〈long〉クヴァールの瞳
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「《サイトー、聞こえるか》」
「《あぁ》」
「《対象の動きはどうだ》」
「《店を転々としてるが、特定の人物と接触や不審な動きはしていないようだ》」
「《そうか・・・。そのまま尾行を頼む。何かあれば対象に接触、抵抗するようなら拘束しても構わない》」
「《了解》」
朝から張っていたチンピラ風の男から目を離さず、少佐との通信を簡単に終えた。
日も暮れ、少しだけ薄暗い道。
ぽつぽつと人は歩いてはいるが、尾行するには目立つ為対象から距離をとっていた。
暫く道を進むと対象の男の動きが止まった。
「(感ずかれたか・・・?それとも)」
思いのほか対象と距離があり、何かを喋っているようだが音を拾うことができない。
バレないようにと対象へと近づくにつれ状況が見えてきた。
女だ。
仕事帰りのようなOL風の女が対象に絡まれていた。
「(なるほどな・・・)」
音も拾える距離になり、そっと会話を聞く。
面倒くさい事になりそうだと思った。
本来ならば情報が手に入るまでは極力接触はしたくはない。
しかし絡まれている女の様子が気になる。
一般人が巻き込まれる所を眺めているだけと言うのも気分が悪い。
サイトーは仕方ない、と思い対象に近づいた。
「おい」
「んだよ、今いいとこなんですけどォ?」
ちらりと女の方へ目をやると今にも倒れてしまいそうなくらい青い顔をしていた。
どう見ても知り合いでもない空気にやれやれとため息をつきそうになる。
「そうか、それは悪い事をしたな」
女の腕を掴んでいた男の腕を捕らえた。
ぐっ、と力を込め捻りあげると一瞬で男の腕が恐怖で震えた。
「どうする?このまま自慢の"
「ひっ・・・!」
男は女から手を離し、これ以上は勘弁だと言わんばかりに後ろに後ずさる。
サイトーがそっと力を抜くと、脱兎の如く男は逃げ出した。
状況の変化に急ぎでパズに通信を飛ばす。
「《パズ、近くにいるか》」
「《ああ》」
「《対象に顔がバレた。代わりに尾行を頼む》」
「《了解》」
短い通信をパズに飛ばす。
サイトーが一息つき、女の方へと意識を向けた。
先程の青い顔が更に悪化し、もはや白い。
様子が明らかにおかしい女にどうしたものかと思った。
「おい、大丈夫か・・・?」
「あっ・・・だいじょ・・・ぅ」
大丈夫だと言おうとしたのだろう、しかしそれは最後まで言えずに倒れた。
いや、倒れそうになったのを慌てて受け止めた。
ふわりと女の香りがサイトーの鼻を擽る。
+ + +
病院へと彼女を運びこんだが意識はまだ戻っていない。
どうしたものかと外に出て煙草を口に咥えた。
「《サイトー、パズから話は聞いた。何があった?》」
「《対象が一般人に手を出そうとしてたから止めに入っただけだ》」
「《一般人はどうした。保護したのか?》」
「《怪我はしてないが、目の前で倒れられてな・・・今は病院だ》」
煙草に火をつけ、ふぅと煙を吐く。
「《一般人の情報は》」
上司の言葉に先程簡単に調べた情報を回線に乗せた。
「《柘植なな子、25歳。篠原工務店のオペレーターで現時点では不審な点は見つからなかった。普通のOLだ》」
「《その普通のOLが何故対象と接触を・・・?》」
「《偶々巻き込まれただけだろうな。特に繋がりがあるようには感じられなかった。》」
「《・・・・・・わかった。念の為本人から話を聞いてから報告を》」
「《了解》」
通信を切ると、女が眠っているであろう病室へ向かった。
まだ寝てるかもしれないが、最低限のマナーだろうと思いドアを軽くノックし戸を開けた。
そこにはまだ少し顔色が悪いが、目を覚まし驚いた表情をした女の姿があった。
「目が覚めたみたいだな」
「は、はい・・・あの、助けていただいてありがとうございます」
「気にするな。それより、気分はどうだ?突然目の前で倒れたからな、慌てて病院まで運んだが・・・」
「あぁ、はい、もう大丈夫です。時々、電脳が痛む事はあったんですけど・・・気を失う程酷いのは今回が初めてで・・・ご迷惑おかけしてしまって申し訳ありません・・・」
相手は一般女性。
義眼の男が話かければ恐れるだろうと思い、サイトーは優しく声をかけた。
声色にほっとしたのか、女はゆっくりとだが話はじめる。
しかし会話の中で気になる事があった。
「電脳が、痛む?」
サイトー自身も上司のような全身義体化こそしてないが、電脳化はしている。
しているが、電脳が痛むような経験はゴーストラインを越えそうになる時のチリチリとした焼けるような痛み位だ。
どこから見ても一般人の女が電脳に潜る事などない筈。
もう少し詳しく聞く必要があると感じたサイトーは怖がらせないように近くにあった丸椅子に腰掛け目線を女に合わせた。
「えぇ。電脳が変な感じになったのは中学生の頃だったんですけど・・・医者からは特に異常は見当たらないと言われまして。でもここ最近になって、何故か電脳がちりちりと言うか・・・ガンガン痛むと言うのか・・・」
そこまで話すと女は突然ハッとした顔になり、目をそらした。
「い、え・・・でも、ほらあの、別に死ぬ訳でもなさそうですし」
女はごまかすように話題をそらそうとした。
・・・今の会話の中で何かおかしな点があっただろうか。
女の言葉に耳を傾けつつ、電脳回線を繋げた。
「《トグサ、ちょっといいか》」
「《あぁ、どうした?》」
「《お前もほとんど生身で電脳化してるだろうから参考までに聞きたい。電脳が痛む事ってあるか?》」
「《んー・・・前に脳に潜入する時にゴーストラインに近寄った時くらいだな・・・》」
「《そうそう、少佐に怒鳴られたアレな!》」
「《あ、おい!旦那ぁ!》」
回線にバトーまでもが混ざってきた。
確かにオープンで通信はしていたが、突然入ってくるとは思ってなかった。
二人がワイワイと賑わっていたが今はそれどころではない。
サイトーはそっと回線を切った。
電脳回線で会話をしてるとは知らない女は無言になってしまった空気に耐え切れなかったようで何やらおかしな動きをしていた。
探している、何を?
そして差し出された白い名刺。
「あの、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。柘植なな子と申します」
「ああ・・・すまんな、仕事柄名刺なんてものはなくてな・・・サイトーだ」
名刺をそっと受け取る。
彼女の名前も、年齢も、職場も、住所も、何もかも知っている。
それでも彼女に怪しまれないように、怖がらせないように何も知らないふりをする。
―――俺は今、自然な表情が出来ているだろうか。