桜、舞う
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設定「テニスの王子様」の夢小説です。四天多めと言いつつ雑食。
夢主はテニス部マネだったり、同級生だったり、先輩だったり後輩だったりします。成人済みのお話もあり。
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ねぇ、貴方は覚えている?あの日のこと。きっと私はあの日はっきりと貴方に惹かれ始めたんだ。
渡邊オサム—渡邊先生への見方が変わってから、私の中で何かがはっきりと変わった。国語の授業が元のように、ううん、元以上に楽しくなって、国語の授業がない日は何だかつまらなくて。
「渡邊先生、何か持っていくものありますか」
「おお、毎回すまんなぁ」
もうすっかり覚えてしまった香りがふわりと香る。紙とほこりと、…それからたばこの香り。それはそのまま「渡邊先生の香り」として、私の中にインプットされている。授業前に訪れる国語準備室。
「テスト勉強しとるか?」
「…まあまあ、です」
「はっは~素直やなぁ藤村は」
これ頼むわ、と渡された資料を胸に抱える。近づいている期末テスト。嫌なことを話題に出すなあなんて顔をしかめたら、渡邊先生が喉の奥でくくっと笑った。クラスの男子とは違う、どこか大人っぽいそれ。何故だか胸がどきんと跳ねた。
「…どうしたん?」
「っ、え?」
「何か聞きたそうな顔しとるやん」
テスト問題は教えへんで、なんて冗談交じりのセリフ。ただただ恥ずかしい。私はどんな顔をしていたんだろう。
「せ、先生は、読書好き、ですか」
「ん?」
何か言わなくちゃと焦って、口から出たセリフはそれだった。先生の目がちらり、とこちらを見上げる。どうしてだか逃げ出したくなってしまうのをぐっと堪えた。
「…好きやで」
「そ、そうですか」
「藤村は?」
「わた、私も、好き…です」
何、この告白みたいな。ますます焦る私をよそに、おんなじやな、と先生が笑う。
「読むか?オサムちゃんのおすすめ本。藤村にはまだ難しいかもしれへんけど、お前なかなか鋭いからなぁ」
「…え」
言葉と共に差し出された一冊の本。タイトルや作者名を知っているだけのそれをぼんやりと見つめる。
「読めそうやったら読んでみ。おもろないと思ったらすぐ返してくれたらええし」
ほれ、と促されおずおずと本を受け取る。何度も読み返したんだろう、古い文庫本。なんの温度も持たないはずのそれは、なぜだろう、手の中で小さな生き物のように温かかった。
「おっと、そろそろチャイム鳴るな。ほな教室行こか」
「…はい」
椅子から立ち上がった渡邊先生が身を翻す。鼻先を掠めるたばこの香り。まだどきどきと鳴る鼓動がさらに大きくなった気がして、私は目を伏せて先生の背中を追った。
渡邊先生が貸してくれた文庫本は面白かった。昭和時代に書かれたらしいそれは、言葉遣いや言い回しが所々確かに難しくて何度も辞書を引く羽目になったけれど。でもそれすら面白くて、どんどんページを捲った。家に帰ってから、ご飯もお風呂もそこそこに私は本の世界に没頭した。
「…ふう」
200ページにも満たない紙の束。だけどそこには私の知らない世界がたくさん詰まっていた。息も継がずに読み終えて、ふと時計に目をやればすでに0時を回っている。寝なくちゃ、と慌てて布団に入ったはいいものの、今しがた浸かっていた本の世界から抜け出すことは容易ではなくて。結局その日、私が意識を手放したのは2時を過ぎたころだった。
「あ…」
次の日、眠い目をこすりこすり教室についてはっとした。…今日は国語がない。渡邊先生に返そうと思っていた文庫本は鞄の中にある。でも国語の授業がないんじゃ、私はあそこへ…国語準備室へ行ってはいけない。
(でも…)
伝えたい、と思った。読んだ時の感想をそのまま。まだ熱い気持ちをこのまま。そう思ったらいてもたってもいられなくなってしまった。だから、もしかしたらいないかも、と思いつつ、昼休み、国語準備室へ足を運んだ。