臨機応変と言ってほしい
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一人暮らしの人間は家の中であまり声を出す機会がない。いってきます、みたいに一人でもする最低限の挨拶はあるかもしれないが、ひとまずそれは置いといて。
自分も今までは自宅内を静かに過ごしていた。
そう、今までは
「おはよー...」
「おはよう、奈緒子さん」
朝の第一声だからなのか、下がり気味のトーンになってしまう自分。それよりずっと低い声なのにどこか明るさを感じさせる声の主は、突如として同居人になった8歳年下の男の子。
そんな相手との朝の挨拶を済ませ、寝ぼけた頭を覚醒するべく洗面台へと足を向かわせる。
いつも通りの手順で洗顔と歯磨きを済ませ鏡に目をやれば、さっきよりもスッキリした面立ちの自分と目が合った。
*****
「......寝過ぎた」
「ホンマよう眠っとったなぁ」
「おかげさまでね」
「お礼は別にええで?」
「言ってないし」
二度寝から目覚めたのは夕方近く。
朝とは違い、今回は彼の方が先に目覚めたらしい。
「とりあえず買い物行こっか。冷蔵庫空だし...淳君も必要なもの揃えなきゃね」
「おおきに。荷物持ちは任せてや」
「ん、よろしく」
早々に支度を済ませてショッピングモールへと繰り出す。...どうでもいいけど食料品や衣類、日用品etc...を売ってるお店が全部入っているのだからショッピングモールって偉大。
「出たついでだしご飯も外で済ませよ」
「なんや悪いなぁ...初日から楽させてもろて」
「家主が言ってんだから気にしない。それに今こうして荷物持ってもらってるし」
「ほとんどボクのもんやし当然やろ?」
「その当然が出来ない人間って世の中には結構いんのよ」
基本人任せで外面だけ良いタイプの人間は一定数存在するのだ。
今にして思えば、元彼もその部類だった気がする。あからさまに不機嫌になるとかはなかったけれど、面倒な気配を察してぬらりくらりと躱し...なんてことが何度かあった。そこから喧嘩に発展、とかも。
昨日のことが記憶にあるからか、どうでもいいことを思い出してモヤモヤが顔を覗かせる。
「焼肉」
.........が、彼の発言によりものの数秒で消え失せた。
「えっ」
「焼肉食べたい」
「焼肉...」
「そや、焼肉」
「...いいけど...この時間ならすぐ入れると思うし」
「楽しみやわぁ」
急になんだと思いつつ、ニコニコと話す様子が珍しく年相応に見え、つられて自分も笑ってしまう。
そうと決まれば...とペースを上げて残りの買い物を終わらせた。
目的地は帰りがけにある。来客布団とか、もともとあったにせよあんまり買い込みすぎずに済んだのが幸いだ。彼の両手で収まる程度の荷物なら、店側にも迷惑はかからないだろう。
「あ、ここよ」
姉と何度か訪れたことのあるそのお店は、女性だけでも行きやすい雰囲気だけど、静かすぎて敷居が高いなんてこともない。
お店のドアを潜って店員さんに案内された席に腰をおろし、メニュー表を見ながら話し合う。
お酒でやらかした手前、飲み物はソフトドリンク一択であとはあれこれ適当に。
「淳君まで断酒しなくてもいいのに」
「反面教師な出来事あったばっかやしなぁ」
「おい」
「ははっ」
「まあ事実だけどさ.........それにしても」
「んー?」
「...こんなしっかり食べるの久しぶりかも」
普段あまり食べる方ではない自分がデザートまでオーダーするなんて...サブリミナル効果だろうか。
「見るからに少食て感じやもんなぁ」
「そう?」
「だいぶスレンダーやと思うで?抱き心地も」
「悪かったわね柔らかくなくて」
「ちゃうちゃう、折れへんか心配やってこと。ボクそこそこ力強いし」
「え、私命の危機と隣り合わせだったの?こっわ」
「いくら無意識でも人の骨砕くことないて」
「いや分かんないしやっぱ別々に寝よ」
「今日は肉食べて栄養ついとるから大丈夫やろ」
「そんなすぐ効果出るわけないでしょ」
「せやったらここで確かめ「なくていい」...つれへんなぁ」
「はぁ...............あのさ」
「ん?」
「...ありがとね」
彼と話すと他のことで悩む暇もない。それが今の自分には有難いことだと、この男の子は分かっているのかいないのか...当の本人は笑顔を返すだけ。
真意不明のまま勝手に感じた優しさに浸らせてもらうくらい許されるだろう。
...と、日を空けずして完全に生活の一部と化した言い訳をしてみる。