出会いと理想と現実と


急いでる時に限って今それ考える意味ある?ってなったりすんの、なんでかな。

怒られない程度に足を急ぐオレはまさにその状況。
朝練を終え、教室へ向かう途中で部室に忘れ物をしたことに気づいたのがついさっき。前を行く先輩から鍵を借り部室へ戻って回収後、鍵をかけ職員室へ返却すると予鈴が鳴り始める。本鈴がなる前に教室へ行くしか、文字通り道はない。
...はずなのに、何故か頭の中にふわっと広がる少女漫画的なシチュエーション。

これは多分あれだ、最近読んだ漫画のせい。
歴代の寮生達が寄贈した様々な書物にの中には、数少ない娯楽である漫画がある。家族内に好きな者がいたのか本人達の趣味なのか興味本位なのか、その辺は分からないが、少年向けの中に紛れ込むいくつかの少女向け作品。やたらキラキラして、線が細くて、普段読むものとは違ったそれに手を伸ばしてしまったのが半月程前のこと。
以来たまに......そう、ほんのたまーにだけど、少女漫画みたいなシチュエーションってホントに起こんのかな、と思うことがある。ほら、通学路や学校の廊下で女の子とぶつかったり、その拍子に落とした物を拾って運命的な再会をしたり、とか。

ま、そんな特殊なこと、紙の中の話だから起こり得るんだよな。現実では当たり屋だとか言われてるし廊下は走っちゃダメ、私物にしても拾ったところで見ず知らずの相手じゃお巡りさんに届けて終了、夢も希望もない。
つーか、この学校だと生徒の男女比率的に男と遭遇する可能性のが高いわけで。男とのチャージングはバスケだけで十分、私生活では願い下げだ。第一、今そんな夢見たってこんな時間に廊下をうろついてる人間は自分みたいな不運な奴か教員、あとは体調不良者くらいだろう。
それに、相手が自分と同じ運動部員ならきっと上手いこと避けてなにも始まらない。逆に始まっても困るし、どっちにしろヤローは御免だ。

さあ、そこを曲がればすぐ教室。現実逃避とも言えない時間も、強制的に終了するしかない。
3m、2m、1m......あと一歩。

「...て、うぉいっ?!」

角を曲がった直後、反射的に上がったのは随分と素っ頓狂な声。

しかし、だ。
完全に油断している中、ないはずの障壁にぶつかった人間なら当然のリアクションだろう。ああいや、正確には壁ではないのだけど。

「ご、ごめんなさい!お怪我は...!」

目の前...よりも目線をかなり下げた先にいる相手は、なんとも小さな女の子。

「あ、いや、そっちこ...そ...」

自分よりも遥かに華奢に見える身体では衝撃に耐えられなかったのか、転けて地べたに手をついてしまっている...って、

「大丈夫?!」
「平気です、ごめんなさい......本当に」
「痛いとことか...」
「あ、ありません!」

反射的に手を差し出してみたものの、彼女はものすごい勢いで首を振り、これまたものすごい速さで立ち上がって衣服の汚れを払う。
ひとまず無事らしいのは安心した。同時に、ちょっとだけ悲しい気もする。まあ、初対面(だよな?)のこんなデカい男、そりゃ怖いよな。河田さんよりゴツいなんてことは絶対ないけど、うん。

「ホントごめん、考え事してて」
「いえ、私こそ......あのこれ、お詫びというか...」
「え?」
「...それじゃ失礼します」
「え、あ、ちょっと...」

待って、と言う前に名も知らない女生徒は小走りで去ってしまった。
手の中に視線をやれば、飴らしき小さな菓子がいくつかとファンシーな絆創膏が収まっている。お詫びしなきゃいけないのはこっちな気しかしないのに、良いんだろうか...こんなにいっぱい。

「...ん?」

両手に収まる小物達と彼女が去った方向を交互に見つめた時、それの存在に気づいた。

「ハンカチ?」

今し方、自分が通った際にはなかったもの。
もしやと思い手を伸ばせば、間からはらりと何かが落ちる。拾い上げてみると、先程彼女から貰ったのと同じ種類の絆創膏。
女の子、ハンカチ、同種の小物とくれば、あの子が持ち主であることはほぼ間違いない。

曲がり角で女の子とぶつかって、落とし物を拾う......なるほどこれは、

「少女漫画みたいなシチュエーション...!」

感動と共に思わず口にしたセリフと、同時に鳴る二度目の鐘。
遅刻及びバスケ部先輩からの小言、そして技かけが確定した瞬間である。
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