さよなら悪夢、こいこい吉夢
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「...なにしてんの?」
身体を冷やしてはいけないから着替えを、着替えるならついでに汗も拭いた方が良いと、促されたのが約10分前。
わざわざ濡らしたタオルを用意し、換気の為にまた寝室へ戻っていった淳君に感謝しながら、普段よりスローペースで着替えを済ませた。着ていた衣類を洗濯機へ入れ、少しスッキリした気分で脱衣所を後にし、ゴール地点である寝室の扉を開けたところで先程のセリフ。
「タワー。ええ感じやろ?」
「...まあ」
タワー...もとい積まれた林檎は、絶妙なバランスでサイドテーブルを半分程占拠していた。
土台が安定してても割と難しいだろうに。器用なことをするものだと感心してしまう。
「さ、ほら早よベッド戻って。あ、でも横なるんは待ってな」
「あ、うん...って、遠くない?」
「万が一風邪うつったら奈緒子さん責任感じてまうやろ?マスクもしとるけど気ぃつけるんに越したことないから」
「ものすごく正しい判断だわ」
「それより、酷い汗やったけど冷えてへん?」
「平気。おかげで熱もちょっと下がった気がするし」
「手放しに喜べる感じには見えへんかったけど...ホンマにしんどない?」
「大丈夫。あー、その...夢見が良くなくて...」
「ああ、それで魘されとったんや」
「...変な寝言とかなかった?」
「ボクが聞いたんは呻き声くらい...あ、妖怪だけはハッキリ言うてたわ」
半分夢の中で発した問いかけに彼が返事をした時点で予想はしていたが、出来れば外れてほしかった。
この歳になってそんな寝言を聞かれる、ましてや夢でそんなもの相手に怯えたていたと思われるのは...いや、別にあれには怯えてないけど。不審がってただけで恐怖対象じゃなかったし。
正直、それより恥ずかしいのは夢の内容をほぼ記憶してることの方。
普通忘れるとこでしょ、せめて断片的であってほしかった。悔しいやら恥ずかしいやら、あとやっぱり謎すぎたやらでムズムズする。
「...あー、ところで、あの......あ、その林檎は?なんでタワー?」
「ああ、これはなぁ...んー、おまじないみたいなもん」
「おまじない?」
「林檎は医者と病を遠ざける、ボクの母親がよう言うてて。小さい頃なんかは風邪ひく度に食べさせてくれて、治るまでこうやって近くに置いて...せやからボクも同じようにしてみたっちゅーわけ」
気を逸らす目的込みで振った話題の意外な背景。
意表を突かれると同時に、そういえば...と思い出す。先日伏せっていた際に差し入れたゼリー数種類の中から選ばれたのも、ここに積まれている果実と同じフレーバー。
あれはもしかすると、彼の幼い頃の経験が少なからず影響していたのかもしれない。
「...素敵なエピソードね、とても」
「まあタワーは作ってへんかったけど」
「でしょうね」
「そんで、や」
「うん?」
「その思い出のひとつ、すりおろし林檎がこちらになります」
「どっから出したの、今。あと急に近づかないで、うつるから」
「細かいことは気にせんと」
「無理じゃない?細かくなくない?」
「それはさておき」
「...うん」
別に関西人でも芸人でもないのに、まだツッコミ足りないと感じる自分はおかしいだろうか...と、おかまいなく言葉を続ける彼を見て思う。
「まだ食欲戻ってへんやろ?」
「あー...うん、正直」
「やっぱり。朝もお粥あんま食べてへんかったし...これやったらサッパリしとるし、スルッと入る思う。水分補給にもなるで」
「...ありがとう」
「あと、レモン果汁と蜂蜜も少し入れてみたんや。レモンはビタミン摂取&変色防止、蜂蜜は喉にええから」
「なにからなにまで...」
「ボクがやりたくてやったことやから。早よ元気なってほしいし。ほら、食べてみて」
「うん、いただきます」
催促されるがまま、添えられたスプーンで一口。
「...美味しい」
爽やかな香りと優しい甘さが、じんわりと全身に広がっていく。
調理及び提供者である淳君へ目をやると、彼はいつの間にやらまた少し離れた位置へと戻っていた。
その微妙に空いた距離の彼の眼差しが、なんとなく夢の中の不思議なヒーローと重なる。架空の存在と似ている気がするのは、まだ熱が下がり切っていないからかも...と、視線を戻して二口目を運んだ。
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