戦慄の楽譜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
地鳴らしのような音が響いた。場所はそう遠くない……そう、例えば自分達が居たホールの方角から……。コナンと一緒に拉致され、ダムの貯水池でボートの上に乗せられていた怜子は呟いた。その音に聞き覚えがあったコナンは、その音の正体は爆発音だと答える。2人の情報を合わせるなら、堂本ホールの方角から爆発音が聞こえている。1回だけではなく複数音、彼等が原因を考えている間にも今もまだ爆発は続いていた……。
「こちら西多摩市の音楽の森です!ほんの少し前、堂本ホールで2度の爆発が起こりました!ホール左手一番奥と、右手中央の楽屋口のようです!コンサートは5分前に始まっています!中の様子はまだ……」
────── ドォン!
女性アナウンサーが、カメラに向かって必死に今の状況を説明している。現場は緊迫した空気に包まれており、ホールから黒い煙のようなモヤが上がっていて、複数の爆発音が聞こえていた。所々ガラスは飛び散り、柱からは火が燃えるなど悲惨な状況となっていた。
音楽ホールから爆発音、黒い煙、燃え上がる火の粉……異常事態に気づいた周囲の人々は目の前の光景に言葉を失っている。しかし、奇妙な事にホールの中から出てくる人がいない。
ホールの中は一部を除いて圏外となること、更に上演中は携帯の電源は切ることがマナーとなり連絡手段として期待が出来ない。完全防音、完全防火となっており、既に10回以上の爆発が起きているのにも関わらず、中から人が出てくる気配がないことから考えて、まだホールの中にいる人々は爆発に気づいていない可能性を、高木達から救出されヘリコプターに乗せられている怜子があげた。
その言葉に高木は驚いて、「えぇ?!じゃあコンサートを続けている可能性も?!」と声を上げた。
コ「でもいつまでも外側だけだとは限らないよ……いずれは中も……いやもう起きているのかもしれない」
コ(蘭……)
あの堂本ホールには自分の大切な人が取り残されている。絶対に助けてみせる……コナンは強く心に誓い、高木達と一緒にホールの屋上へと向かった。
────────────────────────
千「Wohl mir, daß ich Jesum habe,
(イエスと共にいる私は幸である)
o wie feste halt' ich ihn,
(おお私は何と固くイエスを守るか)
daß er mir mein Herze labe,
(イエスは私の心を慰めてくださる)
wenn ich krank und traurig bin.
(病める時も悲しい時も)
Jesum hab' ich, der mich liebet
(私はイエスと共に居て、イエスは私を愛し)
und sich mir zu eigen giebet
(私に身を委ねてくださる。)
ach drum laß ich Jesum nicht,
(ああ、だから私はイエスを放さない)
wenn mir gleich mein Herze bricht.
(たとえ私の心が張り裂けそうな時にも)」
急遽怜子の代役として自ら歌う事を志願した千草らら。彼女の歌声は、怜子の歌声とは異なった良さがあり、その繊細な音の響きによって、観客達を魅了する。彼女も怜子と同じくソプラノ歌手……一度は主役の座を怜子に奪われるも、密かに彼女は練習を続けていた。その成果もあり、秋庭怜子の代役を見事務めている。彼女の歌う曲はバロック時代の作曲家、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが1723年に作曲した〝主よ人の望みよ喜びよ〟という曲で、神(イエス・キリスト)こそが人が望む真の喜びと救いであることを讃える名曲だった。
クリスマスや結婚式と言った愛でたい祝いによく使われる曲でもある為、音楽に知見のない憐でも聞いた事のある曲だった。
(千草さんだっけ……やっぱりプロの歌手の人は違う。声量も音程も技術も表現力も凄いな。でもこの人……凄く上手なのは伝わってきたけど何だろう……感動して泣く程でないんだよね)
私はチラッと横目で隣に座っている彼を見た。心做しか快斗も退屈そうに聞いている。欠伸までして……誘った本人があんまり楽しそうではないのが気になる所ではあるけど、でもきっと快斗が私を誘った訳はこのコンサートの公演曲の中にあるということ。
(泣く程感動する曲って何だろう……快斗が私を誘った意味って……?)
そうして考えているうちに千草さんの歌が止んだ。歌手の千草さん、パイプオルガンを弾いていた堂本さん、バイオリンを奏でていた山根さん……その3人に観客席から無数の拍手が贈られている。
──────パチパチパチパチ
堂「皆様、こんばんは。本日はようこそいらっしゃいました。堂本一輝です。皆様ご存知のように本日ようやく、このパイプオルガンを……」
ここから堂本さんの身の上話や、ホールへの想い、今回の演奏会への意気込み等様々な事を話してくれた。静かに聞いていると、隣で座っている快斗が大きな欠伸をしていた。
貴「快斗欠伸するなんて失礼よ!ちゃんと聞かないと駄目じゃない(小声)」
快「ふわぁ〜……だってよ〜このおっさんの話なんか興味ねぇし……(小声)」
貴「え?何で?堂本さんの新しい音楽ホールが新しく建設された記念にこのコンサートって開かれたんだよね?……興味が無いなら何で私を誘ったの?(小声)」
快「ギクッ」
あまりの態度に苦言を呈したら、まさかの言葉が返ってきて違和感を持った。だって本当にそうだから。堂本さんの新ホール建設記念に開かれたコンサートなのに、その堂本さんに興味が無いなら、何で快斗はこのコンサートに行こうと思ったの?何で私を誘ったの?という疑問が出てくるのは当然だと思う。私の質問にハッとする快斗。何だか汗も出てきていてまるで都合が悪いことを聞かれてるみたいに……何だか焦っているみたい。
快「ア、アハハハ…ってそれよりもうすぐ次の曲が始まるぞ……上演中は私語厳禁だぜ!(小声)」
貴「なっ!……アンタね……(小声)」
追求されるのが嫌だったのか、無理やり話を逸らす快斗。まぁ彼の言う通り、上演中の私語はマナー違反だけど、アンタだってさっきまで喋ってた癖に!私は言いたいことをぐっと抑え、彼と同じように前を向いてステージ上を見た。
最初の曲、これはアヴェ・マリア、次がカンタータ(主よ人の望みよ喜びよ)、そして今流れているのがゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルが作曲した〝主は羊飼いのごとくその群れを養い〟という曲だった。
千草ららが歌い上げる数々の名曲達。その曲も一区切り着いて再度歌声を披露するべく息を吸った瞬間……
────── 突如天井から神のような歌声が舞い降りてきた……
「Amazing Grace,
how sweet the sound,
That saved a wretch like me……
I once was lost but now am found
Was blind, but now I see……」
ステージよりも遥か上、バルコニー席からもよく見えるステージの上階部分からその歌声は聞こえてきた。よく耳をすませると先程の曲と明らかに異なる旋律を奏でている。しかもスポットライトも当たらない暗い場所にも関わらず、自らの歌声のみで魅せていた。これには観客も驚きを隠せず、空気がざわめいていた。
それもそのはず、演奏者達である山根、堂本、千草達が手を止めて見上げているのだ。その様子がどう見ても演技ではなく、目を見開いて動揺しているように感じた。
しかし、すぐに堂本は気持ちを切り替えてその歌声とは異なる旋律を奏で始める。堂本の意向を察し、山根、千草も同じ旋律を奏でた。
その謎の歌声の持ち主は近くにある階段を一歩ずつ降りていき、ステージへと近づいていく。天井に近いバルコニー席の蘭達は、階下の観客達よりも一足先にその謎の歌声の人物について誰なのか分かった。
歩「怜子先生だ!!」
蘭「この曲……!!」
園「Amazing Graceね……」
園子が曲名をピタリと言い当てる。リハーサルの時よりも素晴らしい歌声を披露している怜子に対して全員が聞き惚れていた。その中でも蘭の様子だけが他と異なっていた。
蘭「……」
千「Und segnete unser Glück
Mein Herz ist noch bei dir」
秋「And grace my fears relieved」
千「Ich höre deine Stimme
Du rufst……」
秋「How precious did
that grace appear」
2人の歌姫は互いに譲らぬそれぞれの歌声を奏でた。ユニゾンでもなく、ハモる訳でもなく、ただただぶつかり合うように己の歌を観客に聞かせ続けた。
……背後を気にしつつも負けじと自分の歌を唄った。自分なら歌いこなせると……そう自負して代役でもいいから代わりを務めあげるつもりだった。だが……勝敗は着いていた。
いや最初から勝負の土台にすら立てていなかったのかもしれない……真正面からぶつかり合って理解させられた。
ららは歌うことをやめた……実力の差が自分ではっきりと分かってしまったから。自分よりも怜子の方がこの舞台の歌姫に相応しいと、自ら身を引いた。
千「……」
堂「……」
ららが歌うことをやめたと分かった瞬間、堂本も背後を少し向いて手を止めた。そして指を置く位置を変えて先程とは異なる曲を奏でている。伴奏の曲が変わり、怜子は改めてステージ上の真ん中に立ち息を小さく吸った。……神に祈りを捧げるように歌を唄い始めた。
秋「Amazing grace (素晴らしき神の恵み)
how sweet the sound(何と美しい響きなのか)
that saved a wretch like me……(私のような者までも救ってくださった)
I once was lost(道を踏み外しさまよっていた私を神は救いあげて下さり)
but now am found (今まで見えなかった神の恵みを)
Was blind but now I see……(今は見出すことができる)」
怜子が独唱するこの曲は〝Amazing Grace〟
曲名の意味は〝素晴らしき神の恵み、恩寵〟
作曲者不明、作詞は18世紀のイギリス牧師ジョン・ニュートンによって作られたもの。元奴隷貿易の船長だったジョンが、嵐で遭難しかけた体験を機に神の救い(恵み)に感動し、自らの罪を悔い改めて神に感謝を捧げた内容が由来となっている。
会場全体に響き渡る歌声は何と尊くて心震わさられるのか……怜子の歌声によって、脳裏に蘇った心の奥底の記憶を辿る者たちが居た。
────── 夕暮れ時、桜咲き乱れた頃……1人の女性が天に届くような高い歌声でAmazing Graceを唄っていた……
その歌声を少し離れた所で聞いていたのは、中学2年生になったばかりの工藤新一と毛利蘭。2人は些細な事で喧嘩をし、1週間も口をきかないほどの拗れていた関係となっていたが、同じ帰り道を辿る際に突如聞こえてきた彼女の歌をきっかけに関係を修復したという……。
蘭(あの時の人……やっぱり怜子さんだったんだ……)
蘭は怜子の歌声を聞いて、自分の記憶に存在する歌を唄っていた女性を秋庭怜子だと確信し微笑みを浮かべた。それと同時に、あの時傍で聞いていたもう1人の存在の素性も分かったのだ。
その存在に目を向けて見る。席の位置的に彼女から見下ろして見える場所にいて確認出来る。
────── あの時と同じように……
────── 彼女は涙を流し、心奪われたように聞いていた……
蘭(私達、あの時出会ってたんだね……憐……)
9/9ページ
