俺は先に憐を探しに行ってくる!」
玲「えっ?!待ってよ!!姉さんが何処に行ったのか検討もつかないのに、闇雲に探すのは……」
玲於は快斗を引き留めようと言葉をかける。何も手がかりがない状態で姉を探し出すのは不可能だと進言しようとした。玲於の言葉で快斗は駆け出しそうな足を一旦止めた。彼は玲於の言い分を理解している……IQ400の頭脳は誰よりも理解していた。しかし、それでも快斗は扉を開けて玲於の方へと振り返って強気に答えた。
快「何言ってんだよ!!ガキの頃からよく迷子になってたアイツを見つけてたのは俺だろう……?大丈夫だ!今回も俺が必ず憐を見つけてやっから!」
快斗は玲於を安心させるように笑って見せた。玲於の返答を待たず快斗は家を駆け出して行った。心の中で悪態をついても、彼女が自分にとってなくてはならない存在だと分かっている……。
家を出た快斗は、早速憐捜索の為携帯を開き地図を見た。彼はここ最近の憐の動きから予想をしようとしていた。
快(……最近憐に避けられてるから、アイツが下校帰りに何処に寄り道してるかなんて知らねぇな)
軽くため息を付く。最近の自分はそれこそ憐からの干渉がなかった為彼女を理解することに難航していた。玲於に啖呵をきった手前、今更戻るなど恥ずかしいにも程がある。彼は悩みながらも考えるのを止めなかった。考え続けて尚答えは見出だせない……しかし、彼には根拠のない自信があった。彼女を見つけられるという絶対的な自信。それこそ彼の言う〝ガキの頃〟から、方向音痴でよく迷子になっていた憐を見つけ出していたのは快斗だった。何故いつも憐を見つけられるのかと問われたこともあったが、それは彼がいつも彼女の事を見ていたからだろう。時には無意識に彼女を見つめていたこともあった快斗は、常に憐を気にかけていたからこそ、彼女の僅かな変化も見逃さず、彼女の直前の行動、今までの経験からどんな場所にいても見つけ出していた。
今回はその彼女から避けられているイレギュラーな状態だが、そんな事は関係ない……事件に巻き込まれている可能性が拭いきれない今、一刻も早く彼女を見つけなければいけなかった……。
快(例えお前が何処にいても、俺は必ず探し出してみせるからな……憐!)
家族とはぐれ、一人で泣いていた少女を……その瞳を輝かせて自分のマジックを見て喜んでくれる少女を……いつの頃からか、彼は守りたいと思うようになった。成長していくに連れてその想いは強くなっていく。
────── ずっと自分の隣で笑っていて欲しい……
密かに芽生えていた想いを胸に、快斗は憐を見つけるため奔走する。
彼女の最寄先は玲於達に任せ、彼は更に遠い地域に探しに出ることにした。よく訪れる場所よりも、未知の場所へと赴いている気がした。根拠などない……彼の天才的な頭脳が示した回答……つまり勘、第六感と呼ばれるものである。彼の勘ではこの辺りにいるのではないかと考えている。
辺りは日も落ちてきていて、暗くなれば彼女を見つけるのがどんどん難しくなる。その前に何としてでも見つけなければならなかった。
広い土手の道、傍には満開の桜が散り始めノスタルジックな雰囲気を漂わせている。雑草が生い茂る坂を下ると大きな川がある。彼は辺りを見回しながら土手の道を駆け抜けて行く。周囲には学校帰りの学生が多く、制服を身にまとった人間とどんどんすれ違っていく……その中に彼の探している人物はいない。焦りと苛立ちが胸を占めるが、それでも何故か彼女がこの近くにいる気がしてならない……。
〝 ────── Amazing Grace
How sweet the sound 〟
そんな彼の耳に突如飛び込んできたのは、天高く届くような伸びのある美しいソプラノの歌声……その声の方に顔を向けた。そこには一人の女性が、川に向かって歌を歌っていた。
〝 ────── That saved a wretch
like me〟
残念ながら彼もこの歌については知らなかった。かろうじて聞き取れる歌詞の意味が分かる程度のもの。しかし、この歌を聞いていると自然と焦りや苛立ちが消えていく。余計な感情が消えていったことにより、彼の感覚は更に研ぎ澄まされる。歌声を聞きながら先へ進む。すると前方に制服を着た男女の二人組が並んで立ち止まっていた。
確かに思わず足を止めて聞いてしまうほどその歌声は素晴らしく、きっとプロの歌手であろうことは予想が出来た。本当に綺麗だと思えるのに……心ではどこか虚しく感じていた。
快(どんなに綺麗な歌声でも、アイツが隣にいなきゃ心に響かない……ハァ……)
恐らく自分達と同じ年の中学生、学校は違うが女の子の方は憐と同じように長い髪が風に靡いている。……その姿を見て、快斗は余計に心苦しくなった。所詮勘はただの勘だ。憐ほど勝率が良い訳でもないのは分かっていたのに……縋ってしまった。
────── 何処にいんだよ……憐……
見知らぬ学生二人組が羨ましくなり、彼等の横を俯いて通り過ぎる。さり気なく視線をあげて歩みを進めると、前方に見慣れた姿が彼の瞳に写った……その瞬間彼は走るスピードを早めて、息を切らして彼女に近づく。
快(やっと見つけた……)
本当は文句のひとつでも伝えようと思っていた。何で自分を避けるのか、どうして誰にも告げずに見知らぬ場所にいるのか、連絡が取れないのはどうなのか等など、心配だからこそ出てくる小言をぶつけてやろうと思っていたが、直前で彼はやめた。
貴「────── 」
憐の瞳からは絶え間なく涙が流れている。悲壮感は無く、あの美しい歌声に感涙しているのが分かったから、快斗は諦めてポケットからある物を取り出す。全く自分に気がついていない憐の隣に並ぶ。
貴「っ!……」
ようやく快斗の存在に気がついた憐は大きく目を見開いた。そんなに驚くことだろうか……いや、避けていた人物が急に現れれば驚くのも無理はない。嫌がられるのも承知で快斗は穏やかに声をかけた。
快「──── 帰るぞ…」
────── 今の俺ならきっと……コイツの気持ちを理解してやれるかもしれない……
差し出したハンカチを素直に受け取った憐を引き連れて、快斗は家までの道のりをゆっくり歩くのだった。数分間無言は続いたが、快斗の方から口を開いた。話題はあの美しい歌声の歌姫の存在……またいつものように話したかった俺は、その歌姫の存在についてアイツに話しかけたけど、少しずつ笑って話してくれるようになった。その頃にはあの気まずさは無く、普通に話せるようになっていた。しかし、結局何故憐が俺を避けていたのか分からなかった。追求すると悲しそうに笑う為、これ以上苦しませたくなかった俺は探るのをやめた。
────────────────────────
あの頃の青臭い自分を思い出して恥ずかしいような懐かしいような気持ちが蘇る。確かにあの頃の俺は、憐の気持ちが分からなくて凄くイライラしていた。同時に憐も俺の気持ちなんか知らなかったんだろう……だから、俺が避けた時にあの頃の俺の気持ちをようやく理解できたと言っていた。
お互い難儀な性格だけど、この時の思い出を憐が大切にしているのは分かっていた。でなければ、あの場所に何度も通ったりはしない。決まって一人になった時に、憐はあの場所へ行き、あの時の歌姫を探していた事を俺は知っている。何で俺が知っているかは……企業秘密ってことで(※彼女の後を付けました)
貴「っ……」
だから今こうして、コイツが溢れんばかりの涙を流すことも想定できた訳だ。だって彼女は、長年お前が追い求めていた〝思い出の歌姫〟だから……。
──────〝 Was blind, but now I see〟
俺は〝あの時〟と同じように持ってきたハンカチを隣の女に差し出す。これで俺の意図が彼女に伝わっただろう……。
────── 何故俺がこのコンサートに憐を誘ったのか……
快「な?だから言ったろ?……お前は感動して涙を流すって……」
憐に対して俺は得意気に伝えた。憐は涙を流しながら俺の方を見た。……あの頃と本当に変わらない……コイツの泣き顔も……
貴「っ……うんっ……ほんとだっ……」
憐は俺のハンカチを素直に受け取って涙を拭いた。それでも彼女の涙は次から次へと溢れてくる。泣き虫なのは昔から知ってるけど、そろそろ泣き止ませないと、憐の体中の水分が無くなりそうだった。
貴「やっと見つけた……あの時の歌姫……!!
ありがとうっ……ありがとう快斗……!!」
快「っ!……」
涙を流しながら嬉しそうに笑う憐を見て、快斗も照れ臭そうに微笑んだ。彼は達成感と満足感でいっぱいだった。密かに今日この日を迎えた自分を褒め讃えた。
────── だって俺が一番見たかったものが……
────── ようやく見れたのだから……
今も流れてくる〝あの時〟と変わらない歌声を憐と快斗は静かに聞いていた。特に快斗は、今度こそ心の底から素晴らしいと感動し、静かに微笑んでいた。
その人はゆっくりと上から降りてきて、ステージ上へと降り立った。まるで天から地上へと降り立った女神のような人だった。
(秋庭さん?!……それにこの曲……!!)
自分の中でゆっくりと何かが溢れ出しそうになっている。千草さんが秋庭さんとは異なる歌を歌い出し、二人の歌姫がそれぞれ奏でている。どんなに美しい歌声も、想定外の歌われ方をしたら不協和音にしかならない。ノイズのように聞こえてしまう。あともう少しで思い出せそうなのに……
そう思っていると千草さんが歌うのを止めた。そして堂本さん、山根さんが秋庭さんの歌う声に合わせて演奏していた。
秋「──── Amazing Grace ……」
秋庭さんの声だけが、クリアに聞こえてきた時、私の脳内で過去の記憶が、一気に流れ出した……
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中学2年生になったばかりの春、まだ桜も華やかに咲き乱れている頃、私は一人見知らぬ道を歩いていた。
(ここどこなんだろう……全然分からない。迷っちゃったな。携帯も電源切れてつかないし……本格的にどうしよう……)
自分の置かれた状況に、密かに絶望していた。元々こうなった経緯も自業自得だから笑えない。最近、自分の親友の好きな人が、自分の好きな人と同じであることに気づいた。どっちが先に好きになったとかは分からない……でも私は、もし青子に好きな人がいたら、全力で力になろうと決めていたから……今の状態は少し心が痛むけど、でもこれで良いんだと自分に言い聞かせた。
(……幼馴染だし今迄の付き合いもあるから全く関わらないっていうのは難しいけれど、それでも今のまま離れていけばきっと……二人の未来は明るいよね……
──────これが正しい選択だよね……快斗)
脳裏に笑い合う青子と快斗の姿が思い浮かんだ。……ズキンと胸に痛みが走る。それと同時に最近の彼の姿も思い浮かんだ。私の素っ気ない返事や態度を見てもいつもと変わらず、声をかけてくれるけれど、今日の彼は違った。寄りたいところがあるから先に青子達と帰るよう告げた時、彼は少しだけ顔を歪めていた。
……あの時の表情が忘れられない。もしかして、私の行動は、彼を傷つけているだけではないのかと考えさせられる。
自分の決心が揺らぎながら歩いていれば、周囲の景色など見ているようで見えていない。いつの間にか見慣れない土手の道を一人で歩いていたのだ。今の自分の状況も今後の彼等との関係もどうすれば良いのか、どちらの状況にも途方に暮れて下を向いて歩いていると、急に視界が歪み始めた。
(何で私が傷ついているの……どちらかと言うと傷ついていたのはきっと……)
目に溜まった涙を拭おうとした瞬間、耳に届いたのは美しいソプラノの歌声……──────
〝 ────── Amazing Grace
How sweet the sound 〟
まるで時が止まったかのように動きが止まる。それぐらいの衝撃だった。声のする方に目を向けると、髪の長い女性が夕陽に照らされて歌を歌っていた。
貴「……っ」
拭おうとした涙はそのまま流れ、ポタポタ落ち地面を湿らす。聞き慣れない言葉で歌を歌っていた女性。恐らく日本語ではなく、英語……私は英語に詳しくないからどういう意味なのか全く分からなかった。でもいつの間にか立ち止まってずっと聞いていた。
(……凄く綺麗な歌声。歌姫みたい……)
心が浄化されるような、安らぎを与えてくれるその歌声に心奪われていた。不思議とその歌を聞いたら、止まるどころか余計に涙が止まらない……。
私以外にも通行人はいて、同じように立ち止まって聞いていた。あまり気にならなかったけど、歌を聞く前にすれ違った男女の二人組。一瞬だけ視界に入ったその二人は、黒い制服を着て並んで歩いていた。……お互い顔を背けていたような気がするけど。でもきっとこの二人も立ち止まって聞いているだろう……何故だかそんな気がした。
我を忘れてしばらく立ち止まって聞いていると、私の隣に誰かが並んでいることに気づいた。自分の隣に視線を向けた時、立っていた人物に驚いて思わず目を見開いた。
貴「っ!……(快斗!!)」
……何と自分の隣に立っていた人物は、幼馴染の黒羽快斗だった。驚きすぎて声も出せなかった。どうしてこの場所にいるの?だってここら辺の道は、私達のいつも通る帰り道ではないのに……
(それに……どうしてアンタを傷つけた奴の隣に並ぶのよ……)
見られたくなかった泣き顔も見られた。心の中は大パニックだった……視線を釘付けにした私と同様、あの歌姫の歌を聞いていた。そして静かにこちらの方に向いて、ハンカチを差し出してこう言った。
快「──── 帰るぞ…」
……快斗は私の事を怒らなかった。心做しか優しさを含む表情と声色で言い放った彼は私の返答を待っている。思ってもみない彼の様子に忙しなかった心が落ち着きを取り戻す。私は頷いて、差し出されたハンカチを受け取って、立ち止まっていた足を動かし始めた……──────
快斗の後に続いて見知らぬ道をゆっくりと歩いていく。私達の間に会話はなかった。……私から話しかけられる訳がない。気まずいし、結果的に迷子になった私を迎えに来てくれた訳よね?情けないし、泣き顔見られたショックで、とてもじゃないけど私の気分はどん底だった。
(……流石の快斗も呆れたよね。……望んだ結果なのに、胸が痛い……)
自分の馬鹿さ加減に落ち込んでいると、前を歩いていた彼が急に口を開く。
快「……歌、綺麗だったな」
前を向いているから表情が分からない。でもやっぱり……怒っているようにも呆れているようにも見えない。それどころか、先程川原で歌っていたあの女性の歌について私に問いかけていた。その真意は分からなかったけど、とりあえず話題を合わせる為、恐る恐る口を開く。
貴「……そうね。歌声も容姿もとっても綺麗だった……」
快「あの人の素性とか知ってるか?」
貴「全然知らない……快斗は?」
快「知らねぇよ。何せ普段はこっちに来ねぇだろ?俺達は……」
貴「確かに……知ってたら逆にびっくりしちゃう。どうして知ってるの?って……」
快「そうだな」
貴「……あの歌は知ってる?」
快「いや……でも意味なら大抵分かったぜ」
貴「え?本当に?!」
……気づけば話が続いている。あんなに落ち込んでいた気持ちも、いつの間にか戻っていた。そこに居たのは、以前の……他愛ない話で花を咲かせる私達だった。……それは自分にとって、かけがえのない時間だったのだと気づいた。
(……快斗との何気ない普段の会話が、こんなにも居心地が良かったなんて……今更気づくなんて本当に馬鹿だよね。この幸せを、私は自分の手で切り捨てていた……)
……周囲から持て囃される二人を見るのが辛くて、親友の恋を純粋に応援出来ない自分が嫌で、快斗を避けてしまった。でもその選択は間違いだったのかもしれない……
(だってこんなにも喜んでいる自分がいる……これが私の本当の気持ち)
……自然と強ばっていた力が抜けていく。かたくなだった自分の心が徐々に解けていくのが分かる。立ち直るのに時間はかからなかった。他愛もない話をしながら、私達は夕暮れ時の道を歩いていった。
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穏やかになっていく憐の表情を、快斗は見逃さなかった。……何故か自分だけ避けられている事実に彼は気づいていた。今日の下校だってそうだ……何故か最近やたらと避けられている。そんな憐に対して腹が立っていた。
快(何だよ憐の奴!!玲於や青子に対しては普通な癖に、俺の時だけ明らさまに態度変えやがって!!)
唐突な彼女の態度の変化に、訳も分からなかった快斗はイライラしながら帰宅する。家の中でここ最近の彼女の態度について考えていた。しかし、彼は徐々に気づき始める。憐が自分を避けた後に見せる悲痛な表情……何かに苦しんでいる憐を放っておけなかった。ここで離れてしまったら、自分と繋がりは絶たれてしまうかもしれない。疎遠になってしまうことだけは避けたかった。人生何があるか分からない……ある日突然、二度と会えなくなってしまうかもしれない。自分の父親のように……それだけは避けたかった。
快(……アイツすげー苦しそうだった。何なんだよ一体……訳分かんねぇけど、アイツの泣き顔は苦手なんだよ……)
それに何かに苦しんでいるのなら助けたいと思った……他ならぬ彼女だからと快斗は考えていた。
考え込むこと小一時間……突如黒羽家の扉が乱暴に開かれた。
────── バタン!!
快「ん……?」
────── ドタドタッ!!
快(おいおい、何だ?!足音が徐々に俺の部屋に……)
荒々しい足音は自分の部屋の前で止まった。そして勢い良く扉が開けられる。
玲「快くん!姉さん知らない?!」
快「はぁ??急に何だよ。知らねぇよ……アホ憐の事なんか……」
扉を開けた人物は玲於だった。内容は憐の事について……自分の虫の居所が悪い原因の人物をあげられて、不貞腐れたように答えた。快斗の不機嫌な態度に一瞬考える玲於だが、直ぐに表情を戻して快斗に詰め寄った。
玲「姉さんがまだ帰ってきてないんだよっ!!僕らよりも先に早く帰ったはずなのに……家にも居ないし、携帯にかけても繋がらないんだ!!青ちゃんも今日は姉さんと帰ってないって言ってたし……」
快「何っ?!」
鬼気迫る勢いで部屋に入ってきた玲於。快斗は玲於の冷静さをかいた表情、僅かに流れている汗、いつにもなく大きな声量から、玲於の言っている事が本当だと判断した。だからこそ彼は冷静に思考を巡らせ、迅速に事態を把握し、玲於に指示を出した。
快「……玲於!お前は早くその事をおばさんと青子に相談するんだ!青子に伝われば自然と中森警部にも伝わるし、中森警部もすぐに動いてくれるはずだ!桜おばさんには念の為憐が帰ってきた時の為に、家に居てもらう。玲於は青子と一緒に手分けして憐を探してくれ!!」
玲「分かった!快くんは……??」
快「俺は先に憐を探しに行ってくる!」
玲「えっ?!待ってよ!!姉さんが何処に行ったのか検討もつかないのに、闇雲に探すのは……」
玲於は快斗を引き留めようと言葉をかける。何も手がかりがない状態で姉を探し出すのは不可能だと進言しようとした。玲於の言葉で快斗は駆け出しそうな足を一旦止めた。彼は玲於の言い分を理解している……IQ400の頭脳は誰よりも理解していた。しかし、それでも快斗は扉を開けて玲於の方へと振り返って強気に答えた。
快「何言ってんだよ!!ガキの頃からよく迷子になってたアイツを見つけてたのは俺だろう……?大丈夫だ!今回も俺が必ず憐を見つけてやっから!」
快斗は玲於を安心させるように笑って見せた。玲於の返答を待たず快斗は家を駆け出して行った。心の中で悪態をついても、彼女が自分にとってなくてはならない存在だと分かっている……。
家を出た快斗は、早速憐捜索の為携帯を開き地図を見た。彼はここ最近の憐の動きから予想をしようとしていた。
快(……最近憐に避けられてるから、アイツが下校帰りに何処に寄り道してるかなんて知らねぇな)
軽くため息を付く。最近の自分はそれこそ憐からの干渉がなかった為彼女を理解することに難航していた。玲於に啖呵をきった手前、今更戻るなど恥ずかしいにも程がある。彼は悩みながらも考えるのを止めなかった。考え続けて尚答えは見出だせない……しかし、彼には根拠のない自信があった。彼女を見つけられるという絶対的な自信。それこそ彼の言う〝ガキの頃〟から、方向音痴でよく迷子になっていた憐を見つけ出していたのは快斗だった。何故いつも憐を見つけられるのかと問われたこともあったが、それは彼がいつも彼女の事を見ていたからだろう。時には無意識に彼女を見つめていたこともあった快斗は、常に憐を気にかけていたからこそ、彼女の僅かな変化も見逃さず、彼女の直前の行動、今までの経験からどんな場所にいても見つけ出していた。
今回はその彼女から避けられているイレギュラーな状態だが、そんな事は関係ない……事件に巻き込まれている可能性が拭いきれない今、一刻も早く彼女を見つけなければいけなかった……。
快(例えお前が何処にいても、俺は必ず探し出してみせるからな……憐!)
家族とはぐれ、一人で泣いていた少女を……その瞳を輝かせて自分のマジックを見て喜んでくれる少女を……いつの頃からか、彼は守りたいと思うようになった。成長していくに連れてその想いは強くなっていく。
────── ずっと自分の隣で笑っていて欲しい……
密かに芽生えていた想いを胸に、快斗は憐を見つけるため奔走する。
彼女の最寄先は玲於達に任せ、彼は更に遠い地域に探しに出ることにした。よく訪れる場所よりも、未知の場所へと赴いている気がした。根拠などない……彼の天才的な頭脳が示した回答……つまり勘、第六感と呼ばれるものである。彼の勘ではこの辺りにいるのではないかと考えている。
辺りは日も落ちてきていて、暗くなれば彼女を見つけるのがどんどん難しくなる。その前に何としてでも見つけなければならなかった。
広い土手の道、傍には満開の桜が散り始めノスタルジックな雰囲気を漂わせている。雑草が生い茂る坂を下ると大きな川がある。彼は辺りを見回しながら土手の道を駆け抜けて行く。周囲には学校帰りの学生が多く、制服を身にまとった人間とどんどんすれ違っていく……その中に彼の探している人物はいない。焦りと苛立ちが胸を占めるが、それでも何故か彼女がこの近くにいる気がしてならない……。
〝 ────── Amazing Grace
How sweet the sound 〟
そんな彼の耳に突如飛び込んできたのは、天高く届くような伸びのある美しいソプラノの歌声……その声の方に顔を向けた。そこには一人の女性が、川に向かって歌を歌っていた。
〝 ────── That saved a wretch
like me〟
残念ながら彼もこの歌については知らなかった。かろうじて聞き取れる歌詞の意味が分かる程度のもの。しかし、この歌を聞いていると自然と焦りや苛立ちが消えていく。余計な感情が消えていったことにより、彼の感覚は更に研ぎ澄まされる。歌声を聞きながら先へ進む。すると前方に制服を着た男女の二人組が並んで立ち止まっていた。
確かに思わず足を止めて聞いてしまうほどその歌声は素晴らしく、きっとプロの歌手であろうことは予想が出来た。本当に綺麗だと思えるのに……心ではどこか虚しく感じていた。
快(どんなに綺麗な歌声でも、アイツが隣にいなきゃ心に響かない……ハァ……)
恐らく自分達と同じ年の中学生、学校は違うが女の子の方は憐と同じように長い髪が風に靡いている。……その姿を見て、快斗は余計に心苦しくなった。所詮勘はただの勘だ。憐ほど勝率が良い訳でもないのは分かっていたのに……縋ってしまった。
────── 何処にいんだよ……憐……
見知らぬ学生二人組が羨ましくなり、彼等の横を俯いて通り過ぎる。さり気なく視線をあげて歩みを進めると、前方に見慣れた姿が彼の瞳に写った……その瞬間彼は走るスピードを早めて、息を切らして彼女に近づく。
快(やっと見つけた……)
本当は文句のひとつでも伝えようと思っていた。何で自分を避けるのか、どうして誰にも告げずに見知らぬ場所にいるのか、連絡が取れないのはどうなのか等など、心配だからこそ出てくる小言をぶつけてやろうと思っていたが、直前で彼はやめた。
貴「────── 」
憐の瞳からは絶え間なく涙が流れている。悲壮感は無く、あの美しい歌声に感涙しているのが分かったから、快斗は諦めてポケットからある物を取り出す。全く自分に気がついていない憐の隣に並ぶ。
貴「っ!……」
ようやく快斗の存在に気がついた憐は大きく目を見開いた。そんなに驚くことだろうか……いや、避けていた人物が急に現れれば驚くのも無理はない。嫌がられるのも承知で快斗は穏やかに声をかけた。
快「──── 帰るぞ…」
────── 今の俺ならきっと……コイツの気持ちを理解してやれるかもしれない……
差し出したハンカチを素直に受け取った憐を引き連れて、快斗は家までの道のりをゆっくり歩くのだった。数分間無言は続いたが、快斗の方から口を開いた。話題はあの美しい歌声の歌姫の存在……またいつものように話したかった俺は、その歌姫の存在についてアイツに話しかけたけど、少しずつ笑って話してくれるようになった。その頃にはあの気まずさは無く、普通に話せるようになっていた。しかし、結局何故憐が俺を避けていたのか分からなかった。追求すると悲しそうに笑う為、これ以上苦しませたくなかった俺は探るのをやめた。
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あの頃の青臭い自分を思い出して恥ずかしいような懐かしいような気持ちが蘇る。確かにあの頃の俺は、憐の気持ちが分からなくて凄くイライラしていた。同時に憐も俺の気持ちなんか知らなかったんだろう……だから、俺が避けた時にあの頃の俺の気持ちをようやく理解できたと言っていた。
お互い難儀な性格だけど、この時の思い出を憐が大切にしているのは分かっていた。でなければ、あの場所に何度も通ったりはしない。決まって一人になった時に、憐はあの場所へ行き、あの時の歌姫を探していた事を俺は知っている。何で俺が知っているかは……企業秘密ってことで(※彼女の後を付けました)
貴「っ……」
だから今こうして、コイツが溢れんばかりの涙を流すことも想定できた訳だ。だって彼女は、長年お前が追い求めていた〝思い出の歌姫〟だから……。
──────〝 Was blind, but now I see〟
俺は〝あの時〟と同じように持ってきたハンカチを隣の女に差し出す。これで俺の意図が彼女に伝わっただろう……。
────── 何故俺がこのコンサートに憐を誘ったのか……
快「な?だから言ったろ?……お前は感動して涙を流すって……」
憐に対して俺は得意気に伝えた。憐は涙を流しながら俺の方を見た。……あの頃と本当に変わらない……コイツの泣き顔も……
貴「っ……うんっ……ほんとだっ……」
憐は俺のハンカチを素直に受け取って涙を拭いた。それでも彼女の涙は次から次へと溢れてくる。泣き虫なのは昔から知ってるけど、そろそろ泣き止ませないと、憐の体中の水分が無くなりそうだった。
貴「やっと見つけた……あの時の歌姫……!!
ありがとうっ……ありがとう快斗……!!」
快「っ!……」
涙を流しながら嬉しそうに笑う憐を見て、快斗も照れ臭そうに微笑んだ。彼は達成感と満足感でいっぱいだった。密かに今日この日を迎えた自分を褒め讃えた。
────── だって俺が一番見たかったものが……
────── ようやく見れたのだから……
今も流れてくる〝あの時〟と変わらない歌声を憐と快斗は静かに聞いていた。特に快斗は、今度こそ心の底から素晴らしいと感動し、静かに微笑んでいた。
