彼女は星にはなれないらしい
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今年の七夕は雨。
「年に一度しか会えないってのに、可哀想だよなぁ...」
「なんで私にそれ言うの、先生。新手のセクハラ?」
「ちっげーよ!ただの独り言!つーか上田、いつの間に背後に立ってんだよ!クッソびっくりしたわ!」
教員生命という心理的かつ社会的な恐怖と、この場に自分以外が居た事実への驚き。
冗談抜きで口から心臓が飛び出るかと思った。いやむしろ、食道辺りで破裂してもおかしくないレベルの衝撃。
「え、なに?ホントなんで居んの?」
「さっき先生が置いてった課題プリント、枚数足りなかっから貰いに来たんですけど?」
「すみませんでした」
「良いよ、誰にでも失敗はあるもんね。先生も人の子なんだよ」
「上田...」
「だけど、いくら驚いたからって声を荒げるのはどうかと思う。私ちゃんと挨拶して入ったのに」
「反省してます...」
「感傷に浸るのは良いけど、職務に支障きたすのは改善した方が良いよ、先生」
「分かったからやめろ、これ以上オレの心を羞恥で殴打しないでくれ」
物理的にはなにもダメージなどないはずなのに、心臓や胃がズキズキと刺激を受けているのは気のせいだろうか。
上田奈緒子、男子生徒が大半であるうちの高校じゃいろんな意味で印象の強い女子生徒。
主にそれは彼女の恋愛事情によるもの。教師がそんなのに触れたら冗談抜きでヤバいのだが、巻き込まれ被害者の一人なので多少のことは許されると思いたい。
「...えーっと、課題だよな?ほいこれ、悪かったな」
「どうも。ところで先生、七夕好きなの?」
「いや、うーん......好きってかほら、あの話有名だからなんとなく。あ、お前らが彦星と織姫だったら意地でも晴れにしそうだな」
「...先生」
流石に出しゃばりすぎたか...?
めっちゃ軽蔑の眼差し向けられてる。自業自得感は拭えないけど、これでクビが飛ぶとか洒落にならない。
「ま、待て今のはその「なんにも分かってないね」...はい?」
「この際先生に情緒や趣がないのは置いとくけど」
「失礼にも程があるだろおい」
「そもそも前提から間違ってるんだよ、先生のは」
「ガン無視......って、前提?」
「そう。よく聞いて、先生」
呆れたように言ったかと思うと、上田は一呼吸置いてまた口を開いた。
あ、なんかすっごい嫌な予感。
「深津君が己に課せられた仕事を放り出して恋愛にうつつを抜かすわけがないでしょうその時点で誰だお前はだしまあ仮に深津君本人だとしたらそりゃ嬉しいけどやっぱ深津君はそんことしない解釈不一致にも程がある彼が自分のやらなきゃいけないこと投げ出して私に会いにくるのは生命の危機と隣り合わせになった時が関の山よって深津君=彦星にはならない私も深津君の迷惑になることなんて絶対しないから仕事は最期までやり遂げるの織姫にはなれないの」
「オレが間違ってました」
予感的中。
真顔&ノンブレスで力説する上田に、オレが出来ることは余計なことを削ぎ落として謝罪するのみ。あれ、オレって教師だよな?
あと上田お前、最期って言ったの?最後じゃなく最期?あーでも上田なら最期の方が納得だわ。
...と、現実逃避。
「でもそのシュチュエーション自体は悪くなかったよ。ただ深津君と私じゃその枠に収まりきれなかっただけで」
「さりげないフォロー入れてくる同情心が辛い」
「可哀想に...」
「ストレートでも同じだわ......はー、もう良いから教室戻れ。授業始まるぞ」
「はーい」
やれやれ、やっと解放される。
3分も経ってないはずなのになんだこの疲労感。次、授業なくて良かった。
「...あいつらは年一くらいがちょうど良さそうだな」
今度こそ一人になった空間で、思いがけず零した言葉が静かな部屋に響く。
まあ、織姫になり得ないアイツを止められるものはなさそうだが。
雨でも雪でも落雷でも、それこそ槍が降ろうとも。多分、それが出来るのは宇宙広しといえどただ一人。
本人不在の場で彦星になることすら否定されてしまった、彼女の想い人である彼だけだろう。
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