拍手文①


私は今、重大なミッションを遂行しようとしている。
...と言っても、中身はただの悪戯。背を向けている恋人を振り向かせ、その拍子に頬をつつく、なんともありきたりなもの。

深呼吸で心を落ち着け、タイミングを伺い、いざ!

「ねぇ、深津!」
「.........」
「あれっ」
「どうしたピョン」
「え、あ...えっと............グミ食べる?」
「もらうピョン」
「あ、じゃあ...はい、どうぞ...」

え、今ひっかかったよね?頬にがっつり指あたった...むしろささったよね?なに、私だけ違うもの見てたの?

って、そんなわけあるか!
たしかに、相手は冷静沈着を三段重ねにしたような人物。ちょっとした悪戯だって、一筋縄ではいかないと思ってた。
でも、ここまで無反応だと逆にこっちが動揺してしまう。

「...あの、深津さん」

黙々とグミを口へ運んでいる恋人に、おそるおそる声をかけるも、やはり表情は変わらない。

「美味いピョン」
「あ、本当に?それ新作で...ってそうじゃなくて!」
「声がデカいピョン」
「ご、ごめん......じゃなくて、さっきほっぺに指あたった...よね?」
「それがどうしたピョン」

サラッと肯定されたものの、あまりにも堂々としているせいで続けるはずだった言葉を見失う。
一見成功したかに思われたミッションは、結局のところ失敗に終わったらしい。残念。

「こっち向くピョン」
「え、なに......んぐっ!」

言い切る前に口の中へ捩じ込まれたのは、先程彼が食べていたグミ。

「...美味しい」
「ピョン」
「...さっき、悪戯してごめんね」
「あんなの悪戯のうちに入らんピョン。そもそも挑んでくるには100年早いピョン」
「...はい」
「それと...ピョン」
「うん」
「他の奴にはするなピョン」
「...うん!」

試合に負けたものの、どうやら勝負は引き分けたようだ。
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