宇宙人は地球人と交信を図って仲良くなりたいだけなんです


 自分はこの鉄塔で何をしているんだったっけ。



 そう思うわたしの足元には炊き上がった雑炊。そうだ自分は晩御飯を炊いていたのだ。
 ミキタカさんはどこにいるんだろう。あ、目の前でご飯を食べていたんだった。不思議なことにミキタカさんがどうやってここに来たのかよく覚えていない。
 でも今こうして目の前でご飯を突いているのだし、わたしが忘れているだけだろう。わたしも晩御飯を食べないと冷めてしまう。

「あ、そうだ。聞きたいことがあるんですミキタカさん。聞いてもいいですか」

「はい、なんでも」
 
ミキタカさんがいつもの雰囲気で応える。

「恋ってなんだと思います?」

 なんでこんなことを言ってしまったんだろう。それが例えどの答えを聞いても納得せずに、悩めるだけ悩みたいのみの哲学のような存在であると知っているのに。
 それにミキタカさんは非常にシンプルな答えで返す。

「友達よりも仲がいいことだと考えています」

「でも、恋人と同じ事しても、私たちって友達のままでいられるとも思いませんか?」

「というと?」

 なぜか口がスルスル動いてしまう。思っていることと違うことが口に出ている。何かに操られているような気分だ。

「キスしても、ハグしても、そういう友達というか。海外のお友達ができたみたいな」

「なるほど、確かに一理あります。」

 ミキタカさんは箸を進めつつわたしの顔を見ている。その瞳は太陽光を反射して赤い。ミキタカさんのの喉がごくりと動いたあと、彼は話した。

「ですがそれとは違うところがあると思います」

「それは何ですか?」

「まず、愛してみたいと思うでしょう」

「愛して」

「はい。鋼田一さんを自分の好きという気持ちで包みたいと思う、そんな気持ちです。それで鋼田一さんにも同じような温かい気持ちになってほしいとも思います」

 ミキタカさんの視線が自分からからズレて赤く照らされた街並みに移る。もうすぐ赤い時間が終わってすぐに夜が来てしまう。夜はきっと鉄塔を月が照らすだろう。ミキタカさんは静かに続けた。

「ワガママを言いたいんです。嬉しいことがあれば分けてあげたいと思うし、一人で幸せになられるとなんだか悔しい気がします。」

わたしは雑炊の皿を置いて、街並みを見ているミキタカさんの横顔をじっと見つめ返して答える。

「嫉妬ってことですか?」

「少し近い気がします。相手が笑っているときワタシも一緒に居たいと思ってします。必ずというのは難しいとわかっててもです。この気持ちはわかるでしょうか」

「だ、大丈夫です、わかります」

ミキタカさんは少し笑った。

「確かにコイビトも友達も未知に関する探究心という点では同じではないかとワタシは思います。
ですが友達とは思うにオモイヤリです。それは楽しくいたいだとか、喜んで欲しいだとか、自分と相手が別のものです」

「なるほど……」

「コイビトとは、コイとは自分と相手が一緒くたに見えるのです。愛していたいというのは、相手にも愛して欲しいと言う気持ちも含んでいると思います。つまりワガママを言うんです。相手は自分と同じなのですから」

わかりにくい。わからないのは自分には比べられる対象がいないからだろうか。

「……は、はい」

 とりあえず無難な返事を返しておいたけど、それだけではダメだったらしく、街並みを見ていた彼の視線が自分を刺すように見た。ミキタカさんと敵対した時以来に見た顔だった。

「ワタシの星では全ての生き物が別個体でした。1人ひとつです。でもコイとは、他の生物とわざと一つになる道を選ぶことです。2人、もしくは2人以上……。それが恋です」

 ううんと唸ってしまった。理解できたと言うほどには、よくわかっていなかった。ミキタカさんは多分それすら見透かしている。

「これはワガママです。
こんな感情は、ワタシが宇宙に浮かぶ以外に意味のない虚ろな存在だったならきっと持てなかったと思います。だから知りたくなってしまうのです」

「わかりますか?」とミキタカさんが問う。まるでオオカミ少年が本当の狼が来たことを知らせても誰も信じてくれなかったかのような気持ちになる。

「そう考えた時、ワタシが初めて知るこの気持ちを伝えるのも、受け取ってくれるのも、ワタシが知るとき一緒にいてくれる相手も全部鋼田一さんがいいなと思うんです。不思議なことに。
それが、この星の名前では恋という。そういうことなんです」

「……そういうことなんですかね」

 やっと出た言葉は陳腐なものだった。ミキタカさんはもう素の柔らかい表情に戻っている。

「しかし『恋』という言葉は地球のものです。私がこの感情が起こる現象に名前をつけるなら何がいいか、私はずっと考えています」

「いや、そもそも。そうです地球の言葉なのに、どうしてわたしよりミキタカさんの方がまるで全部知ってるかのように説明できちゃうんですかね?」

 ミキタカさんが珍しくふ、と吹き出す。

「それはきっと当事者ではないからです。人間というものは感情の渦中にいると目の前以外が見えなくなりがちです。私は宇宙人なので、客観的に見えているというそれだけなのです」

 わたしは実感が得られず「ふーん……」とそっけない返事をしてしまう。でも一つだけ言いたい言葉がが浮かんで、「あ、でも」と続けた。

「だったらミキタカさんはその気持ちに名前なんてつけなくていいと思うんですよ。ミキタカさんの気持ちに『恋』ととか名前の……枠組みっていうのかな、そんなものつけちゃうとミキタカさんそのものの自由さがなくなっちまう気がするんですよねェ……」

 ミキタカさんがキョトンとした顔をしている。その顔を見ているとなんだかおかしなことを言っている気がしてきて、少し気が引ける。

「いや、と、とにかく!冷めちゃあいけないんで、ご、ご飯早く食べ終わっちゃいましょう!」

 わたしは雑炊のお椀の中身をミキタカさんの手元から大きな鍋に戻す。また暖めてあげようと思った。
 空は先程まであんなに焼けたような紅色をしていたのにもう藍の色へとかわりぽつぽつと羊雲が浮いていた。ねじまき人形のように動くわたしを見て、ミキタカさんは目を細めて言った。

「これが愛しいということですね」

 え、と言ってわたしが顔を上げた時、ミキタカさんの姿はなかった。嫌な予感がしてまさか落ちてしまったのかと鉄塔の下を覗くと、ミキタカさんが真っ逆さまに落下しながらこちらを見て笑っていた。
 いや、よく見たら鉄塔の高さがおかしい。ミキタカさんが落ちながら笑う余裕があるほどこの鉄塔が高くないことは自分が1番わかっている。そもそも、鉄塔の下は草原のはずだ。それなのに下は空と境目のない藍色が延々と続いている。
 このままでは。そう思って勢いで飛び出した。ミキタカさんは宇宙人だから落ちても死なないかもしれないとか、スーパーフライの外には出られないだとか、色んなことが頭を巡ったが、もう遅い。
 彼の名前を叫んで手を伸ばして、するとミキタカさんが髪の毛を糸のように伸ばし、自分を絡め取ってくれた。そこからなんとなく大丈夫ですよと、彼の温かい声に包まれている気がした。

 「あ、死ぬならこの死に方がいいな」と思った。





✴︎






「いやなんで……!?」

 そんなことを、と叫んで鋼田一は目が覚めた。
 最悪の寝覚めだった。自分の声で鳥がびっくりして逃げるのが見えた。

「ゆ、夢……!!」

 今時夢オチなんて犬も食わないよ、と朝から頭痛が鋼田一を襲った。いや寝覚めは最悪だったけど夢自体は悪くなかった気がする。というか夢の中までミキタカさんが出るなんて相当彼に侵食されてるな……。
 そう考えて布団を出る。一応夢じゃない可能性も考えて鉄塔から大きく手を外に出して見たが、いつものように手が金属化して取り込まれそうになった。主人すら取り込むなんてそれでも俺のスタンドか、と顔を顰める。攻撃は帰ってきてしまうので悪態もつけない。
 こんな夢を見てしまうのは今日の緊張のせいに違いなかった。



 1週間前のことである。それはミキタカが『ナニ』をしようと突拍子のないことを言った数日後のことだ。
 2人は鉄塔でいつも通り横に並んで過ごしていた。鋼田一の手には前にミキタカの鞄から出てきた画板のような板がある。それは勉強をするという本の代わりにミキタカが貸し出してくれたものだった(購入履歴も残らないし買った恥ずかしい本を置く必要もなくそっちの方が便利だという結論になった)。

「どっちがどっちなんですか?」

緩やかな空気の中で鋼田一が口に出した。

「ドッチガドッチ……?」

ミキタカが鋼田一の方を見て首をこてりと傾ける。

「あ、いや、その。この前言ったじゃあないですか。この……これ」

そう言って鋼田一はミキタカにもらった金属板を指差して見せる。そこには正しい男同士のなんちゃらというページが開かれていた。

「ドッチガドッチとは……。」

 ミキタカは聞き慣れない一単語だと思っているようで、鋼田一はまたこれは自分が恥ずかしい理由を説明するパターン……!と眉間に皺を寄せる。覚悟を決めミキタカを手招いて近くに呼ぶ。 ミキタカの不思議なとんがり耳が鋼田一の口元にグッと近づく。

「その、これをするには男性役と女性役が必要なわけです。わたしと、ミキタカさんの、どちらがどちらをする予定なのかなと……」

「あぁ、なるほど〜。ワタシ達の種族は性別の概念がなくても増えられるので意識していませんでした。」

「うん、その……いいですけど……。」


鋼田一は口を引き攣らせ苦笑いをする。それを見てミキタカも困り眉になって答える。


「う〜ん、そうですね。ワタシの身体には特に快楽を感じるような機能が備わっていません。」

「え、人型なのにですか?」

「人型なのに、です。形は真似していますが機能がないので特に何も感じないと思います。触覚がないというわけではありませんが。なのでより快楽成分の多い方が鋼田一さんに当たる方がいいと考えています」


 目を見開いていた鋼田一の表情が、予想できない「快楽」というものを考えて少々頬が赤らむ。年甲斐もなく散々な目に遭うような気がして小さく「み、見られたくない……」とつぶやいた。それを聞き取ったミキタカが言う。


「まだなにもしていないじゃあないですか」

「いや、これはオレのプライドとの戦いなんですよ……嫌だとかそうでないとかそういうことじゃあないんです。」


 キッと真剣な目つきでカッコつけて言ってみる。しかしそんなこと気にも留めていない感じでミキタカは続けた。


「準備はできそうですか、何かお手伝いできることがあるならなんでも言ってください。」

「いえ!だ、大丈夫です。自分でやります、自分で……」


 準備という言葉で誤魔化してはいるもののこれもまた相当な苦労になりそうだと鋼田一は思う。眉間に寄った皺を人差し指でぐりぐりと押した。フと思い浮かんだことがあった。

「……ところで疑問なんですけど。」

「はい。ナンデモどうぞ。」

ミキタカがけろりとした顔をしているのをじっと見て鋼田一が言う。

「……痛くないですかね?」

ピンとこない宇宙人はまた首を傾げた。

「イタイ……?なぜですか?」

「いや、え〜と、普段使わないようなところを使うから……?」

「ワタシの仲間には『ナニ』がイタイというのは聞きませんが」

ワタシの仲間というのもそもそも人間のことだよな?と思いつつ、どこまで本気なのかが気になり興味本位で鋼田一はミキタカに尋ねる。

「み、ミキタカさんの一族って……どうやってやるんですか?」

するとミキタカはさも当たり前かのように話し出した。


「そうですね、まずは自分の身体の情報を凝縮します。つまり地球でいう遺伝子の塊のようなものを生成します。それを核と呼びますね。次に新しい体になる予定のものに特殊な器官でその核を埋め込みます。やがて」

「ちょ、ちょっと待ってください!一応聞くんですけど、せ、設定ですよね……?」

「……。」

 途端ミキタカの瞳が中に宇宙でも広がっているかのように虚ろになる。変なことを聞いてしまったかな、と鋼田一の背中を嫌な汗が滑り落ちていく感覚があった。無理矢理笑顔を作る。

「だ、黙らないでくれたら、嬉しいなァ……」

ミキタカは手を顎に当てて少し考えた後、はっきりと奇妙な問いを口に出す。

「そうですね、もし鋼田一さんと一緒にやるとしたら地球風と宇宙風、どちらがお好みですか?」

 そして鋼田一の目をじ……と見つめた。もしここで宇宙風と言ったらどうなってしまうのだろう。そんな好奇心より彼の中では保身を示す意思がか細い声で泣いていた。

「地球風でお願いします……」

「わかりました」

絞り出した言葉にミキタカはニコリと微笑んだ。


「ところで準備ができるのはいつ頃になりますか?楽しみです」

「えッッ!?そ、そんなに早くはできないかも……」

 主に心の方が……と鋼田一は付け足して言った。想像してしまうと変な汗が止まらないし顔色も悪くなる。ミキタカはそれに悪びれもなく聞いてくる。

「お手伝いしましょうか?」

「じ、自分でできます!」

 手をバッと前に出す。当の相手はぽわんとした顔をしていて、緊張感がないなァと思う。かと思えば目は爛々としていて口角も上がった顔に抑揚のついた声で言う。

「明日なんていかがでしょう」

その発言に鋼田一は目をひん剥く。
交渉開始である!

「明日ッ!?いやッそんな、早すぎるッ…!そうだなァ……い、1ヶ月、とか」

 バタバタと手足を動かして、持ってる金属板が手から離れそうになったのを鋼田一は慌てて掴んだ。肩で息をしていた。そこに距離を詰めるようににじり寄ってミキタカが一言。

「3日、でどうでしょう」

「み、みみみ、3日は無理ですよッ!せめて、2週間……」

鋼田一は顔を俯かせる。そして日数を指折り数えた。その目前にミキタカのパーの手が迫る。

「5日」

指を折って1、2、3……と数えるも10を超えたら混乱してしまう。時蕎麦状態だ。顔に張り付くマスクの感覚に尚更急いてしまい自分とミキタカさんの妥協案は……と頭でぐるぐる考える。そして勢いよく顔を起こして言う。

「1週間!」

「乗りましょう!」

ミキタカが両手をパチンと合わせる。言ってしまった後考え直して鋼田一はガクンと項垂れる。

「押し負けた……ッ!」

 自分は凹んでいると言うのに目の前の宇宙人は心なしかいつもよりニコニコしている気がする。なんなら背景に小さなお花がふわふわと浮いている感じだ。

「1週間後、約束ですよ」

 ミキタカは鋼田一の顔を覗き込んでそう言った。2人の鼻先がちょこんと触れた。



 そう言った時から1週間後、つまり現在。

 その約束を思い出して鋼田一は身震いがする。今日はミキタカもご飯を先に家で食べてから来ると言っていた。配慮だと言うことはわかっている。
 夜までに心臓が動きすぎて過労死するんじゃあないかと思った。心臓とはこんなにうるさいものだったか。約束の時間は夜の9時、明日は土曜日、まぁ特にこれといって予定が入っている日もないのだが。何より怖くてもミキタカさんなら大丈夫だという気持ちがある。だが想像すると顔が耳まで熱くなる。夜までに生きてられるかが不安だった。





✴︎





「こんばんは、鋼田一さん」

「うわァッ!み、ミキタカさん、こんばんは」

 鉄塔を足音一つさせず登ってきたミキタカにいつもより過剰に反応して鋼田一も腑抜けた声で挨拶を返す。今日見た夢と違って空は雲ひとつない、星の綺麗な秋の終わりだ。ミキタカは慣れた様子で鉄骨を歩いて鋼田一の方へと向かっていく。

「お隣いいですか」

「もっもちろんです!」

 そしていつものように1人分の空間を空けて鋼田一の左隣に座る。逆にいつも通りなのが怖くて鋼田一は何も言い出せなくなってしまい、空に光る星の鼓動が聞こえそうなくらいの静かな沈黙が流れる。
 その沈黙を平然とミキタカが破ってしまう。

「寒くなってきましたね」

「へっ!あ、あぁ確かに、もう冬が近づいていますから」

「鋼田一さんは寒くはないですか」

「少し、あっいやその、なんというかええと」

 まずい、と思った。この後の展開に気を取られてそんなに戸惑う質問ではないものに鋼田一は片っ端から戸惑っていた。
 それにドキドキしていて火照っているので今は寒いのかどうかよくわからない。無駄な動きの多い鋼田一をまじまじと見つめてミキタカは言った。

「くっついてもいいですか」

「ええッ!も、もうですかッ!?」

 鋼田一はバッと口元を抑えて後ずさる。ピンときていないようでミキタカは頭に疑問符を浮かべる。

「もう……?とは?」

そしてお構いなしといった様子でススス〜と鋼田一の近くに寄ってくる。

「あっあっまだ心の準備が……!」

 手で顔をガードしたまま鋼田一はぎゅっと目を瞑る。ピタリと2人の肩と肩がひっつく感覚があった。恐る恐る鋼田一が目を開けるとミキタカの髪の毛がしゅるると渦巻いてそっと鋼田一の首に絡まった。何をされるのかと身構えたが、それは肌触りの良いマフラーへと変化した。

「どうですか、あたたかいでしょうか」

「え……あのこれは」

「この時期になると皆さんが首に巻いているものを真似しました。マフラーというのでしょう」

 自分だけが焦っているようで鋼田一はつま先から頭まで暑くなる。多分これが少女漫画だったならカアアァァという音が鳴っているだろう。

「あ、ありがとう、ございます……あったかいです」

手を下ろしてミキタカの方に向き直し鋼田一は答えた。

「手は冷たくないですか」

ミキタカが両手で先程鋼田一が下ろした左手を掬い上げるように包む。その手がぶわと液体のように広がり目の細かい毛糸製の手袋となって鋼田一の手を覆う。

「こ、こんな、嬉しいんですけど……ミキタカさんは寒くないんですか?」

「ワタシは大丈夫です。自分で体温を調節できるので」

 また嘘かほんとかわからないことを…と鋼田一は眉を八の字にしつつも口元を緩ませる。ミキタカはその様子を見て微笑んだ後、空を見上げて言った。

「今日は星が綺麗ですね。ワタシの生まれ故郷も見えるかもしれません」

「ミキタカさんの生まれ故郷ってどの辺にあるんですか?」

「この街からは見ることができません。この星の南半球に行けば肉眼でも見ることができますよ」

「へぇ……」

 2人で空を見上げた。鉄塔から見下ろすことは頻繁にしているが、見上げることは久しぶりだった。
 ミキタカが片手は鋼田一の手を包んだまま、空いた左手で空を指さして「あそこにあるのがペガスス座です。その左上がアンドロメダ座……」と説明をしてくれる。鉄塔から望む広い空も今は2人だけのものだった。
 こういう2人で雑談だけをしていても誰にも責められないで居られる時間がずっと続けばいいのに、鋼田一はそっと心で思う。

「今日は久しぶりに鋼田一さんとご飯を食べられなかったので少しさみしかったです」

 ミキタカがその目に星空を映しながら言った。鋼田一もチラリとミキタカの方を見た後、また星空を見て返した。

「わたしも、少し寂しかったです」

「ふふ、おんなじ気持ちですね」

「そうですね」

「ねぇ鋼田一さん」

「なんですか?」

 ミキタカがゆっくりと鋼田一の方を振り向いた。鋼田一にはその時嫌な予感があった。その時のミキタカの顔が夢で見た時と同じ、初めて会った彼らが敵だった時の顔をしていたからである。
 敵対をしているわけではない。あの闘いで仗助らを守る時に見せた自分という犠牲も厭わない真っ直ぐな意志を持った顔だ。

「ワタシを拒みますか?」

 一言、氷が温度差でパキリと音を立てて割れるような声だった。

「え」

「あの時こんなに楽しいという気持ちは初めてで、アナタの気持ちを考えずに急かしてしまったことを申し訳なく思っています」

「あ、いや、わたしも全然嫌じゃあなかったですから。変な話なんですけど……」

 鋼田一には続きの言葉が浮かばなかった。ミキタカも何か言おうとした口のまま動かない。どちらも一瞬何も言えなくなった後、ミキタカが鋼田一に聞こえるか聞こえないかくらいの音で短く息を吸って話し始めた。

「ワタシはアナタが好きです」

「オッ……」

 動揺した。面と向かってそう言われてしまうと返す言葉に迷う。鋼田一は目をチラリと右へ逸らした。もしかするとこの自分の温度は、手袋やマフラー越しにミキタカまで伝わっているかもしれなかった。

「アナタはどうですか?」

 ミキタカが言う。

「お、オレ……あ、いや、わたし……僕?ワタシは、僕は……その」

 鋼田一はどの自分で答えるべきなのかわからなくなる。アナタとは、「鋼田一豊大」ではない。「鋼田一豊大」の皮をかぶっているわたしの心の中に直接聞いてきているのだと鋼田一(偽名である。実際問われているのは鋼田一のその中身なのだが、この小説では鋼田一という名前以外に彼を示す固有名詞はない。強いて言うなら「鉄塔の男」だろうか)はわかっていた。
 あまりにも鋼田一さんと呼ばれるのに慣れすぎて、もう自分が鋼田一豊大なのだと信じて疑わなかった自分がいたことに彼は今初めて気がついた。

「キライですか?」

 続く答えのない鋼田一に少し寂しそうに宇宙人は問う。そんな顔もできるのかと思った。

「絶対それはないです!」

「では『フツウ』?」

「それも、ないです」

「では『スキ』?」

「……」

 鋼田一は唾液を飲み込む。ゴクリと大きな音が響いた。どうしよう。自分にうまく言葉にできるだろうか。今だけ寒さのせいにして口を動かさないことはできないだろうかと、必死に思考を巡らせる。

「お、オレ……」

「言いたくないですか?」

「いや!そういうことじゃあなくて!言いづらい、だけ、です……」

「どうして?」

「前も言った通り……」

 ここで理解した。鋼田一は感覚で理解した。「あぁ、なるほど。彼はもうその理由がわかっている、伝わっているのだ」と。つまりゆっくりでいいからアナタの言葉を聞かせてほしい、と待っているのだと。

「「『恥ずかしい』から」」

 2人、同時に口に出す。あぁ、やっぱりと思った。ミキタカが言う。

「ですね」

「そう、ですね」

 目が合う。そして互いに口元をゆるりと緩ませる。先ほどとは違うあたたかな表情だった。
 何より鋼田一にはわかるようになっていたのだ。目の前の彼はそういう生き物だと、きっと自分の言葉がうまく紡げるまで何年何十年でも、いや宇宙の果てまでも待ってくれるような生き物なのだと。

 そう思ってからの行動は早かった。まずは息を大きく吸う。ひんやりとした空気が口内を満たして思考を落ち着かせた。次にミキタカに包まれていない方の手で頬をペチンと叩く。
 しっかりしろ男、鋼田一豊大。道というのは自分で切り開くものだとどこかの主人公が言っていた。
 その間ミキタカは忠犬の如く静かに鋼田一の言葉を待ち侘びていた。その様子を見て、鋼田一は慎重に口を開いた。

「……できるなら」

「はい」

「その、一緒に。ここにいて欲しい……です……ず、ずっと。いや、ずっとなんて無理かもしれない……大人になるまで?そ、そんなにいたくないかな?高校を卒業するまでとか、その、次の学年になるまで、とか……」

 どんどん語尾が萎んでいく鋼田一にミキタカはふふと笑みをこぼして言った。

「それは……好きということですか?」

 しばらく互いに何も言わなかった。約30秒ほどの静かな間の後で、鋼田一は普段被っている帽子を右手で目元までくい、と下ろし、本当に小さな声で返事をする。


「…………そうとっていただいても構いません……」


 そう言った途端ミキタカの髪の毛が鋼田一の首から解かれぶわっと風を受けた帆のように広がる。
 来る、と思って鋼田一は後退りし、右肩が空へと伸びた鉄柱に触れたところで体の向きをミキタカの方へ変えた。落ちないように太腿で座っている鉄骨をしっかりと挟む。そしてミキタカにも控えめな声で「落ちないように気をつけてくださいね」と言った

「大丈夫です、『ヤサシク』するので」

人間じみたミキタカの言葉に身震いする。

「う、うぅ〜ッ!!ほ、ほんとですよね!?いや、ほんと、疑ってるわけじゃあないです!緊張で何がなんでも話しておきたいだけです!!」

 変にあせあせとしている鋼田一をよそ目に、ミキタカはハッと何かを思い出した顔をする。

「あ、そうですね。落ちないようにしなくては。だって」

 そして鋼田一の目前までじわじわと顔を近づけて、鋼田一が不安に目をぎゅっと瞑るのを見届けた後、息がかかるくらいの距離で言った。



「夢では落ちてしまいましたから」

「……え?」



優しい声色だった。
だが、どういうことか聞く前にもう鋼田一の口は塞がれてしまった。
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