死滅回游
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伏黒の説得により、高専に戻ることに応じた虎杖、そして暗闇の中から現れた脹相、ある程度人数が集まった所で、一同の視線はある場所に注がれる。
虎「……乙骨先輩」
おもむろに虎杖が口を開く。それは彼が密かに気になっていたある疑問だった。何故このタイミングなのかと問われれば、このタイミングを逃すと暫く触れられそうにないからだと彼は、答えるだろう。ずっと知らないままだとかえって集中出来ない……虎杖は思い切って乙骨に質問をぶつけた。
虎「……こんな時になんだけど、どうしても気になるから今聞いても良いか?」
乙「どうしたの虎杖くん?」
乙骨は座ったまま、首を傾げる。何を聞かれるのか要領を得ない。虎杖は小さく深呼吸をした後に、視線を下へと向ける。
虎「乙骨先輩と憐ってどんな関係なんだ?……ただの友人って訳じゃないんだろ?」
疑問を提示しながらも何処か確信めいてる虎杖に、聞かれた本人は緩く目を細め、抱えている彼女に視線を向けた。
乙「……そうだね。君にはどう見える?」
質問を質問で返されると思っていなかった虎杖の瞬きが先程よりも多くなる。改めて二人の様子を観察した。同期にしては距離が近く、友人にしても以下同文。何より先の戦闘で互いに抱き締め合っていた事、何か足りていない様子だった過去の憐、そして彼女に向ける眼差しが慈愛に満ち溢れている乙骨……等など二人の関係性を示すヒントは随所点在していた。 そんな数々のヒントを元に導き出される答えはある意味理にかなった回答である。
虎「いや、だから……あれだろ?一般的に言うなら……恋人同士ってことだよな?」
確信していても、いざ口に出すと途端に自信が無くなり、声量は小さく歯切れが悪そうに答える。その様子に静かに溜息を着く伏黒、話の展開が読めず空気になりがちな脹相。各々の反応を見ながら、微笑を浮かべる乙骨は答えた。
乙「半分正解……」
虎「??」
乙骨の言葉の意味が分からず、首を傾げる虎杖。半分正解とはどういう意味なのか……
乙「僕達は〝将来を誓い合った〟仲だ」
彼の首元にかかっているチェーンにはシンプルな指輪が通されている。
虎「へぇー………………ん?!それってつまり……結婚するってこと?!?!」
予想の遥か上をいく関係性にツーテンポ反応が遅れた虎杖だが、いつも通り仏頂面の伏黒を見て更に口を開く。
虎「ていうか伏黒……お前知ってたのか!?」
伏「あぁ……俺は事前に乙骨先輩に聞いてる」
虎「マジ?!憐も伏黒もそんな事一言も……というか先輩達皆何も言ってなかったぞ!?」
伏「……神崎先輩の性格上、あまり表立って言っていないからな。っつーか言って欲しく無さそうだから、俺も聞かれない限り答えてない。他の先輩達も同様にな」
虎「なるほどな……」
真実が分かり妙にしっくりきた。きっとこの二人は一緒にいることが本来のあるべき姿なのだろう。……しかし、虎杖は胸騒ぎのようなものを感じていた。これから一波乱起きそうな予感が彼の脳裏に過ぎった。そしてその予感は当たることとなる……。
乙「ねぇ虎杖くん……こんな時になんだけど、僕もどうしても気になるから、今のうちに聞いても良い……?」
虎「ん?何?」
今までの和やかな雰囲気が、乙骨の発言により何故か徐々に重苦しくなっていくのを感じた。
乙「簡単な事だよ……正直に答えてね……。
────── 君と憐の関係性を教えて欲しい……」
虎「……えっ?」
想定した問いかけよりもずっと平和なものだ。思わず気が抜けてしまったが、乙骨は再度続けて言い放つ。
乙「僕はね、日本を旅立ったあの日からずっと……会えなくても、憐を想わない日なんて一日足りともなかった……。五条先生から任された大事な仕事だから、長期間離れてしまう事に文句はなかったけど、でも本当は一緒にいられる皆が羨ましかった……」
未だ意識が戻らない彼女を前にして、彼は何を語る……
乙「殆ど毎日、時間帯が合わなくても連絡を取り合っていた。だから君達1年生の事も知っている……憐が可愛い後輩が出来たって話してくれてたからね。その中でも虎杖くん……君だけは他の子達とは違うように見えた……」
虎「!?(……初めて戦った時と似たような感覚、息が詰まるような圧迫感……!!)」
乙「……僕とは違う何かで、憐と繋がっているように見えた……」
……襲われた時に感じた生命の危機を……再度感じるぐらいの緊張感。この人は自分の味方のはず……高専側の人間で、あの五条先生と同じ特級の肩書きを背負う頼もしい先輩……
さっきまで朗らかに笑っていた瞳はなく、今は剣呑を帯びている……じわじわと追い詰められている気がした。
乙「憐は君の事を名前で呼んでいる。親しげに、まるでそれが当たり前かのようにね……?
知ってる?彼女は基本異性の事は苗字で呼ぶんだよ……?付き合いの長い五条先生だって、僕から離れた後、仲良くなった狗巻くんだって、彼女は苗字で呼んでいるんだ。今迄名前で呼ばれているのは僕だけだった。些細なことだけど、それが特別な気がして、僕は嬉しかったんだ……それなのに、君の事を名前で呼び、触れ合える程の距離で話していた……」
虎杖悠仁は驚いていた。
虎(乙骨先輩って、憐の事になるとめちゃくちゃ喋る人なのか?!)
己と相対し、容赦なく刀を振るってきた人物と本当に同一人物なのか。いくら先程の会話で笑顔を見せてくれたとはいえ、饒舌に憐の事を語り出す乙骨の様子に、虎杖、そして脹相は静かに驚いていた。……物静かな仕事人のように淡々とこちらの命を刈り取ろうとした彼の様子とは大きく異なる。彼等の考え等関係なく更に乙骨は口を開く。
乙「それに憐は、君の事を必死に守ろうとしていた……文字通り、自分の命を賭けてまで……。僕との約束を忘れる程に……それ程までに君を気にかけているんだ……
ねぇ、虎杖くん……君は一体憐の何なの?どうやって彼女の奥深くまで入り込んだの?」
疑問形なのに何故か口調は冷たく感じた。それに今までで、一番鋭い視線が虎杖を射抜いた。彼は刀を抜いていないのに、何故か喉元に刃物を突きつけられているような感覚を受けていた。
虎(俺は今、この人から禍々しい殺気を向けられている……少しでも答えを間違えたら、絶対ヤバイ……)
虎杖の顔に冷たい汗が流れる。異様なまでのプレッシャーを虎杖だけではなく、この場にいる伏黒、脹相も静かに感じ取った。
脹「おい……悠仁に何かしたらお前を……」
乙「黙って……僕は今、虎杖くんに聞いているんだ」
脹「んぐぅ!?」
悪魔で自分の弟だと主張し、兄だからこそ弟を守ろうとする脹相は、虎杖が置かれている状況を打破するべく、乙骨の前に立ちはだかろうとするが、乙骨の鋭い眼光は虎杖から脹相を射抜く。その気迫は、脹相でさえも迂闊に動けない状況となった。
このような状況を以前にも経験したことがある伏黒は、乙骨の変わりように対して驚いていない。
……乙骨憂太は良い意味でも悪い意味でも、神崎憐が関わると、穏やかな性質が豹変する。今回のは良くない方向だ……寧ろ最悪と言っても過言では無い。
触らぬ神に祟りなし……彼等の様子を見守った。
脹相に対する言動を目の当たりにした虎杖は、ゴクッと唾を飲み込んだ。
虎(落ち着け俺!焦るな!これは誰も悪くない!……先輩はきっと俺と憐の仲を疑ってる。多分というか絶対先輩は勘違いしてるんだよな〜……)
乙骨から向けられている視線を受けながらも冷静に状況を把握する。この人に何を伝えれば良いのか、大体分かった。
虎(でも何で勘違いしてんだろ……憐と頻繁に連絡取り合ってたんだよな?なら本人から聞いてそうだけど………もしかして、憐から聞いてないのか……?!)
焦ったり、顰めっ面したり表情がコロコロ変わる虎杖に見向きもせず、乙骨は一点に視線を集中させながら、更に言葉を重ねる。
乙「先に言っておくね。出会ったばかりだけど、虎杖くんのことは信じているよ。……でもこの〝信頼〟は君の人柄や倫理観に対してのもの……君の中にある〝想い〟までは、正直に言うと分からない……」
虎「……」
下手に言葉を紡げない虎杖の顔に冷たい汗が流れ始める。目も逸らせず、瞬きも許されない状況だった。
乙「出来ればその〝想い〟も尊重してあげたいと思ってる……でも、〝想いの種類〟によっては難しいかもしれない……
────── 僕は憐の事になると、心が凄く狭くなるんだ。……自分が思っていた以上にね……」
静かに語る彼の瞳には揺らめく焔がうつっている。今もまだ目を覚まさない憐に視線を向けていた乙骨は、ようやくその視線の先を虎杖に合わせた。
乙「……もし君が憐に対して、他の人とは異なる〝特別な想い〟を持っているのなら、今すぐ捨てて欲しい……
君がどれだけ想っていても、叶わないものなのだから……」
虎「先輩……俺は……」
乙「酷な事を言ってるのは分かってる……でも憐だけは何があっても譲れない……。
諦めてくれないのなら、悪いけど実力行使に出させてもらう……」
虎「ストップ!!」
虎杖から視線を外し、刀に目を向けた瞬間、虎杖は大きな声を上げた。一斉に彼等の視線が虎杖に集中する。
虎「まず始めに!俺の事を話す前に先輩に聞きたい!!」
乙「!!」
虎「憐から俺の事をどんな風に聞いてる!?」
乙「えっと……」
伏(……今度は虎杖の番か)
脹「なるほどな……分かったぞ悠仁」
ここで口を挟めなかった脹相が腕を組みながら呟く。
脹「この男……憐から何も聞かされていないようだな」
乙「えっ?どういうこと?」
虎「脹相良いから!俺が言うから黙ってろよ」
脹「なっ!悠仁……!」
これ以上ややこしくなることを恐れた虎杖は、脹相を口で制する。そして視線で乙骨に回答を促した。
乙「僕が聞いてるのは、今年の春に入ってきた新入生で、頼もしい後輩。伏黒くんと同期で今まで呪術とは無縁の世界で非術師として生きてきたけど、ある日宿儺の指を飲み込み、宿儺が受肉。そこから呪術師の世界へ飛び込んだと聞いているよ」
虎「……それだけ??」
乙「??……それだけだよ」
乙骨の答えに、虎杖は一気に項垂れた。虎杖の態度に理由が分からない乙骨は首を傾げる。
虎「はぁ〜……なるほどな。この様子じゃコイツ絶対話してないな。だから先輩は勘違いしたんだな」
乙「勘違いって??」
虎杖は憐に視線を向けながら自分の髪の毛を掻きむしって答える。
虎「ごめん先輩……俺、先輩と憐が恋人同士の関係だなんて知らなかったんだ。戦ってる時にもしかして……って思ったくらいだよ。確かに先輩の立場からしたら、恋人が自分じゃない他の男を気にかけてるように見えるって事だもんな。怪訝に思うのも分かるけど、でも聞いてくれ……俺と憐は、先輩が疑うような関係じゃない!」
虎杖は懸命に訴えかける。二人の仲を引き裂きたい訳じゃない。虎杖は憐と乙骨を交互に見ながら口を開く。
虎「確かに俺と憐はただの先輩、後輩の関係じゃない……乙骨先輩の〝想い〟と似て非なる〝想い〟を俺も憐に対して抱えてる……。アイツには幸せになって欲しい……それは多分アイツも俺に対して想ってくれてるとは思う……。だって……俺達、〝家族〟なんだから……」
乙「家族!?どういうこと……??」
想定した答えよりも斜め上の回答で、混乱する乙骨に対して、虎杖は照れくさそうに頬をかきながら答える。
虎「……俺達、遠縁だけど血の繋がりがあるんだ……親戚ってことかな。俺、物心ついた時から両親は居なくて、爺ちゃんと暮らしてたんだけど、ガキの頃から凛姉と憐が来てくれてたんだよ」
乙「えっ?!……」
乙骨の表情が段々と青ざめていくのを見て、脹相はフンッと鼻を鳴らし、強気な態度で口を挟んだ。
脹「お前達人間は、俺達のように互いに感知できる訳じゃないから不便だな。まぁ、俺はすぐに悠仁と憐の関係性に気づいたが……」
虎「嘘つけ!!お前だって俺が話さなかったら気づいてなかっただろ!何でそこまで威張れるんだよ〜……
……まぁ、そういうことなんだ!だから先輩が勘違いするのも無理はないよ。ごめん先輩」
乙「いやいや!!僕の方こそごめんなさい!!まさか虎杖くんが、憐の身内だったなんて……」
剣呑とした雰囲気は無くなり、後に残るは大きな罪悪感。いまだ意識を取り戻さない憐を抱えているため、彼は平謝りしか出来ないが、何も抱えていなければ、平身低頭の姿勢で虎杖に向き合っていた。
何度も謝罪の言葉を口にし、頭を下げる乙骨の姿を見て、虎杖は「分かってくれたらいいよ」と、ようやく笑みを浮かべたのだった。
虎「でもさ、俺もまさか先輩が知らないなんて思わなかったよ。てっきり憐から聞いてるとばかり思ってたから……」
虎杖が口にした疑問に対して、乙骨は眉を下げて申し訳なさそうに答える。
乙「うっ……そ、そういえば今年の4月から入学した子の中に、昔よく遊んだ親戚の子がいるって憐が言ってたんだけど、名前も容姿も性別も聞いてなかったから、どの子なのか分からなくてね……」
乙「でも今考えてみれば、君か釘崎さんのうちどちらかなんだし、憐からの情報を先に虎杖くんに聞けば、虎杖くんを脅さなくても良かったんだ……」
虎「そ、そう……だったかも……(やっぱあれ脅してたんだ……)」
伏(……一理あるな)
乙「なのに、君と憐の仲睦まじい様子を見てたら、どうしても許せなくて……。上層部の人達を納得させる為とはいえ、芝居を打ったのは予定通りだったけど、さっきのは完全に僕の私欲を満たす為の無意味な追求だった。それで虎杖くんに不快な思いをさせちゃったよね。改めて謝罪させて欲しい。ごめんね……虎杖くん」
虎「そこまで落ち込まんでも……俺だって憐から乙骨先輩の事、何も聞いてなかったし……まぁ、しょうがないよ。切り替えてこうぜ……」
乙「虎杖くん……!」
ようやく張り詰めた空気に終わりが来たと感じた伏黒は人知れず安堵の息を漏らす。和やかに終わりを迎えた空気に納得出来ず、物申す者が一人……
脹「安心しろ、悠仁……お前に手を出す者は誰であれ、この兄が必ず葬り去ってやる」
虎「…………うん、ありがとうな脹相」
面倒になった兄(?)の対応もそこそこに、彼等のわだかまりは、本当の意味でようやく解けた。虎杖一行は今度こそ高専に戻る事にした。
────── 憐はまだ意識を取り戻していない
