桜、舞う
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設定「テニスの王子様」の夢小説です。四天多めと言いつつ雑食。
夢主はテニス部マネだったり、同級生だったり、先輩だったり後輩だったりします。成人済みのお話もあり。
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震える手でドアをノックする。別に後ろめたいことは何もないはずなのに、なぜだかどきどきと胸が鳴った。
『開いてますよ~』
のんびりとした声が聞こえて、ますます緊張してしまう。掌にじわりと滲んだ汗を制服で拭ってドアを開いた。
「失礼、します」
「藤村やないか。どうしたん」
不思議そうな声に無言で文庫本を差し出す。
「やっぱ難し「読みました」
苦笑しかけた先生を遮って言葉を紡ぐ。こちらを見上げる先生の目が丸くなった。
「…読んだって、一日でか」
「…はい」
「難しくなかったか」
「…難しかったです。何回も辞書、使ったし…けど、面白かったです」
じいっと見つめてくる先生を私も見つめ返す。かちこちと音を立てる壁掛け時計の音がやけに大きく聞こえた。
「……凄いやっちゃなあ」
「っ、」
突然伸びてきた手に頭を撫でられて、大げさじゃなく心臓が止まりかけた。おっとすまん、とその手はすぐに離れていったけど、私の心臓は破裂しそうなくらい大きく高鳴っていた。
「まさか一日で読みよるとは思わへんかった。…どの辺が好きやった?」
「色の表現とか、景色の書き方とか…あと女の人が男の人を誤解するところ、は…読んどったら何か…寂しくなりました」
言いたいことはいろいろあったのに、何だか胸がいっぱいでそれだけしか言葉が出てこなかった。でも渡邊先生は、私の言葉にすごく嬉しそうに笑った。
「…ほんまにええ感性しとるわ」
中学生にしとくのはもったいないなあ、なんて。そんなことを言われたのは初めてで、嬉しいのか恥ずかしいのか、よくわからなくなった。
「その本、藤村にやるわ」
「え」
まだ手に持ったままだったそれを慌てて見つめる。
「だってこれ、先生の…」
「ええよ。今でも買えるもんやし。…それよりもな、その本おもろいって言ってもらえたんが嬉しいねん」
せやから持ってき、と優しい声音が耳をくすぐった。
「あ、せやけどその本ぼろっちいからなあ。自分で新しいの買うか?」
「…これが、いい、です」
ありがとうございます、と言った自分の声がはっきりわかるくらいに震えている。
「わざわざそれ言うために来てくれたん?」
「…はい」
「嬉しいわ」
す、と細められた目。心臓がまた、跳ねる。
「ほれ、そろそろ昼休み終わんで。ちゃんとメシ食ったか?」
「…はい」
「教室戻り。藤村のクラスは明日授業あるな」
「…はい」
「ほなまた明日」
もっと話したいと、はっきりそう思ったのに、先生の態度は私に二の句を継がせてはくれなかった。はい、と小さな声で言ってドアへ向かう。
「失礼、しました」
そうドアを閉じかけたとき。
「藤村」
私を呼ぶ声がして。
「また、明日な」
そう、笑いかけられて。
ぶわりと全身の毛が逆立ったみたいだった。教室まで全速力で走った。わけのわからない熱に煽られて。