宇宙人は地球人と交信を図って仲良くなりたいだけなんです
M県S市杜王町の、住宅街より少し外れたところには、もう電気の通っていない鉄塔がいくつか立っていて、その鉄塔のうちの一つには奇妙な男が住んでいる。
その男、名前は鋼田一豊大。
なんでも鉄塔を十万円で買取り、鉄塔だけで全て自給自足の生活を送っているのだとか。観光客には優しいようで、食べ物を持っていけば写真を撮らせてくれるらしい。その鉄塔は、杜王町観光名所の一つだ。
と、まぁ鋼田一が住んでいる鉄塔だが、最近はよく見られる人影が二つに増えた。
「ここ最近は、夜に星が出るまでここにいて
くれることが多いですけど、家には帰らなくていいんですか?
親御さんも心配するんじゃ…」
「大丈夫です、ワタシが遅くても疑わないように言っておきましたから」
鋼田一に話しかけられた青年はスラスラと質問に返す。
支倉未起隆──その男の名前──は少し耳がとんがって、鼻から左耳をピアスで繋いでいる金髪の小綺麗な男である。顔は日本人というよりは明らかに外国人じみている。
「そうですか、信頼が深い親子なんですね」
「はい、洗脳が効いているみたいです。」
そして、ちょっと電波さんだ。
「あぁそうだ…あなたはなんだっけ…アレ、ですよね、空から…来たんでしょう?」
「はい、宇宙人です。」
どうもミキタカは自身のことを「宇宙人」だと言い張り、その設定(?)なのか妙に世間に疎く、不思議な行動を繰り返す。
ただし彼のスタンド能力──彼はおそらくスタンドだとは思っていないが──「アース・ウィンド・アンド・ファイヤー」はかなり便利な基本「何にでもなれる」スタンドで、これが尚更彼のことを宇宙人らしく見せる。
「宇宙人、ねぇ………」
鋼田一自身もこれについて考えては見るものの、別にミキタカを傷つけたいわけではないし、彼がそういうんならそうなのかもなと曖昧にも理解を示している。
まぁ鉄塔というのはもともと「電波が通っている」ものなのだから、今現在ここに「電波が通っている」こと自体はなんの問題もないはずであろうと、そう考えているので、ミキタカ自身の人格など彼は引っ掛かりもしていなかった。
「どうかしましたか?」
ミキタカがふっと鋼田一の顔を覗き込む。
「え!いや、その…き、綺麗な顔してるからほんとに他の星から来たのかもしれないな〜と、お、思って」
だから先ほどの宇宙人論議もすっ飛んで、鋼田一はとりあえず別の話にそらそうとした。コミュ障は発露したが。
「綺麗…?ワタシはメジャーな地球の人間の顔を参考にしたつもりでしたが…」
「あ、えーと、はは…」
ミキタカは不思議なことを言うな、というような顔で少し眉間にシワを寄せた。その仕草がまるで誰かを模倣しているようにぎこちないものに見えるので、鋼田一はほんとに宇宙人だったりするのかな、いやまさかと自問自答する。そろそろ晩ご飯の準備をしないといけなかった。
そこに、
「ワタシは鋼田一さんの顔も『綺麗』だと思います」
「え!?お、オレの顔、ですか…!?」
ミキタカが真っ直ぐな、抑揚のない声で言う。
頭の中の晩ごはんメニューが全部ふっ飛んだ鋼田一はヒョロヒョロとした声を上げる。
「はい、ワタシにはアナタがどんな顔をしているかちゃんとわかるので」
なんて意味深なことを言ってくるので、
「ええ…顔がバレるようなことしたってわけじゃないですよね…?」
と、確認すると、
「たぶん、地球人の視点ではそうです」
というこれまた宇宙人ジョークで返されてしまった。
これには鋼田一も軽い苦笑いで返すくらいしかできなかった。
「は……ふ、不思議な人ですね、ミキタカさんは…」
✳︎
「ミキタカさんは退屈しないんですか?」
結局晩ご飯を特製シチューに決めて、鋼田一はチラチラと飯盒に気を配り鍋を混ぜながら、ミキタカに話題を振る。
「何がですか?」
「この鉄塔はオレ一人しかいないし、できることも料理を出すか、街を見てるかくらいしかないので…」
と、すこし勝手が悪そうな顔で鋼田一は頬をポリポリと指先で掻く。現にそうで、この鉄塔は鋼田一豊大のホームグラウンドだといったところで何もなかった。あとは自分がいるくらいだ。とはいえ私がいるから楽しいのだ!と自分にそんなに自信があるわけじゃあない。
それなのにこの青年は、何度も何度もここにきては自分と話をして、料理を食べ、そしてその後はじっと街を眺めている。その顔は街を慈しむような、愛しいと言うような、いつもそんな眼差しだった。
ミキタカは少々間を置いて答える。
「ワタシはとても楽しいです。アナタの作る料理も、ここから見える街の風景も好きです。」
「そう、ですか」
そして何より、と付け足したミキタカが言う。
「アナタと話すのが好きなので」
「………え」
想像外の答えに一瞬声を上げて動作が停止する。そしてゆっくりミキタカの方を見るとにっこりと笑っていた。
「ワタシは、アナタに会いに来ているんです」
「は、話すの好きなんですか?こんなオレの話を?
敵同士だったのに、どうして…」
「アナタと友達になりたくて」
「友達!?」
お、お人好しなのだろうか…そう鋼田一は考えた。そもそも自分は外の世界に臆病でここから出る気はないし、退屈で平凡な人間である。ましてや一度は敵同士だったのだから、自分が彼1人ここに残して鉄塔の外に出る可能性もあることを考えはしないのだろうか。そんな鋼田一の考えを差し置いてミキタカは次の言葉を述べた。
「仗助さんや億泰さんは、いつも仲がよさそうにしていますし、ワタシも2人とは仲良くできていると思います。だから今度はワタシも友達を作ってみたくなったんです。ならワタシが作るはじめての友達は、アナタがいいなと思ったんです。」
「な、なんですかそれ…」
自分も友達が欲しいから、その相手を鋼田一に決めた、と…。いや、自分はそこまでミキタカさんに貢献した覚えはないのだが、だからといって一緒にいて楽しくないということは全くもってない。なんなら彼が来てくれることに好感を持っているくらいだ。
そしてそんなことを改まって言われるとなんだか気恥ずかしくて、鋼田一はミキタカから鍋へ目線を戻す。
「だから、友達と話しているこの時間は、ワタシにとって全然退屈な時間ではないのです」
「そうですか……」
まっすぐ、宇宙を帯びたようなチカチカしたその瞳で、ミキタカは鋼田一を見つめてきた。鋼田一がちらと見るとその瞳は焚き火の炎が瞳に反射して、いつもよりもっとチカチカしているように見えた。
鋼田一は、なんとなく末端から暖かくなったような気がして、彼もまた瞳の奥の宇宙に吸い込まれるようにミキタカを見つめてみる。
「…も、もう友達みたいなものだと、お、オレは勝手に、思わせていただいてるんですけど…」
しっかり見たかったのに、恥ずかしがってまたその目を逸らしてしまった。しかしそんな地球人の些細な動きなど宇宙人は何にも感じとれやしなかったようで、
「もう友達だったのですか!それは嬉しいです
いったいいつからワタシたちは友達だったんですか?」
なんて無邪気に聞いてくるものだから、あぁまぁ、そうだ、こういう人だよな…となんとなく鋼田一は割り切った。ドギマギして気恥ずかしい友達かどうか確認の返答を、ちょっぴり頭を働かせて捻りだしたこっちの気持ちなんて伝わりやしない。気恥ずかしさを覚えているのはさっきからずっと鋼田一だけであった。
「え、その…なんていうか、会いたいと思ったら、もう友達なんじゃないですかね…」
「そうなんですね、ワタシたち宇宙人には友達という関係が少ないので知らなかったです」
そしてまたお馴染みの宇宙人語りに突入する。
というか結構恥ずかしいことを直接いったぞ自分、と鋼田一は俯いた。互いに友達だと思えていることに、なんだか満更でもなかったものの、これ以上この話を続けると自分ばかりが地雷を踏みそうだったので、鋼田一はさらっと話題を流した。
「あ〜…はは、もう少し暗くなってきたし、星を見に上の方まで上がりましょうか」
「はい、ゼヒ。」
宇宙人は答えた。
✳︎
「ミキタカさんはやっぱり…なんというか地球を捜査しにきてるんですか?」
互いにシチューを口に運びつつ、鋼田一はまた話しかける。実のところ、ミキタカの宇宙語り自体は結構設定が作り込まれているようで(というか本人が自分は宇宙人だと結構しぶといので)、もう聞いていて嫌なものではない。
「うーむ、なんというか、でもそんな感じです。
この星はとても興味深いと思っています」
ミキタカがシチューをスプーンで口に持っていきながら答える。今でこそこうだが、初めてシチューを振る舞ったときは「ありがとうございます」といって皿ごといこうとしたので、食べ方をちゃんと教えた。そんな思い出が鋼田一にふっとよぎり、今普通にできていることに少しの感銘すら覚える。
「じゃあ、捜査が終わったらその………
帰っちゃうんですか?星に…」
「……星に?」
いや何を言っているんだ自分は?
「さよならというか…いや、オレが生きてる間にいなくなるならお見送りでもしたいなぁと思って」
雑な言い訳だ、誤魔化し方が荒すぎる。しかもこれではまるで彼のことを本当に宇宙人だと思っているみたいではないか。
「…残念ながら、鋼田一さん」
ミキタカが口を開く。
「は、はい」
「アナタが生きている間にワタシは星に帰ることはないと思います」
…ま、そりゃそうか、人間だし。帰る場所も遠い星じゃなくて地球の上の実家だろうな。少しドキドキした心臓を抑えつつ、話の続きを促す。
「あっ、そ、そうなんですか?どうして…」
「ワタシは………」
ミキタカはゆっくり話始める。
「最近杜王町を見ていて思うんです。操縦係のワタシが操縦のミスをしなければ今頃こんなところにワタシはいない筈だと。
でもこの星はとても面白い、さまざまな地球人がそれぞれの生き方を探して、その生き様がこの町で交差し合ってるのが見える」
宇宙船の操縦係、という設定はもう聴きなれたもので、もはやなんの違和感もなく受け止めている事項の一つだった。
「は、はぁ…そうですね、杜王町って結構そういう街ですから」
「ワタシの生き様は、地球の人々のそれとは少し違います。だから帰ろうと思えば機械を呼んで帰ることもできますし、この星を切り捨てることだってできます」
「まぁ、そうですね。」
宇宙人ならね、と心でつけ足す。
「でもワタシはこの街がとてもすきです。
今ではワタシはここにくるために操縦ミスをしたのではないかとすら思うのです。」
宇宙人の演説は、クライマックスに差し掛かる。
「とても好きな人々と、ワタシの生きる道を交差させてみたいと思ったんです。特に興味があるのがアナタです、鋼田一さん」
「………?」
一歩反応の遅れた鋼田一がミキタカのさっきまで言っていたことを頭の中でリピートする。ようやく何を言っているのかがわかったときには、気づいたら声が上がっていた。
「え、またオレですか!?」
目を見開いてこちらを見ている地球人に対して、
ミキタカはニコニコと微笑むばかりだ。
「ワタシ考えてみたんです、例えば今から星に帰ろうとするワタシは最後にこの星で何をするだろうと」
「は、はい」
「そう思うと、なんだかアナタに会いたくなりました」
地球人は手に持ったシチューのことなんか忘れて、まっすぐ宇宙人の瞳を覗き込んでいた。
そんな表情を見ながら宇宙人は、やっぱりどうしても星へ帰らないといけない時はこの人に会いにくるだろうなと確信をした。
「ワタシ気付いたのです、
アナタの横で、買ったアイスや、アナタが作ったシチューを食べる方が、今ワタシが星に帰るよりも断然幸せで大切なのだということに。」
「お、オレの……横で?」
「はい、アナタとお話しながら食べる食べ物と、ここから見える杜王町はきっと宇宙で1番暖かいです。ワタシ仗助くんに聞きました、こういう人体構造でいう心臓の中心あたりが、きゅっと痛んで体温が上昇するように感じるのを、幸せというんでしょう?
ワタシはこれが友情なのではないかと思っています、
今きっと迎えがきても、ワタシはアナタとここで明日もアイスを食べる明日を選びます」
「…」
鋼田一は黙って話を聞いていた。いま、目の前の宇宙人が彼の幸せを語り、その幸せには鋼田一自身が必要だというよく分からない突然の告白。そもそもそれに即座に対応できるほど、鋼田一はできた人間ではない。
「鋼田一さんは、これが友情や幸せだと思いますか?
アナタはわたしの友達で、ワタシと明日もアイスを一緒に食べたいと、思ったことはないですか?」
「お、え、ぼ、ボク?、ワタシ、は………」
鋼田一は、一瞬戸惑う。何せこの姿も所詮は偽物で、自分はまだ本当の姿をミキタカに見せられない臆病者だからだ。それなのにこの宇宙人は、いつだって自分のことをまるで奥底まで信じてると言わんばかりに話をしてくる。その青年に答えるべき自分はいったい誰なのか、鋼田一にはまだ自信がなかった。
だが。
「…………あ、ありますよ」
またもや答えを捻り出す。臆病で平凡で、何をやってもうまくいかない自分の言葉なんてきっとスカスカだろう。ただ、ミキタカは、ミキタカさんならば、この一言でも、いつもみたいにどの自分がこの言葉を言ったって全てわかってくれるのではないかと、鋼田一はそう思ったのだ。
「やっぱり!これが友達ということなんですね、
とても優しい気持ちになれます」
宇宙人は人間ぶる。人間をまるで知らないといった風に振る舞うミキタカだが、時にその温度の無いような振る舞いは、相手の温度ある挙動ひとつひとつに怯えていた鋼田一のような人間には優しく響くのだった。
「おれ、いやえっと、ワタシも、たしかに、
ミキタカさんと食べるご飯は、いつもより美味しいです」
「?どうしてですか?」
「ええ……その、同じです、
幸せを感じていると、ご飯も美味しく感じるんです」
「…なるほど、幸せは味覚を変化させる効果があるのですね、覚えておきます」
相変わらず不思議な人だけど、これくらいの温度の関係が本当に心地よいと鋼田一には感じられていた。
「一緒にいると幸せになり、幸せが味覚に変化を及ぼす、ですね」
「えーと…まぁ、微妙に違う気がするけどそんな感じじゃないですかね…」
「幸せは予想以上に大きな影響を持っているみたいですね、いつか直接享受したいです。鋼田一さんといれば幸せは貰えますか?」
「なんか、そんな感じのものじゃないんですよ、幸せって。形がないから…。あ、でも、一緒にいてずっと幸せになれる〜っていう関係といえばやっぱり恋人ですかね?」
「……コイビト?」
「えーっと、なんで説明したらいいんだろうな…。例えば、AさんとBさんがいるじゃないですか。で、AさんはBさんのことが好きで、BさんもAさんのことが好きなんです。だから2人は、離れてるよりも一緒にいたくて、なんかこう…一緒にいる約束?みたいなのをするんですよ。」
「ヤクソク」
「はい、そうですヤクソクです。そしたら2人とも好きな人と一緒にいられて嬉しいでしょう?だから2人とも幸せになるんですよ。…うーん、わかります?」
途中で我ながら何をいっているんだと考え始めたが、鋼田一はそんな考えをすぐに捨てた。コイビトという言葉が出たからにはミキタカは興味を示すのではないか、その言葉の説明はこっちの役目だ。ここでの話し合いはいつもそうやってきたからだ。
そしてこの話の結論はつまり。
「ミキタカさんも恋人を作ればいいんじゃないですかね?」
うん、完璧だな。我ながらスッキリしたまとめを作れたなと鋼田一は落ち着く。もうシチューはほんのりぬるくなっているが、話の方が暖まっているならどうでもよいことだろう。
いつかミキタカさんもミキタカさんの宇宙人ジョークについていけるような、高度な女の人と恋したりするんだろうな〜。ま、自分はここから出られないし出ないって決めてるから、恋人だなんて夢のまた夢だしそんなに興味もないけれど。
鋼田一はそう考えてシチューをスプーンで口の中に掻っ込む。なるほど、と宇宙人が言って、今日はお開きになるのではないかと思案したからである。
「なるほど、つまり…
鋼田一さんとワタシがコイビトになればいいんですね?
どうやってヤクソクすればいいんですか?」
オゲーーーーッ!!!!!!!!?!?
鋼田一の口に含んだシチューがもれなく口外へカムバックしてくる。慌てて口元を拭うが吐き出したシチューは地上へ向かって真っ逆さまに落ちていって2度とは帰らなかった。隣でミキタカが大丈夫ですか?と声をかける。しかしそれに鋼田一は易々応えられる状況ではない。
「な、なんで!?どうして!?どうしてそうなるんですか!?!?」
「ワタシは鋼田一さんが好きです、そして鋼田一さんはワタシといると幸せになってくれるのでしょう?
だからワタシタチは離れているより一緒にいる方が幸せ。
あとは一緒にいる約束をすればコイビトになり、もっと嬉しくなる。違いますか?」
「ち、ちが、………う、えーと、ちがう、の、かなぁ…??」
AさんとBさんの性別を忘れていたので、そうすれば確かに理屈は通っているように見える。だが、しかし。自分は男で、ミキタカさんも多分男……ん?男…なのか…?実は性別がなかったりするのか?い、いやいや彼は地球人なんだから性別があって当たり前…いや、地球人ってまるで宇宙人がいるみたいなことを…!
「ちがうんですか?」
ミキタカはすでに横に並んでいるのに、より顔を鋼田一に近づける。鋼田一は話の内容から気恥ずかしくて、いつも割とこれと変わらない距離感でいた気がするのだが、近くないか…?とたった今ようやく違和感に気がついた。
「あっえ〜いや…その、ちがうというか。
ミキタカさんは私と『友達』になりたいんですよね?」
「はい、そうです」
「そうなると、『友達』と『恋人』は関係が違うというか…」
「ですがより嬉しくなるのならコイビトでいる方が良いのではないのですか?ワタシは鋼田一さんと仲良くなることが目標です。」
「えっ……と…なんか筋が通ってるように聞こえちゃうなァ…その、あっそうだ!!き、聞いてください!」
「聞いていますよ?」
「キス!キスできたら恋人!キスが嫌じゃなかったら恋人だと思います私は!」
…我ながら暴論をぶちかましている。しかも言い訳も、性経験が無いも同然と言わんばかりの幼さである。しかし自分が頼れる知識がこれくらいしかない。鋼田一は頭の中で考える。そもそも計画性がなくて外ではひどい目にあってしか来なかった鋼田一にとっては、「恋人」「恋愛」「ラブラブ」などといった言葉には一切ご縁がなく、そもそも羨ましいと思う余裕も人を好きになろうという時間もなかった。気付けば鉄塔の中だったのだ。
キスって言って通じるのだろうか。
せ…接吻、とか言った方が分かりやすかったかな。
宇宙人はどこまで知ってるんだろう。
宇宙人の恋愛表現はそれとはまた違うとか…?
なんならもうミキタカのことを宇宙人と疑う余裕すら消え去っているし、ミキタカの返答までの時間が鋼田一には大変スローに感じられた。鉄塔上部に吹く風がミキタカの透き通るような金髪を撫でて、それが月明かりにキラキラと輝く。その動きひとつ一つが、何枚もカメラでシャッターを切ったようにコマ送りで見えている気すらした。
ところが案外ミキタカの方はなるほど〜と言った表情でサラッとしている。目の前の相手がドロドロと汗を吹き出しているのとは対照的に爽やかさを纏った青年は、言った。
「ワタシ、知ってますよ」
青年の次の行動はなんの戸惑いもなく滑らかに行われた。
次の瞬間鋼田一が感じたのは奇妙な感触で、ふに、というかぷる、というかなんというか……
全意識が唇に集中した鋼田一の頭の中は、「自分は鉄塔で暮らしているので普段から自然の風に吹かれて、皮とか剥けちゃってるし、なんならたまに齧っちゃったりするよ、唇の皮。他人の唇ってなんであんなにぷるぷるしてるんだろ。」と平日の昼間のふとした気づきみたいな平凡なものだった。
そんな自身の唇になんだかふわっとしたやわらか〜いものが触れたし、なんなら視界は一瞬で金色に染まってしまったので、びっくりするかと思ったが、一周回って逆に冷静でいられたような気さえしている。
ぽかんと目も口も開けたまま閉じられなくなった鋼田一に、ミキタカは口角を緩く上げて言う。
「そのマスクの下でも嫌な気はしませんよ、ワタシ」
どっかーーーーーーん。
稲妻みたいな衝撃だった。稲妻みたいな激しい光を放つ物体で後頭部を勢いよくぶん殴られた気分だった。自分は買ったことがないけれど、お祭りとかで売っているあの子供が好きそうな、赤とか緑とか青とかが激しいフラッシュでチカチカ光ってる聖なる剣みたいなやつ。あんなので後頭部をばこーんとぶん殴られたような気持ち。なんでそれで殴るの?すごく眩しいって気持ち。
コンマ1秒も無いうちに急に恥ずかしさがやってきて、鋼田一のマスクの顔の内側の、本物の彼の顔を真っ赤に染めた。いてもたってもいられなくなるし、マスクに熱が篭って異様に熱い。
「や、や、や、やっぱダメです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そう大声で叫んで鋼田一は鉄塔を下る。下の階(階とかいう概念の話ではないが)には自身の生活の拠点がある。そこに干していた布団をかっぱらって急いで自分の身を覆い隠し、小刻みに震えながらミキタカに「今日はもう帰ってください!!」と声を上げる。
ミキタカは、うーん、何がダメだったんでしょうと首を傾げつつ、「それでは失礼します、シチューありがとうございました」とガタガタ震えている布団の塊をスルーして鉄塔を降りていった。
ミキタカはキスでコイビトという関係に思い辺りがあることを考えていた。康一くんと由花子さん、あの2人の関係はコイビトというのか。自分達の一族で言う※◉▽みたいなものか。鋼田一さんに嫌われてしまったかな…
いつもは直立して人間の歩き方の見本をコピーしました!とでも言わんばかりの歩き方をしているミキタカの背中は、今日はほんのり曲がっているのを月明かりに照らし出されていた。
一方、鋼田一はただでさえ熱いのになんだか隠れなきゃ隠れなきゃと言う思いでマスクを何枚も重ねて布団に包まれる。羞恥心なんて鉄塔で暮らして人に笑われているうちになくなり切ったものだと思っていた。今、ただ一つの事実がそんな懐かしい感情の蓋を数年ぶりにこじ開けている。
あの一瞬、自分の唇を塞がれたあの一瞬が、
全く嫌ではなかった……………!
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