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三年間通ったこの学校とは今日でお別れ。
好きな人と顔を合わすのも、きっとこれが最後になるだろう。
「...一之倉さ、その制服お下がりに出すとかあるの?」
「いいや」
賑わいの輪から少し離れた植え込みの近くで交わす会話は、なんの変哲もない内容。
私意外にとっては、ね。
「あ、あの...じゃあさ、記念にそれ、貰えない?......ボタン」
「ボタン...って、学ランの?」
「その、第三ボタンは”友人”らしくて!だから......ダメかな?」
周りの声に掻き消されないよう移動した先で振り絞った勇気。
もし否定の答えが返ってきたなら、式で流さなかった涙がここで頬を伝う羽目になりそうだ。
「良いよ」
...が、どうやら天は我を見放さなかったらしい。
「...ホント?」
「うん」
「ありがとう!」
「それで?」
「ん?」
「上田はなにをくれる?」
正直、その質問は想定外だ。
頭の中は貰えるか否かで埋め尽くしてしまっていたから、その先のことなんてなにも考えてない。
「え......っと、制服は知り合いに譲る予定で...あ、コサージュ...は同じのだもんね......うーん...」
フル回転で対価になる物に考えを巡らすが、これといった決め手にかける。
「...どうしよう、なんもないや」
「困ったな...」
「あ、自販機でなんか買ってこようか?」
「それはちょっと情緒に欠ける」
「ですよね」
制服とコサージュと証書。
これらを除けば、文字通りこの身ひとつの私が彼にあげられるものなんて...
...あ。
「...私なら、あげられるんだけど.........なーんて」
一応弁明しておくが、これは自虐に走った告白じゃない。
ただなんとなく、本音を曝け出すならこの戯れに乗じた今しかないと思ったから。
(伝えるの諦めたくせに、未練がましいなぁ)
...なんて自虐的な気分を一変させたのは、一之倉の口から放たれたセリフ。
「オッケー、交渉成立」
「は...?」
我ながら、なんて間抜けな声。
(...いや、てか......えっ?)
「上田を貰う」
「...えっ?!」
「くれるんだろ?」
「え、や...あの......そ、それは...どういう意味、の...?」
もともとはやかった鼓動が、このままだと死んじゃうかもしれないってくらい、強く音を立てる。
それでも、夢であってほしくない。
「上田」
「は、はい...」
「ボタン、やっぱりこっちを貰ってほしいんだけど」
学ランへ伸ばしていた手が差し出される。
その中には、ついさっきまで彼の胸元で小さく光っていたボタンが、コロンと転がっていた。
「わ...私の、都合の良い幻想とかじゃない、よね?」
「うん」
「本当に、本当に貰って良いの?」
「うん」
「このボタンで、良いの?」
「うん。好きな人に渡すなら第二ボタンだろ?」
「...!」
恐る恐る触れたボタンは冷たくて、熱くなった指先と中和される。
彼と顔を合わせる最後の日は、時期未定で延期となった。
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