臨機応変と言ってほしい
name change
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「忘れもんは?」
「ない」
「財布」
「ある」
「スマホ」
「ある」
「鍵」
「ある」
「補助食品」
「ある」
「ん、問題なさそやな」
「だーからお母さ...お兄さん?」
「今のはボク自身」
「違いが分からない」
玄関先で繰り広げられる会話。
見送りまでしてもらわなくても、と遠慮したのに笑顔で押し切られた形で今に至る。律儀なのか頑固なのか、はたまた自由すぎるだけなのか...どう考えても最後の項目が一番しっくりするような。
...なんて思いつつ、一人暮らしではこんなやり取りと縁遠かったからか、ちょっと楽しかったりもする。若干の困惑が残るのは置いといて、ね。
ところでこれ、親とか兄妹より正直あれっぽい。
「新婚夫婦」
「ん?」
「...ぽい気もせぇへん?今の」
「あーはいはいそうですね」
「心こもってへんなぁ」
本音を言うと一瞬ドキッとしたが、それは条件反射みたいなもの。自分が考えていることを相手が口に出したら誰だって驚く。
あと単純に顔が良い、こればっかりは不覚だ。
彼みたいな人に悪戯っぽい表情であんなこと言われたら、大抵の女の子は照れるか舞い上がるかするだろう。
しかし残念、今の私にそれは通じない。人は学ぶものなのだ。
「毎度毎度あんたに振り回されるばかりの私じゃないのよ」
「ふーん」
「なによ、悔しいの?」
「別に?......ただ」
「ただ?」
「かわいい人やなぁて」
「は?」
「今んとこほぼ100%の確率でやられとるのに誇らしげなん、素直でかわいらしいわ」
「褒めてるの?バカにしてるの?十中八九後者だよね?...そんでやってる自覚があるなら控えなさいよ」
「あっはっはっ」
「笑って誤魔化すなー!」
結局また彼のペースに飲まれる始末。勝ち誇った直後にこのザマとは......理解は出来ても学習までには至っていなかった己に溜息が出る。
そんな自分とは反対に、真の勝者である彼は余裕の笑みを浮かべていた。あー、悔しい。
「はぁ...もう行くからね」
「外まで送らんで平気?」
「うん」
「仕事頑張ってな」
「うん」
「帰る時連絡入れ忘れたらあかんよ?」
「うん」
「...なあなあ奈緒子さん」
「うん?」
「いっそ迎え行こか?」
「うん、やめて」
いやホント、冗談抜きでやめて。
周りから色恋沙汰方面に勘違いされて困るのは当然として、本当のことなんかもっと話せない。社内で妙な噂を流されるのはごめんだ。
「照れとんの?」
「そんなわけないでしょう視力大丈夫?」
「すこぶる良好やけど?」
「逆に心配だわ」
「ボクのこと心配してくれるん?嬉しいわぁ」
「喜ぶとこじゃなくない?」
「ボクにとっては喜ぶこと、や」
「そーですか」
「そや」
「......じゃ、今度こそ行くくわ」
「ん、気ぃつけてな」
「うん。なんかあったら連絡入れといて。なるべく確認するから」
「はーい」
玄関の扉を開けてもう一度振り返る。彼はやっぱりニコニコとこちらを見つめていた。
年下だとか顔が良いとか、言い訳がましい理由があるのは否めないものの、その辺差し引いてもどこか憎めない。毒気を抜かれるって感じ。
まあ自分の判定ガバガバすぎなだけって気もするけどさ。
「...いってきます」
「いってらっしゃい」
この一週間のうちで何度か聞いた「いってらっしゃい」に、まだ嬉しいようなちょっと気恥ずかしいような、よく分からない感情がわきあがる。
ああ、そういえば。
さっきまでの彼は母親なのか兄なのか細かい設定の誰かなのか、それとも彼自身なのか...ついでに聞いておけば良かったかも、とほんの少しだけ後悔した。