過ぎたことは忘れましょう
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「つっ.........かれた......」
家の扉を閉じた途端に吐き出した独り言は、単に労働からくるだけのものではない。
脱ぎ落とした靴を丁寧に揃えてリビング向かう。冷たフローリングが歩き疲れて熱を帯びた足に心地良い。
そんなダウンタイムも大して距離のない家の中では束の間で、もう目の前には扉一枚を隔ててリビングが見える。内側から差し込む光が目に痛いのは気のせいだろうか。
どうであれ、いつまでもここで止まっているわけにはいかない。
いや、自分の家でなにを迷うことがある?...と、諦めだか開き直りだか分からない感情で扉を開いた。
「おかえりなさい」
部屋へ一歩踏み入れた直後にかけられた出迎えの言葉。
なお、相手は冒頭のセリフの原因になった人物である。
「...ただいま」
「お疲れ様やったなぁ」
「うん。主にあんたのせいでだけどね」
「ところでお風呂とご飯、どっち先にする?」
当の本人は理解したうえでなのか他意はないのか、全く読めない表情とトーン。ポロっとこぼれた本音も笑顔ひとつでスルーして話を続行させてくるし。
まあ、今更そこをツッコむのは面倒だしこちらもスルーさせてもらうけど。
「...お風呂」
「ん、了解。ちゃんと浸かってあったまってな」
「うん」
「100数えて」
「いや、子どもじゃないんだから」
「はしゃぎすぎて怪我せんように」
「だから子どもじゃないし、そもそも自宅のお風呂ではしゃぐ大人とかやばでしょ.........え、待って、私そんな風に見えてんの?」
「心配性やから、ボク」
「うん、それは有難いけどしっかり否定してほしかったわ」
「あ、それと逆に浸かりすぎて湯あたりとかのぼせんようにな」
「そっちは割と本気で気をつけるわ」
「ほなごゆっくり......あ」
「え、まだなんかあるの?」
「湯船に浮かべるおもちゃ持ってかんでええの?」
「だから私大人!お!と!な!」
「大人でも童心に還りたい時あるやんか」
「急に重い感じにしないでよ、なんなのホント......とにかく、ちゃんとあったまるし長湯しないし、おもちゃもいらない。じゃ!」
返事を聞く前に言い逃げる形でバスルームへ急ぐ。だって、あのまま会話を続けてたら終わりが見えないし。
彼のスルー力やマイペースさをほんの少しだけ分けてもらえたら、少なくとも毎回のせられることはなくなるかも、とさえ思ってしまう。
(もしくは慣れ。これに尽きる、うん。よし、お風呂入ろ)
ひとまずまとまった答えで強引に納得し、気持ちを切り替えた。
...が、それも湯船に浮かぶあるものを見て先の長さを思い知らされることになる。
「そこは王道のアヒルじゃないの...?!」
家主より先に湯船を占領しているのは、一匹のカメ。もちろん、おもちゃである。
驚きと困惑に加え、うっかり感じた愛らしさになんだか悔しくなった。