この恋を掘り返すのは何回目
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静さんと出会った日から二ヶ月が経過した。あれから別に気分が優れなくとも、一週間に一回は自然と放課後には屋上に足が運ばれていったし、静さんも当たり前かのように屋上に居座っていた。それから何も言わずとも金曜日に集まるということが習慣になって、今は夏休み前の最後の金曜日である。
「しーずーかーさんっ」
先輩と呼ぶには違和感で、さん付けで呼ぶようになった。先輩というほどの先輩感もないし、学校という場所で会っているだけで別に屋上以外での関わりはない。近所の公園でよく見かけるおじちゃんみたいだな、と言ったときには静さんに無言の圧をかけられた記憶がある。ちなみに、彼の苗字は一度忘れたが、瞳のお陰で名前を忘れることはなかったので、下の名前で呼んでいるのは秘密である。
「暑いですねぇ…」
いつものように静さんの隣に腰掛け、持ってきた下敷きで自分を仰ぐ。いつもは暑さなんて感じていないとでも言うような涼し気な表情を浮かべている彼も、夏本番には耐えられないのかじわりと汗をかいている。自分から静さんに風向きを変えると、彼は涼しそうに目を少し細めた。
その様子が撫でられているカピバラのようで、可愛くて少し笑ってしまう。
「…笑ってるし」
「いや…ちょっと、可愛くて………って、痛っ」
ツボにハマって、くく…っと肩を揺らす私の額を急に指で弾いたかと思うと、ぐっと肩が重くなった。こんなことをするなんて聞いていない。
「………し、しずか、さ」
「…………」
話しかけても特に何も言わない彼の顔が見たいが、少し頬が熱い私の顔を見られたくなくって葛藤する。頬が赤いのは暑いからだと言えばいいものだが、彼の瞳とかち合ってしまったら、それが嘘だときっとバレてしまう。それに、どうせ彼はきっといつもの表情をしているのだろう。
「重いですよ」
ドキドキと音を立てる心臓を誤魔化すために、どこかで芽生えてしまったこの気持ちに嘘を付くために、今日も動揺していないと主張するような可愛げのない言葉をつらつらと並べてみる。
「…夏休み入りますけど、静さん、進路どうするんですか?」
特にこれと言った返事もなく、ただただ日が沈んていくのを眺めていくだけである。あれほどグラウンドを見つめていたのに、今ではすっかりそれ要らずだ。
「落としますよ?」
脅し文句を言ったって彼には効きやしない。どうせ落とさないのだとバレているのが、どこか腹立たしい。けれど、それほど私のことを理解してくれているのだと思って、ほんの少し嬉しかった。
「………静さん」
問いかけても返事はない。もしかしたら寝ているのかもしれない。それなら好都合だと思って、夏休み前最後の逢瀬に相応しい言葉をかけてみる。
「夏休み、入っちゃいますよ」
聞いてようが聞いていまいが別にいい。これはただの賭けなのだ。私たちは屋上で毎週会う以上の関係性ではない。友達以下で、部活とか委員会の先輩後輩以下で、言い表すなら知人だ。一方的にこちら側が弱点を知られている知人である。
だから、勿論連絡先なんてものは持っていない。
そもそも彼が携帯を握っている姿を見たことがないから、持っているのかすら知らない。けれど彼は話を聞いている限り、お金のある家の子っぽいので持っている可能性は高いだろう。
「……しばらく、会えないですね」
連絡先を教えてください。その一言が言えなかった。でも、察しのいい彼は聞いていればこの言葉の意味を理解できただろう。
連絡先をとって、約束をして、学校の外で遊ぶ仲になりたいと、ただの知人以上の関係性になりたいと。それだけだった。けれど、彼からは特に何も返ってこなかった。
無言のそれが、答えな気がした。
起きているのか寝ているのかわからないことが唯一の救いだった。確認するにも、瞳に全てを暴かれるのが怖くて動けもしなかった。
どのくらいこうしていただろうか。不意に肩が軽くなり、視線を向けると、目を擦ってる静さんがいた。いつからかは知らないが、きっと寝ていたのであろう。
「……寝てた」
「知ってます」
もー肩バキバキなんですけど、と肩を回す私に、じゃあ肩を揉んでやるから背中を向けろと半ば強制的に後ろを向かされる。抗議しようとしたときには、静さんは肩に手を触れていた。
今が夏じゃなくて、冬だったらいいのにと思う。冬だったら、セーターどころかブレザーを着ていて、彼の手をこんなに強く感じることなんてなかったのに。手の感触が硬いなとか、やっぱり男の人だから手のひらは大きいんだなとか、涼しげに見えて思ったより手は温かいんだなとか。この際、逃れられるのなら、セーターを着れる春でも秋でもよかった。
「っ………」
急にツボを押され、言葉にならない声をあげると、面白いのか鼻で笑われる。最悪だ。急に思考から引き戻されたせいで、心臓がバクバクと音を立てる。またこの人に弱点を晒している。恥すぎる。
「ひぃっ……」
「ここも弱そう。えい」
「っう……お、おもしろがっ、ひぃっ…」
絶対友達の前だったらうわああああって叫んで逃げ出しているに違いない。けれど、私の肩を掴む静さんの力が異様に強くて、逃げ出そうと身動ぎしようにも難しい。それにツボを押されれば、こっちも力づくで逃げられっこない。
それにここで逃げてしまったら、きっと夏休みが明けるまで彼に会えない。そんな気がしたのだ。
「し、静さ…こ、降参…」
「まだ凝ってるみたいだけど」
「凝ってない!!もうとっくに凝ってないですから!!」
そう言って、無理矢理静さんから離れると、今日初めて静さんとかちりと目が合った。ぐーっと体温が上昇するのを感じ、慌てて視線を逸らす。
「元をと言えば静さんが寝るから…」
「だから肩揉んであげたんだけど」
「いや寝なかったらそれしなくてもよかったんですからね?」
「ちぇっ……上手く乗せられると思ってたのに」
「私そんな乗せられやすくないですよ…」
不服だと言わんばかりの表情で彼を見ると、彼は口角を少し上げて楽しげにこちらを見てくる。いや、ここで負けちゃいけない。逸らしてなんかやるものか。そう意気込んでいたが、彼の顔が徐々に近づいてきた。
「アンタ、顔赤い」
私の耳元でそう呟くと、彼は腰の抜けた私を置いて屋上から居なくなってしまった。
囁かれた左耳を抑える。動揺しすぎて、正直何も考えられない。どうしてこんなことをしたのかなんて考えられなかった。ただただ彼の息を感じた左耳が異様に熱く、ちょっと泣きそうになっているのを我慢しているので精一杯で。
ドキドキと音を鳴らす心臓はどうにも止められそうにない。不規則な呼吸も暫くは治らないだろう。そろそろ金曜日の下校時刻だと言うのに立ち上がれない。足元に光る鍵が早く返せと言わんばかりに夕日の光を反射していた。
結局、数分後ようやく立ち上がった私は屋上を施錠し、職員室に返しに行った。下駄箱で靴を履き、正門へ向かうとそこには静さんが立っていて、ただ一言遅いと言われた。
誰のせいだと言い返そうとしたが、そう言ってしまえば彼に好きですと言っているようなものなので結局なんで待ってたんですかとしか返さなかった。
「女の子は夜道の一人歩きとか危険だし」
その言葉に動揺して足が止まる。けれどそれも不自然に思われたくなくて、足首を回してちょっと足がヘンというアピールをする。我ながら誤魔化し方は下手だがレパートリーだけはあると思っている。
そして動きに集中していたせいで何も言葉を返していないことに気づく。別に動揺なんかしていないし、いつも通りの会話ですよ感を装ってみる。よく考えたら、静さんを騙せるわけなんてないのにとにかく取り繕ってしまうのだ。
「…え、いや、女の子扱いとか別にしなくてもいいですよ?」
ヘラリ、と笑って返すと、静さんはまたその臙脂色の瞳でこちらを見透かすように見つめてくる。いつも、この表情を作ってから思い出す。静さんには全部お見通しなのだと。何回これを繰り返しても学ばないのは、それほど私がこの笑い方をして生きてきたからだろう。
へへ、と徐々に苦笑いに変わっていく私から目を離して、彼はいつもとどこか違う表情で呟く。そう、どこか可愛らしくて、いつもより頬が赤い気がする。
「……夏休みに入るし、送ってこうと思って」
その表情と言葉に完全ノックアウトされた私は、それから一言も喋ることはなく家に着いた。感謝を述べ、静さんと解散した後に思ったことはただ一つ。武梨静、恐るべし。それだけだった。
「しーずーかーさんっ」
先輩と呼ぶには違和感で、さん付けで呼ぶようになった。先輩というほどの先輩感もないし、学校という場所で会っているだけで別に屋上以外での関わりはない。近所の公園でよく見かけるおじちゃんみたいだな、と言ったときには静さんに無言の圧をかけられた記憶がある。ちなみに、彼の苗字は一度忘れたが、瞳のお陰で名前を忘れることはなかったので、下の名前で呼んでいるのは秘密である。
「暑いですねぇ…」
いつものように静さんの隣に腰掛け、持ってきた下敷きで自分を仰ぐ。いつもは暑さなんて感じていないとでも言うような涼し気な表情を浮かべている彼も、夏本番には耐えられないのかじわりと汗をかいている。自分から静さんに風向きを変えると、彼は涼しそうに目を少し細めた。
その様子が撫でられているカピバラのようで、可愛くて少し笑ってしまう。
「…笑ってるし」
「いや…ちょっと、可愛くて………って、痛っ」
ツボにハマって、くく…っと肩を揺らす私の額を急に指で弾いたかと思うと、ぐっと肩が重くなった。こんなことをするなんて聞いていない。
「………し、しずか、さ」
「…………」
話しかけても特に何も言わない彼の顔が見たいが、少し頬が熱い私の顔を見られたくなくって葛藤する。頬が赤いのは暑いからだと言えばいいものだが、彼の瞳とかち合ってしまったら、それが嘘だときっとバレてしまう。それに、どうせ彼はきっといつもの表情をしているのだろう。
「重いですよ」
ドキドキと音を立てる心臓を誤魔化すために、どこかで芽生えてしまったこの気持ちに嘘を付くために、今日も動揺していないと主張するような可愛げのない言葉をつらつらと並べてみる。
「…夏休み入りますけど、静さん、進路どうするんですか?」
特にこれと言った返事もなく、ただただ日が沈んていくのを眺めていくだけである。あれほどグラウンドを見つめていたのに、今ではすっかりそれ要らずだ。
「落としますよ?」
脅し文句を言ったって彼には効きやしない。どうせ落とさないのだとバレているのが、どこか腹立たしい。けれど、それほど私のことを理解してくれているのだと思って、ほんの少し嬉しかった。
「………静さん」
問いかけても返事はない。もしかしたら寝ているのかもしれない。それなら好都合だと思って、夏休み前最後の逢瀬に相応しい言葉をかけてみる。
「夏休み、入っちゃいますよ」
聞いてようが聞いていまいが別にいい。これはただの賭けなのだ。私たちは屋上で毎週会う以上の関係性ではない。友達以下で、部活とか委員会の先輩後輩以下で、言い表すなら知人だ。一方的にこちら側が弱点を知られている知人である。
だから、勿論連絡先なんてものは持っていない。
そもそも彼が携帯を握っている姿を見たことがないから、持っているのかすら知らない。けれど彼は話を聞いている限り、お金のある家の子っぽいので持っている可能性は高いだろう。
「……しばらく、会えないですね」
連絡先を教えてください。その一言が言えなかった。でも、察しのいい彼は聞いていればこの言葉の意味を理解できただろう。
連絡先をとって、約束をして、学校の外で遊ぶ仲になりたいと、ただの知人以上の関係性になりたいと。それだけだった。けれど、彼からは特に何も返ってこなかった。
無言のそれが、答えな気がした。
起きているのか寝ているのかわからないことが唯一の救いだった。確認するにも、瞳に全てを暴かれるのが怖くて動けもしなかった。
どのくらいこうしていただろうか。不意に肩が軽くなり、視線を向けると、目を擦ってる静さんがいた。いつからかは知らないが、きっと寝ていたのであろう。
「……寝てた」
「知ってます」
もー肩バキバキなんですけど、と肩を回す私に、じゃあ肩を揉んでやるから背中を向けろと半ば強制的に後ろを向かされる。抗議しようとしたときには、静さんは肩に手を触れていた。
今が夏じゃなくて、冬だったらいいのにと思う。冬だったら、セーターどころかブレザーを着ていて、彼の手をこんなに強く感じることなんてなかったのに。手の感触が硬いなとか、やっぱり男の人だから手のひらは大きいんだなとか、涼しげに見えて思ったより手は温かいんだなとか。この際、逃れられるのなら、セーターを着れる春でも秋でもよかった。
「っ………」
急にツボを押され、言葉にならない声をあげると、面白いのか鼻で笑われる。最悪だ。急に思考から引き戻されたせいで、心臓がバクバクと音を立てる。またこの人に弱点を晒している。恥すぎる。
「ひぃっ……」
「ここも弱そう。えい」
「っう……お、おもしろがっ、ひぃっ…」
絶対友達の前だったらうわああああって叫んで逃げ出しているに違いない。けれど、私の肩を掴む静さんの力が異様に強くて、逃げ出そうと身動ぎしようにも難しい。それにツボを押されれば、こっちも力づくで逃げられっこない。
それにここで逃げてしまったら、きっと夏休みが明けるまで彼に会えない。そんな気がしたのだ。
「し、静さ…こ、降参…」
「まだ凝ってるみたいだけど」
「凝ってない!!もうとっくに凝ってないですから!!」
そう言って、無理矢理静さんから離れると、今日初めて静さんとかちりと目が合った。ぐーっと体温が上昇するのを感じ、慌てて視線を逸らす。
「元をと言えば静さんが寝るから…」
「だから肩揉んであげたんだけど」
「いや寝なかったらそれしなくてもよかったんですからね?」
「ちぇっ……上手く乗せられると思ってたのに」
「私そんな乗せられやすくないですよ…」
不服だと言わんばかりの表情で彼を見ると、彼は口角を少し上げて楽しげにこちらを見てくる。いや、ここで負けちゃいけない。逸らしてなんかやるものか。そう意気込んでいたが、彼の顔が徐々に近づいてきた。
「アンタ、顔赤い」
私の耳元でそう呟くと、彼は腰の抜けた私を置いて屋上から居なくなってしまった。
囁かれた左耳を抑える。動揺しすぎて、正直何も考えられない。どうしてこんなことをしたのかなんて考えられなかった。ただただ彼の息を感じた左耳が異様に熱く、ちょっと泣きそうになっているのを我慢しているので精一杯で。
ドキドキと音を鳴らす心臓はどうにも止められそうにない。不規則な呼吸も暫くは治らないだろう。そろそろ金曜日の下校時刻だと言うのに立ち上がれない。足元に光る鍵が早く返せと言わんばかりに夕日の光を反射していた。
結局、数分後ようやく立ち上がった私は屋上を施錠し、職員室に返しに行った。下駄箱で靴を履き、正門へ向かうとそこには静さんが立っていて、ただ一言遅いと言われた。
誰のせいだと言い返そうとしたが、そう言ってしまえば彼に好きですと言っているようなものなので結局なんで待ってたんですかとしか返さなかった。
「女の子は夜道の一人歩きとか危険だし」
その言葉に動揺して足が止まる。けれどそれも不自然に思われたくなくて、足首を回してちょっと足がヘンというアピールをする。我ながら誤魔化し方は下手だがレパートリーだけはあると思っている。
そして動きに集中していたせいで何も言葉を返していないことに気づく。別に動揺なんかしていないし、いつも通りの会話ですよ感を装ってみる。よく考えたら、静さんを騙せるわけなんてないのにとにかく取り繕ってしまうのだ。
「…え、いや、女の子扱いとか別にしなくてもいいですよ?」
ヘラリ、と笑って返すと、静さんはまたその臙脂色の瞳でこちらを見透かすように見つめてくる。いつも、この表情を作ってから思い出す。静さんには全部お見通しなのだと。何回これを繰り返しても学ばないのは、それほど私がこの笑い方をして生きてきたからだろう。
へへ、と徐々に苦笑いに変わっていく私から目を離して、彼はいつもとどこか違う表情で呟く。そう、どこか可愛らしくて、いつもより頬が赤い気がする。
「……夏休みに入るし、送ってこうと思って」
その表情と言葉に完全ノックアウトされた私は、それから一言も喋ることはなく家に着いた。感謝を述べ、静さんと解散した後に思ったことはただ一つ。武梨静、恐るべし。それだけだった。
