答えは彼女の手の中に。
name change
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「そーいやさぁ...」
「んー?」
顔を下に向けたまま返事をする相手。
こちらを見ていないと分かっていても、ついつい畏まった姿勢をとってしまう。いつもと同じ話し方なのにうわずる声、ペンを握る手とそれを走らす一枚の紙から逸らせない視線。
おそらく彼女には全部筒抜けなのだろう。
「奈緒子って」
「んー」
「親父のこと名前で呼ばなくなったよな」
それまで動かしていた手が止まり、顔を上げた彼女と目が合った。
別に悪いことをしているわけではないのに、気恥ずかしさから顔を逸らしてしまう。
「えー?なに今更」
態度があからさますぎたのか、問いかける彼女の声は笑い混じりだ。
「や、別に......ただ...」
「ただ?」
「急に呼ばなくなったから...」
両親を除けば一番付き合いの長い奈緒子は、オレの父親である沢北哲治を名前で呼んでいた。
最初のうちは自分と同じように”テツ”と呼び捨て、その後しばらくして”テツ君”と敬称をつけるようになり、今では”栄治パパ”。段々と他人行儀な呼び方へ変わっていった。
「気づいてたんだ?」
得意とするバスケではさておき、日常生活や人間関係においての自分があまり勘の良い方でない自覚はある。
...あるにはあるが、心底驚きました、みたいな反応をされるのは少々悲しい。細やかな変化とは言え、さすがに気づかない程疎くないって。
「そりゃまぁこれでも「彼氏だからな?」...お、おう」
微妙な気持ちを払拭するように、そして意趣返しも込めたセリフだったけど、そっくりそのまま被せられてまた少し悔しくなった。
それでも、悪戯っぽく笑う彼女を見ると、まあいいか...なんて思えてしまう。これが惚れた弱みというやつなのか。
「なんで急に?」
「...なんとなく」
「ふーん?本当に聞きたい?」
「な、なんだよその意味深な言い方...」
「さぁ?で?聞くの聞かないの、どっち」
「聞くけど...」
「なら教えてあげる。あのね...」
「おう」
「どこかの男の子が”オレのテツだぞ!オレの父さんなんだからな!”って言ったから」
「は?!!」
そんな発言するのは、”テツの息子”は、世界中探しても一人しかいない。しかも身に覚えがありすぎる。
「まじか...」
「覚えてるの?」
「内容までは...けどなんとなく」
「ふーん......まあ冗談だけど、今の」
「えっ」
「冗談」
「じょ、う、だん?」
「そう、冗談。私の性格知ってるでしょ」
一見すると大人しく、物事への関心なんて無頓着なタイプに思えるが、実のところ負けん気も独占欲も強い。そのうえ人(主にオレ)を揶揄うことに長けている。
相手が自分の懐いている相手の実子だとしても関係ない、それが奈緒子と言う人間。
「はぁ......」
完全に遊ばれていたことを認識した途端、力が抜けていく。毎度振り回される自分もアレだが、よく飽きないものだ。
彼女がペンを取るのを合図に、また沈黙に包まれる。
なにか話さなければ...というわけではないけれど、ただ待っているだけで、こんなにも時間が長く感じることがあっただろうか。
少しだけリラックスした身体で体勢を変え、腕を組むようにして椅子へもたれかかる。
本当は頬杖をつこうとしたのだが、机を揺らして彼女の邪魔をするのも...と思いとどまった。
「...さっきの」
「え?」
次はどんな話題を振ろう...そう考えている最中、今度は彼女の方から声がかかる。
「名前呼ばなくなった本当の理由、教えてあげよっか」
「...また揶揄う気なんじゃないよな?」
「ちゃんとした理由ですぅ。信用ないな、もう」
「それは奈緒子が毎回オレで遊ぶからだろ!」
「だって面白いんだもん」
「ったく......で、その理由って?」
「それはねぇ......っと、よし!」
弾むような声の直後、ようやくペンから手を離し、書き終えたばかりの用紙を胸の前に掲げて言葉を続けた。必須事項が全て埋まったそれは、自分にとって今この場で二番目に価値のあるもの。
「お義父さん...って呼ぶ日の為に備えておきたかったから」
いつもの悪戯っぽい笑顔でなく穏やかな微笑みを浮かべる彼女。その手に収まるそれは、夫婦になるための大事な書類。
もうすぐ、オレ達は家族になる。