𝑀𝑒𝑟𝑟𝑦 𝐶ℎ𝑟𝑖𝑠𝑡𝑚𝑎𝑠
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───────── 12月25日
天から白いものが降り注ぐ。敢えて音を付けるならとフワフワと……私だけでなく、数多の物の上に満遍なく降り注いでいる。降ってきたものは手の上に落ちた途端、あっという間にとけて消えてしまう。私の術式に使われるものと似て非なるもの……その正体は雪だ。
私は雪が好きだ……真っ白で冷たくて、見ているぶんには何も問題もなく、結晶の形は神秘的で綺麗なのに、触れるだけで消えてしまうその儚い性質に。……どことなく最愛の彼を思い出してしまうのは私だけだろうか。なんてね……いつも彼の事ばかり考えているからかな。氷の術式を持っているせいで暑い夏よりも寒い冬の方が耐えられる。だから吐く息が白くなるほど寒い日だろうと、日本一有名な待ち合わせ場所であるが故に、多くの人間が行き交う場所だろうと、私は幾らでも待てるのだ。
(時間的にもうすぐね……早く会いたいな。)
彼への思いを馳せながら、昨日から今日までの出来事を思い出す。今日は待ちに待った25日。予め彼と約束していたクリスマスデートの日である。24日は、高専の皆とクリスマスパーティーをやった。大人も子どもも大騒ぎ。豪華な食卓を終えて、皆で人生ゲームやってたんだけど、何故か五条先生が1抜け。ゲームに実力は関係ないと思うけど、先生は実力だけではなく運も強かったということになる。……リアルでもお金持ちの癖にゲームでも億万長者になるなんて、天は二物を与えずという諺を作った人の立場がない。
そんな楽しい24日を過ぎれば、次の日は25日。クリスマス当日……午前の時間、急遽任務が入った彼の為、午後からの予定を変更し、ゆっくりまったりできるお家デートでも良かったのだけど、私がクリスマスのイルミネーションを楽しみにしていた事を知っていた彼が「予定の時間までには絶対終わらせるから、待ってて……。」と気を遣ってくれたので、私は彼を信じて予定通りイルミネーションデートを決行することに……。
(あまり待ち合わせってしないから少し新鮮だな〜。この犬の像ってて、忠犬ハチ公だったっけ……。)
住んでる寮が一緒の為、他のカップルと違って待ち合わせという事をせずに一緒に行くのが基本……なのだが、特級に返り咲いてからの彼は任務に引っ張りだこ。同じ特級の五条先生がとんでもなく忙しい人なので、察してはいたが本当に時間が合わない。合わないのに彼は、私の為にわざわざ時間を割いてくれている。外に出かける場合は、彼が帰ってきてから一緒に行くのだけど、今回は私が「待ち合わせをしたい!」と強めに押した事もあって、叶ったのである。1回寮に帰るより、現地集合した方が彼の負担も無くせるし手間がかからないから。……でも、この時の彼は少し悩んでいるようなそぶりをしていたが、私が一度決めたら折れないのを知っていることもあり、了承してくれた。
(……何で憂太はあの時、悩んでいたのかな。)
その答えを今もまだ分かっていない私……周りを気にせず悩みふけっていると、傍から聞き慣れない声がし始める。
「そこの可愛いお姉さん〜!どう〜?今夜俺らと一緒に遊ばない?」
隣から何やら身なりが派手な男性二人が、こちらを見定めるように視線を向けていた。
「ちょっ!そんな顔をぶんぶん振らなくてもお姉さんしかいないって!……茶髪でロングのお姉さんっ!」
「隣から声掛けてるのに、自分じゃないと思ったの?何それ面白すぎっ!」
何が面白いのか下品な笑い方をしながら近づいてくる。
貴「これだけ人がいるのにまさか、私に話しかけてるなんて思わなかったので……。」
正直気分は最悪、反吐が出そうなくらい気持ち悪くて仕方ないけど、ここは穏便に済ますために取り繕った笑顔で対応する。余談だけど、私はこうやって女を見下す男が嫌いだ。
「そっかな〜誰だってこんな可愛い女の子がいたら声掛けちゃうと思うけど〜?なぁ?」
「あぁ!君みたいな子が、こんな日にこんな場所で立ってたら、誰だって声を掛けちゃうって!なんたってここは有名な待ち合わせ場所、ハチ公前広場。そして今日はなんと言ってもクリスマス!野郎と待ち合わせって線が一番大きいけど、今の世の中カップルだけじゃないしね。友達同士って線もある……君みたいな可愛い子の友達は絶対レベルが高いね!」
貴「は、はぁ……そうですか。」
何を言っているんだろうこの人達は……、何と言うか凄くおめでたい人達だな。言いたいことも分かるが、でも流石にこの日は待ち合わせをしている多くの人達は、パートナー待ちじゃないだろうか。そして私だけでなく私の友達(?)を狙ってるのも引いた。
「ってことも考えたけどさ、さっきから君を見てたけど、ずっと一人で立ってるよね?お姉さんもしかして待ち合わせ相手に振られちゃったんじゃない?ここで待ってても悲しいだけじゃん……どう?今夜良ければ俺らが君を慰めてあげるからさ〜?」
こちらにキメ顔をしながら、手を差し出す男二人。何をもってそこまで自信満々なのか分からないけど、本当に有り得ない……彼以外の手など取りたくないのだ。家族、友人、知り合いならともかくこの二人は、知り合いですらない。
貴「すみませんが、相手はちゃんとここに来るので大丈夫です。間に合ってますので、もっと他に素敵な方に声を……?!」
全て言葉が出る前に、一人の男に手を掴まれる。
「……自分で言うのもなんだけど、俺ら結構イケメンでしょ?そんな相手逃すの勿体なくない?」
分かっているなら自分で、言わない方がいいと思う。
「それに俺らもできるだけ穏便に済ませたいわけ……乱暴されたくなかったら、大人しく着いてきた方がいいんじゃない?」
本性を出してきた……隠しきれていない醜い本性が。
両サイドを囲って脅してくるなんて、卑怯な人達ね。
(……他を当たってって言わなくて良かったな。声をかけられたのが、私で良かった……。でも、どうしよう……下劣な人達に触られているのも嫌だから振り払いたいけど、こんなに人がいる前でやったら悪目立ちしてしまう。)
それにこんな場面を彼に見られたら……優しい彼に嫌な思いをさせてしまう。それだけは絶対に駄目だ。
貴「あ、あの、すみません……手を離してもらってもいいですか?本当に無理です……。」
見知らぬ男二人に囲まれて、手を掴まれて平気な訳がない……いくら自分が鍛えてて相手よりも強いって分かってても怖いものは怖い……。周囲の人間も私達の様子が可笑しいと気づき始めて注目している。だが、面倒事に巻き込まれたくないのか、見て見ぬふりをし離れていく人達……。私達の周りにだけ空間ができる。助けが絶望的だと悟り、体が震え始め、涙が出そうになる……。
(こんな大切な日にどうして……)
「ちょっと下手にでりゃ良い気になりやがって……おい、行くぞ。」
貴「やめてください…!!」
私の手を掴んでいる男は、私の態度に痺れを切らし無理やり引っ張り、この場から立ち去ろうとする。そして、反対サイドの男に声をかけようとした瞬間、その男が短い悲鳴をあげて崩れ落ちた。
ドサッ
「ウガッ!」
「は?!いきなりどうしたんだよ……!しっかりしろ!」
私の手を掴んでいた男は、その手を振りほどき素早く相方の男に駆け寄る。崩れ落ちた男は苦痛に歪み、ゲホゲホと咳をしながらコンクリートの上に蹲っていた。
「ゲホッ!分からねぇ!なんかよく分かんねぇけど、腹にすげぇ痛みが襲ってきやがった……!」
「何なんだよ一体……!おいクソ
ドカッ!
相方は何故いきなり崩れ落ちたのか……男は理解出来なかったのであろう。だから近くにいた私に原因があるとして、つっかかってこようとしたのだ。しかし、強気に出た男の言葉も、全部言い終わる前に強制的に止められた……私の目の前に現れた白い背中によって……─────────。
乙「これ以上……彼女に近づかないで貰えますか。」
聞き慣れた声に不安に脅えていた心が落ち着きを見せる。それどころか待ち望んでいた彼の姿を見て、勝手に涙が零れ落ちた。
貴「憂太……。」
その声の主は待ち合わせをしていた相手、憂太だった。憂太は私と男の間に入り、私の盾になってくれていた。彼は蹲っている男達を前に、冷たい瞳で見下ろすも私の呟きを拾うや否や、男達に背を向けて振り返った。そして、私の顔を見て目を見開く。片手でそっと私の涙を拭き、優しく抱き締めてくれた。
乙「怖かったよね、憐。ごめんね、早く来られなくて……。」
憂太は申し訳なさそうに私に謝った。……憂太が謝ることなんてひとつも無い。待ち合わせ時間ピッタリに来てくれているし、何より恐怖で固まっていた私を助けてくれたのだから。
貴「ううん、憂太は全然悪くないよ……。むしろ私の方こそ、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい……。」
広い心で抱擁する彼に罪悪感が湧く。周囲の目を気にし、きっぱりと断れなかった自分のせい……でも彼は、私の頭を優しく撫でながら答える。
乙「憐は悪くない……悪いのは全部、この人達だ。」
彼の瞳は映す対象を変える。私から蹲っている男達へ……暖かみのある黒から、漆黒の闇が広がるより深い黒の瞳に変わる。普段の優しい姿は何処へやら……彼は大切な人に危害が加えられた時、一変して冷酷になる。
いまだ痛みに支配され、まともに動けない男達も、自分達に危害を加えた者の姿を見る為に、やっと顔を上げた。そして、そこに立っている少年を見て静かに絶望する……。自分達の見る限りでは、その少年に特別なところは見当たらない。異国の人間のように体が屈強な訳でもない……むしろ少し非力に見え、そこら辺にいる少年のように見える。変わったところがあるとすれば、背中に刀袋のようなものを背負っているところだ。
しかし、かの瞳は冷徹に、冷淡に、冷酷に己を見下ろしていた……そこに一切の慈悲はなく、何故自分達が普通に呼吸出来ているのか分からない程だ。
面倒事を避け、遠巻きに見ていた者たちはガヤガヤとしていたが、白い少年が醸し出す冷酷な雰囲気に、ようやく口を閉じ、その行く末を見守った。
乙骨は抱擁をとき、再び憐の前に立つ。そして恐怖に慄いている男達を眼下に見下ろした。
乙「……本当は僕の大切な彼女を傷つけた貴方達を、赦したくは無い。」
「「……!?」」
乙「だけど優しい彼女は、僕が貴方達を傷つければ、更に自分を責めてしまう。……それはもっと許されない。」
「じゃ、じゃあ……俺達は一体どうすれば……。」
情けない声で問いかける男達。己の罪を自覚し、彼に赦しを乞う。
乙「まずは彼女に謝ってください。」
「「すみませんでしたぁあああ!!」」
貴「い、いえ……。」
与えられた条件を即座に実行する。地面に額をつけ、土下座で謝る男達。
乙「そして……二度と彼女の前に現れないで下さい。もし次に憐の前に現れたら……僕は今度こそ、容赦なく潰す……。」
声のトーンが一段と低くなり、絶対零度の瞳が彼らを貫く。
「ほ、本当にすみませんでしたぁああああ!!」
「もう二度と近づいたりしませぇえええん!!」
二人は震えた足で立ち上がると、憐と乙骨に頭を下げ、走って離れた群衆に飛び込みその姿を消した。