助けて、松本君!
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「松本!」
騒つく教室内でも本人に届くよう、少しだけ声を張る。大きすぎず、小さすぎず、だけど本人には確実に届くように。
名前を呼ばれた相手がこちらを振り返ったのを確認すると、返事を待たずして言葉を続ける。
「ボールペン直して!」
ズイッと前に差し出した手の中には、ボールペンだったもの。
「インク詰まりか?もう中身替えた方が早いだろ」
「いや、分解してたら部品なくしちゃって」
「買い替えろ」
「これ、書きやすくて気に入ってたのに...」
「バネがないんじゃ仕方ないだろ...そもそもなんで分解したんだ?」
「暇でつい」
「じゃあ自業自得だな」
「ひどい!」
小言をこぼしながらも、手はバラバラになった部品を組み合わせようと細やかに動いている。
「...ちゃんと探したのか?」
うん、そういう人だよね、キミは。
「探したよ!でも見つけらんなくて...」
「いつなくしたんだ?」
「一昨日の昼前」
「なんだそのタイムラグ」
「忘れてた」
「それまでに使う機会なかったのか?」
「あったけど他の使ってたもん」
「なら忘れたままで良いだろ...」
「松本の顔見たら思い出した!」
「どういう意味だ」
「うふふふ」
「...どっちにしろ日が経ったんじゃ見つけるのも無理だな。気の毒だがこのボールペンは諦めろ」
「えー......バネ作ってよ」
「無茶言うな」
「工業生でしょ!」
「お前は工業生をなんだと思ってんだ...あと工業生なのは上田もだろ」
「そうだった」
「とにかく、これは諦めろ」
「はーい」
諭されるのも三度目となれば、流石におとなしく身を引くしかない。
ボールペンのことは、だけど。
「...松本!」
「今度はなんだ?」
「教科書忘れちゃった」
「どっかのクラスで借りれば良いんじゃないか?」
「そうしたいんだけど、こっちの棟は今日授業ないみたいで」
「だったら別棟...って、もう借りに行く時間が...」
「うん、だからめっちゃ困ってる」
「まったくそうは見えないんだか...ボールペンよりそっちを先に言えよ」
「ごめーん。とにかくさ、一緒に見せて?ね?」
悪びれた様子もなく見えるかもしれないが、こっちは至って真剣なのだ。
正直、私が彼の立場ならデコピンでも喰らわせたくなるような態度である。
でも、彼ならそんなことはしない。もしかしたら思うことすらも。
まあ、それを分かっているからこそ、多少なりとも強く出られるのだが。
「はぁ...仕方ないか」
ほーら、ね?
「ありがと!」
お礼を言い終わるのと同時に本鈴が鳴る。少し遅れて入ってきた先生の呼びかけで、日直が号令を掛けて授業がスタート。
机の合わせ目に置かれた教科書に目をやりつつ、頭の中では全く別の思考を巡らす。
(相変わらず、お人好し)
今日だけでもう2回、助けを求め、彼はそれを応えてくれた。1つ目の件も、まあ引き受けようとはしてくれたし......とにかく、世話をかけっぱなしと言うのが現状。
物が壊れた、忘れ物をした、ここが分からない......これが、私と松本の日常。善良すぎる彼に甘えすぎている自覚はあれど、改善する気は今のところない。
なにより、一番助けてほしいことは、ずっと言えないままでいる。
(...鈍感すぎ)
もしも、彼に伝えたら。
私、松本のことが好きなの。
顔を見たら、声を聞いたら、胸が締め付けられて苦しいの。だけど、会えない日はもっともっと、苦しいの。
...なんて言ったら、信じてくれる?
早く、早く。
助けて、松本君。
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