〈long〉クヴァールの瞳
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
左ハンドルの黒塗りの外車。
それだけでこの車がどれだけ高級なものなのか車に疎いなな子でもわかった。
もちろん座席に腰を下ろした時の柔らかく身体を包みこむ感触も人生で座った事がない事から覚ったのだが。
かちこちに緊張しているなな子を横目にサイトーは車を発進させた。
「そうだな・・・適当に高速を流すが・・・行きたい所はあるか?」
意義などありませんと言わんばかりに首を横に振り、お願いしますとだけ言うので精一杯だった。
どこを見ればいいのかわからないほど緊張していたなな子はその緊張を誤魔化すように外を見た。
夕暮れから夜に切り替わる時間の高速道路は幻想的だった。
綺麗、と思わず声に出していた。
サイトーに耳にも聞こえたようでそっとなな子に視線を送った。
何故今サイトーは彼女とデートのような事をしているのか、自分自身でもわかっていなかった。
決してハッキングをされた訳でも、ウィルスに侵されてる訳でもない。
はっきりとした自分の意思だ。
しかし今追いかけてる事件の関係者の娘で、しかもなな子本人も事件に関わってるかもしれない。
サイトー自身、理解している。
理解はしているが、どうにもこの純粋な眼差しをした女が事件に関わっているとは思えなかった。
関わっていたとしても、決して悪意のある関わり方ではないだろうと言うのがサイトーの考えだ。
それを証明する為にも今こうして会っている。
恐らく上司である素子にはもうバレている気はしている。
「あの、サイトーさん」
先程までの硬かった声と違い、落ち着きを取り戻したなな子の声。
耳障りな濁りなどはなく、クリアですっきりとした声がサイトーの耳に届く。
窓の外に向けていたなな子の視線が運転席へと向く。
綺麗で澄んだ瞳がサイトーの瞳と絡んだ。
「サイトーさんはお仕事は何をしてらっしゃるんですか?」
「そうだな・・・警察関係とでも言っておこう」
「え!そうなんですか!・・・よかったぁ・・・」
「何が良かったんだ?」
甘い言葉でも出てきそうな空気だったが、なな子の言葉は全く予想していない内容でサイトーは不覚にもきょとんとしてしまった。
「失礼だとはわかってるんですけど・・・その、雰囲気が・・・そちらのお仕事なのかなーって思ってしまって」
「よく間違えられるから気にするな」
とサイトーは軽く笑った。
そして考える。
警察関係者と聞いて、なな子の様子は焦るようでもなくそれどころか先程より安心してるようにも見えた。
人は少しでも疚しい心があるとどんな形であれ、反応はするものだ。
しかしなな子は緊張がほぐれた様子だった。
それから他愛もない話をしながらサイトーは首都高を走らせた。
+ + +
暫く車を走らせていたサイトーだったが、あっという間に予約の時間が近づきなな子の予約していた上品なイタリアンの店へと車を停めた。
サイトーも聞いた事がある有名店だった。
案内されるまま席に着き、二人は食事を楽しんでいた。
食後のエスプレッソとドルチェを待っている間、ちょっと失礼しますと一言残しなな子が化粧を直しに席を立った。
待っている間、サイトーは煙草に火を点けながら考えていた。
何故ここまで惹かれるのか。
別に女に困ってる訳じゃない。
にも関わらず、彼女のあの瞳が電脳に焼き付いている。
慣れない感覚に戸惑いつつ、ため息とともに煙を吐いた。
この感情は決してウィルスや電脳のバグではない事ぐらいサイトーにはわかっていた。
煙草の火を消そうと灰皿に手を伸ばそうとした時、店内に絹を裂くような悲鳴が響いた。
周囲を見渡すと周りの客は何が起きたのかわからずざわついている。
サイトーは慌てて席を立つと叫び声のした方へと駆けつける。
そこには先程まで見慣れた後姿があった。
なな子だ。
腰が抜けたのか床にへたり込んでいた。
「大丈夫か!」
サイトーが駆けつけ、なな子に声をかけながら背中を支えるように寄り添う。
なな子は全身が引きつるように痙攣し、ただ目の前の光景を目を見開きながら見つめていた。
口はあまりの恐怖にぱくぱくと動いてはいるが、声になっていない。
それもそうだろう。
目の前には女性の死体があったのだから。