死滅回游
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
……一言で言うと圧巻だった。氷の壁はとかれ、 前方が綺麗に見渡せる。いまだリカに抑え込められているが、目の前で行われていた戦いをある意味最前線で見ることが出来た。圧倒的な実力差があるといっていた相手に対して、果敢に挑む彼女の姿が、柄にもなくかっこよく見えた。命をかけた大勝負、場違いだと分かっていても思わずにはいられない。いくら相手が格上とは言え、刀身が折れた刀は往来通りには切れない。それに二人は知り合い同士、和服金髪男が言う事が正しければ、ただの同期という関係性ではない。……万が一限りない低い確率だとしても勝機はあった。虎杖はそう考えて、勝負を見届けていた。……しかし、そんな甘い考えは捨て去るべきだったと痛感する。
虎「っ……憐ーーー!!」
虎杖の叫びが辺り一帯に響き渡る。彼の瞳に写ったのは、倒れ込む憐の姿だった……──────
────────────────────────
キンッ!キンッ!
ぶつかり合う金属同士の独特の音が荒野と化した東京の街に響き渡る。憐は驚いていた……
貴(思ったよりも戦えてる……!戦いながら説得出来れば尚良い……)
自分の振るった穂先は、彼の持つ刀身に当たっている。そもそも乙骨の持っている刀は、先の虎杖の戦いで刀身が折れた刀。実力差がある相手だが、使い慣れていない刀身の長さで戦うのは、相手の距離感を掴むのに苦労するもの。もしくはやりにくさを感じてもおかしくはない。
貴(今私がうちあえているのは、憂太があの刀の長さに体が追いついていないから。彼が間合いに慣れてしまえば、ただでさえ実力差はかけ離れてるのに、もう勝機はない……何としてもここで決めなければ!)
キンッ!
何度目かの刀身の競り合いが起こる。一般的に得物同士の戦いは得物の長さが勝る方に分がある。今回で言えば槍の方が長い以上憐の方が有利だ。加えて乙骨の刀は刀身が折れて、通常よりも短い長さとなっている。それでも憐と互角に戦えているのは、彼の方が刀といった得物を扱う戦闘に長けているから。更に階級に相応しい実力の持ち主……一度は特級の名は地に落ち、私よりも階級が低かったのにも関わらず、たった3ヶ月で特級に返り咲いた逸材、現代の異能……今は死刑執行人なんて彼の人柄に似合わない責務を課せられているけれど、本当は温和で友達が大好きな人に過ぎない。
────── 私にとってこの人は……この世でただ一人、最愛の人に他ならない……
────── だからこそ話を聞いて欲しい……
────── 憂太とだけは、戦いたくない……
貴「憂太お願い!話を聞いて……!」
乙「……そんな余裕あるの?」
容赦なく振るわれる刃物に必死に食らいつく。だから余裕なんてある訳ない……!
貴「余裕なんかないっ!でも聞いてほしいから!!悠仁を殺す事をやめて……!そんな事したって偽夏油さんを止められる訳じゃない!!」
乙「……」
貴「第一、憂太が悠仁を殺そうとしてるのは上層部の命令だからでしょ?!あんな影に隠れてしか何も出来ない屑達の言いなりになる必要なんかないよ!!」
私の声に耳を傾けてよ憂太……憂太はあんな血も涙もない奴らに従うべき人間じゃない!!
貴「アイツらは、自分達の保身の事しか考えてない!!憂太の時もそうだったっ!!憂太を虐めていた奴らを里香が助けただけなのに、呪術の存在を公にしたくないからって、罪のない憂太を死刑にしようとして、憂太と里香を纏めて葬り去ろうとした連中なんだよ!?!?アイツらに従う理由なんて一つもないじゃないっ!!」
自分の中のドロドロした部分が顔を見せる。……こんな自分を彼に知られたくなかった。できるだけ綺麗なままの私を見せていたかったけど、そうも言ってられない状況だ。
対して乙骨は彼女の様子に悲痛に顔を歪ませる。彼女が抱えていたものが伝わってくる……もう去年の事なのに、自分の事のように怒り、悲しんでくれていた。……その優しさの中に抱えさせてしまった罪悪感。彼女が呪術の上層部の事を嫌っていることは知っていた。しかし、自分の事を含めてここまで憎んでいるとは想定外だった。
乙(……僕のせいで、彼女は余計上層部の事を憎んでいる。やっぱり憐は優しい……あぁ、こんな苦しい戦い、 早く終わらせないと……)
元々長引かせるつもりはなかった。早く憐を気絶させないと、この後のショッキングな出来事を見たらもっと悲しませてしまう……しかし、気絶させる前に彼女に言わなければならない事がある。
打ち合っていた中、お互い距離をとる。憐は再度槍を構えようとしたが、何か異変に気づき構えを止めた。
貴(??……何??憂太の雰囲気が急に変わった……)
対峙している乙骨の雰囲気が重苦しいものに変化しているのを感じ取った。何故なのか訳を問おうとするも、先に乙骨が口を開いた。
乙「憐……君は僕が今回の事を上層部の命令で嫌々やってると思ってる……?」
貴「当たり前でしょう?!じゃなきゃ優しい憂太がこんな事するはずない……!」
乙骨は構えずに淡々と言葉を紡ぐ。何処か温度差を感じつつも憐は真剣に答えた。
乙「……違うよ。僕は無理やり命令されてる訳じゃない……僕の意思で引き受けたんだ」
貴「っ!!……嘘っ……!!」
乙「嘘じゃない……紛れもない真実だよ」
乙骨の口から出る衝撃的な事実に、ついに言葉を失う憐。構えていた槍を下ろしてしまう。戦意喪失しそうな彼女に向かって、乙骨は刀を構えた。
乙「駄目だよ憐。まだ戦いは終わっていない……さぁ、構えて……!!」
言葉と同時に走り出した乙骨の刀を、慌てて自身の槍で受け止める憐。
キンッ!
貴「っ!!」
……先程よりも苦しそうな憐の表情を見て、今すぐにでも彼女に寄り添いたい気持ちを敢えて抑えて向き直る。
乙「憐は僕に色々言いたい事があると思うけど、僕だって憐に色々言いたい事があるよ……」
貴「えっ??」
乙「この戦いの原因は、虎杖くんの生死をかけたもの。〝君が勝てば僕は虎杖くんの死刑執行をやめる。逆に僕が勝てば、虎杖くんを殺す代わりに君を殺す〟という条件を君が提示し、僕が承諾して起きた戦いだ……でもね、僕はこの条件を承諾した訳じゃない」
貴「えっ!?」
乙「〝君の望む方法で戦おう〟……あくまで僕が承諾したのは〝戦い〟だけ……条件は呑んでない」
貴「っ?!な、何それ……」
憐は驚愕して自身の武器を落としそうになった。
貴「じゃあ私は一体、何のために……向けたくない矛先を憂太に向けてたのよっ!!」
普段乙骨相手滅多に怒らない憐が、激しい怒りを彼にぶつけている。怒りというよりは訳が分からなくてパニックになっている様子も伺える。しかし、乙骨は取り乱さず自身の考えを述べていく。
乙「ごめんね……こうでもしないと分かってくれないと思ったから……。
それに僕がこの条件を呑むメリットがない。だって憐の提示した条件を無視して、彼を殺せばいい話だから。君の要求を突っ撥ねて彼を殺すのに訳ないって事……僕の実力を一番良く知ってる憐なら、分かるよね……?」
貴「っ!!……」
分かっていた……説得力しかない正論、かけ離れた実力差……彼女自身無謀な戦いだと分かっていた。
それでも……彼女は諦めない。例えどんなに実力差があったとしても……、恋人と刃を交えることになったとしても……己の判断は正しいと彼女自身信じていた。
貴「例えそうだとしても……私は諦めない!!憂太も悠仁も喪いたくないから!!」
心が折れそうになっていても、自分で持ち直す。それくらいじゃなきゃ自分の守りたいものは守れないから。強気に言い返した憐に対して、乙骨は息を吐いた。そしてキッと目付きを鋭くさせて、刀を構える。
乙「僕もだよ……憐だけは絶対に喪いたくない……例え何があろうとも、君だけはこの手で護ると決めた……それなのに……っ!!」
抑えられていた呪力が乙骨の感情に比例して更に大きくなる。憐がその変化に驚く間も無く、彼は距離を詰め寄り刀を振るった。
キンッ!
憐は振るわれた刀を自身の槍で受け止める。先刻から何度も打ち合っているが、今迄とは違い、大きな重力を感じた。
貴(さっきよりも重いっ!?……やっぱり憂太、私だから手を抜いてたのねっ……)
受け止めている手がカタカタと震えている。気を抜いたら持ってかれそうなくらい重いのだ。
乙「なのに君はっ……!!何の躊躇いもなく僕との交渉に、自分の命を差し出した……っ!!」
貴「えっ?!そ、それは…………」
刀の重みだけでなく、乙骨の発した〝言葉の重み〟を感じ取り、憐は後ろに引きそうになる。苦悶を浮かべても彼は引き下がらなかった。……より一層重心をかけていく。
乙「どうして……?どうして君は、躊躇なく自分の命を交渉材料として出したの……?」
キリキリと音を立てながら、刀で押されてしまう。このままでは押し返される……!?憐も負けじと槍を持つ手に力を加え、乙骨の質問に答えていく。
貴「……私の命は、憂太や悠仁程価値のある物じゃない……分かってる!釣り合いが取れてないことも……憂太相手に私単身で勝負を挑むなんて、無意味で無謀なだってことも分かってる……。だけど仮に悠仁の処刑を憂太が諦めてくれたとして、その結果にきっと上層部は納得しない……憂太の責任追及は免れない……!だから私なりに考えた結果、二人を喪わずに済む為にはもうこれしかないの!!」
神崎憐が、この世で最も大切にしている存在は乙骨憂太で異論は無い。本人も誰かに問われた際はそう回答する。
貴「あのね憂太……私、憂太が大好き……ううん、愛してるよ……」
乙「っ!!……」
貴「憂太が大事な任務で海外に行った約半年間……離れていたけど一日足りとも貴方を想わなかった日はなかった……ずっと逢いたかったっ……!!でもまさかこんな形での再会になるなんて思わなかったけどね……」
乙「憐っ……」
憐の切なる想いに、刀を持つ乙骨の手は少し緩んだ。その隙を見逃さなかった憐は、力いっぱい押し返す。
押し返された刀を身に受けて、一旦打ち合いは無くなり、再び距離をとった二人。
貴「例えどんな事をしてでも、憂太だけは絶対に死なせない……憂太の身に危険が及ぶならそれこそ私の全てを使ってでも助けるよ……。
でもね、私には他にも大切な人達がいる。真希や狗巻くん、パンダくん……皆大切な友達。今はそこに新しい子達が入った……野薔薇ちゃん、伏黒くん、そして悠仁だよ……。悠仁は私の家族でもある……家族を見捨てることは、私には出来ないっ……!」
乙(〝家族〟……他のみんなとは違い、虎杖くんだけは〝家族〟と表している。憐は二人姉妹、凛先生が姉、憐は妹……他に兄弟や同じ歳くらいの親戚がいるなんて聞いた事がない……)
乙骨の疑問も最もである……何せ彼が与えられたのは虎杖悠仁の一般的な情報にすぎない。今年入ってきた新入生。元々は非術師だったが、宿儺の指を飲み込んだことで宿儺が受肉、半分呪物のような物になったせいで呪力が宿り、呪術師になったと聞いている。
以前から彼らに繋がりなどないはず……一般的な先輩、後輩の関係にすぎないと思っていた……だけど、何故か一般的な友人関係を超えた間柄にも見える……
乙(だけどその追求よりも今は〝これ〟が最優先……)
彼女の言葉に耳を傾けつつも、彼は本題に入る。
乙「ありがとう憐……僕も日本を離れ、遠く離れた場所にいても、君を想わなかった日なんて一度もなかった……。一緒に行動してたミゲルさんからお前の口から憐という名を聞かない日はないって呆れられるくらい、僕はいつも憐の事を考えていた……。
憐、僕も愛している……本当はこんな苦しい戦いもしたくない……でも、君に分かって貰う為には仕方がないんだ……」
貴「分かって貰うって何を……」
心を痛めているのは何も憐だけではない……彼も同じなのだ……
────── 向けたくもない刃を大切な恋人に向け……
────── 責められるような瞳を、悲痛な叫びを向けられて……
……平気な訳がない。内心大きなショックを受けたのは間違いない。しかし、今後の作戦の為にも心を鬼にして向かい合う必要があった。
乙「去年の冬に里香ちゃんを解放した後、僕達は想いを伝え合って結ばれた……その時にある〝誓い〟をたてたよね……」
憐は大きく目を見開いた……。それを見て乙骨は刀を持つ手を降ろし、そしてゆっくりと憐の方へ歩いていく。
乙「里香ちゃんが僕らに遺してくれたこの婚約指輪、僕と憐は互いに持っている。僕達はこの指輪と里香ちゃんに誓ったはずだ……」
*
『幼い頃からずっとこの指輪だけは毎日つけてた。親友を忘れないように……。里香が私に遺してくれた最期の宝物だから。だからこの指輪に誓うよ。もう憂太の傍を離れたりしない……貴方だけを愛し続ける。死がふたりをわかつまで……』
『僕もこの指輪に……神様ではなく里香ちゃんに誓うよ……憐の傍を離れたりしない。この先一生を共にし、愛するのは君だけ。少なくとも、僕が生きている間は、君を絶対に死なせないし守り抜く。君は、死がふたりをわかつまでと言ったけれど、『死』のその先まで一緒だよ。例え生まれ変わったとしても、僕は必ず君を見つけ出す……、そしてずっと……、ずっと……一緒だからね。それが僕の覚悟だよ……。だから……君の想いも覚悟も受け入れるから、僕の想いも覚悟も受け止めて欲しい……』
『……他人を守る為に自分の命を犠牲にするのはやめて。もう前みたいなことはしないで。私の隣にいるのなら、『生きている』事が大前提。呪術師だから難しいかもしれないけれど、貴方が傷つく事で悲しむ人がいることを忘れないで……』
『憐ちゃんを悲しませたくないから、自分の身体も大切にする。保証はできないけど、必ず生きて君の元へ帰るよ。それに、僕も君にお願いがあるんだ。君も自分の事を大切にして欲しい。前の時みたいに、僕や他人の為に自分の身体がズタボロになるまで、戦うのはやめて欲しい……。正直本当に生きた心地がしなかったんだ……。今は呪術師としての階級が4級まで下がった僕が言えることじゃないんだろうけど、またすぐ強くなるから……だから、無茶だけはしないでね』
*
両者に記憶の想起が行われた。去年の冬、かつての恩師と親交のあった呪詛師が起こした大規模の呪術テロ。当時1年生だった乙骨達は苦戦しながらも最終的に乗り越え、大好きな幼馴染と本当の離別を経験した……
それぞれに遺された指輪を前に誓いをたてた。……内容は死して尚終わることのない
乙「言ったよね、自分の体を大切にして欲しいって……それなのに君は自分の命を犠牲にしようとした……」
貴「!!……突然憂太が怒り出した理由って……」
乙「憐が、何の躊躇いもなく自分の命を交渉に使ったからだよ!!」
普段は穏やかで滅多に怒らない乙骨が、顔を顰めて声を荒らげる様子を見て、憐はようやく己の過ちに気がつく。
……無意識とはいえ、私は凄く最低なことをしていた……
貴「ごめんなさい憂太……憂太は私を凄く大切にしてくれていたのに、その私が自分を蔑ろにしたばかりに憂太を傷つけてしまった……。分かってた筈なのに……」
彼の気持ちを慮り、謝罪の言葉を告げた憐
。彼女はかつての自分を思い出した……仲間達を助ける為、自分の身を犠牲にして夏油を退けた乙骨の事を……その行為を後に憐は咎めている。
貴(……あの時の事をまだよく覚えている。とても深く悲しんだ事……もう二度としたくない思いを、寄りにもよって憂太にさせてしまった)
後悔を募らせる憐の前に歩み寄った乙骨は、ゆっくりと彼女を抱き締めた。
貴「っ!!」
乙「良いんだ……分かってくれれば。僕もあの時に憐を悲しませてしまったから、おあいこだよ」
貴「っ……憂太っ!!」
ずっと張り詰めていた糸が切れるように、憐は乙骨の体を強く抱き締めた。涙を零し彼女はしがみつくように、彼の背中に腕を回し、胸の中に顔を埋める。数日の間に劇的に変化してしまった東京の街、現代最強の呪術師五条悟が獄門疆に封印され、呪術界のパワーバランスが大きく変わろうとしている今、憐は虎杖、脹相と行動を共にし、不安に思う気持ちを必死に抑え、ひたむきに虎杖を守るべく動いていた。
また新たなる刺客の登場、死刑執行人としては現れたのは己が愛してやまない想い人……乙骨憂太だった。ようやく逢えた恋人と刃を交わらす事、慕っていた人の死、家族同然の後輩が呪いの王に体を乗っ取られ、そのせいで大量の人を虐殺してしまった事等、彼女達を巡る悲しい出来事によって彼女の精神はすり減っていった。
それでも尚乙骨と敵対する事を選んだ理由は、いつかきっとより良い未来に向かえると信じて、己の信念に従い行動していた。今はまだ戦いは終わってはいないけど、今の自分達なら建設的な意見を出し合える……
貴(今の憂太なら、きっと私の話を聞いてくれる……それも嬉しいけど、やっと逢えたね……憂太っ……)
使命を抱きながらも、心の奥底で最愛の人との再会を望んでいた憐は、密かに微笑んだ。改めてこれからどうするべきか、乙骨に相談しようとした瞬間……
────── トンッ!
────── 首の後ろ部分に、急に訪れる鈍い痛み……遠のく意識……
貴「……えっ……?」
自分の身に何が起きたのか分からず、彼の方へと見上げた。乙骨は悲しそうな眼差しで静かに口を開く。
乙「ごめんよ憐……でもこうするしかないんだ……」
貴「ゆ……うた……?」
乙「これ以上君を悲しませたくないから……だから暫く眠ってて欲しい。本当にごめんね……おやすみ……」
抜けゆく力、立っていられず足がカクンッと曲がるが抱き締めていた乙骨が憐の身体を横抱きにして持ち上げた。彼の謝罪の言葉を耳に入れながら、彼女は保っていた僅かな意識を暗い闇へと沈めた。
