世界一不恰好な女雛の話
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「い、いつから聞いて...」
「なーんて、らへん」
「うわあああ...!」
驚きも治らないうちに羞恥の津波に襲われる。
最後の方だけかと思いきや、割と最初の方から聞かれていたなんて...いや、だったらその時に声かけてくれても良くない?その方が傷も浅かったんじゃ?
「なんや楽しそうにしとったし、話しかけるんも悪いなぁ、て」
「まだ聞いてへんのやけど!」
「顔に書いてあるで」
「もおおお!うちの表情筋のアホ!素直すぎや!」
「素直なんはええことや思うけどなぁ......そんで?自分、ここでなにしとるん?」
「うちにそれ言わすん?見とったやん、音声付きでガッツリ見とったやん」
「まあそれはそやねんけど。んー......ああ、なんで休みの日に来てお雛さんごっこしとるん?」
「うっ...」
他人の口から改めて現状を聞かされるのは、また一段とメンタルにくる。彼の質問は至極当然の内容、むしろそこ以外気になるところある?ってくらい。
だけど一応、自分なりのちゃんとした理由は存在する。
「...雛祭りやんか」
「雛祭り......って、今日のこと?」
「うん。今日、3月3日やから......ここ見つけたん先週やねんけど、そん時、どうせやった雛祭りに見れたら楽しいんちゃうかな、て」
「そんで行動に移したっちゅーわけ?」
「流石に天気悪そうやったら中止するつもりやったけどね」
「そうなんや。良かったなぁ、晴れて」
「うん。結果見たいもん見れたし......見られたないもんも見られてしもたけど」
「はは、堪忍な」
「んーん、油断しとったうちが悪いし。背後から来るん想定せんかったから」
「背後て、ボク不審者みたいやん」
「そんくら許して。どっちかいうたら不審者はうちの方やってんから」
「それ自分で言うんや?...ま、たしかに正面玄関からやとこっちの階段のが近いしなぁ」
「先入観はようないて学べたわ。せやけど、見られたんが土屋君やったんは幸いやったかも。先生もやけど、顔見知り程度の子やったら...」
「あー...それはは地味にキツイなぁ。ほんならボク、救世主やな」
「誰も見てへんのが一番やったけどね?...ところで土屋君はなんでここ居んの?部活やないん?」
「今は休憩。教務室に用事あったんと、ついでに自主勉用のプリントの新しいん出とったら貰おかな、て」
「てことはその紙が新しいやつ?うちも貰いに......あっ、せやからあっちの階段やったんや?教務室すぐ隣やし、プリント置いてんのもあっちのが近いもんなぁ」
「大当たり。正解の景品あげなあかんなぁ」
「え、ええよ別に」
「まあまあ遠慮せんと。ほなこれ、どうぞ」
「悪いなぁ...ってこれそのプリントやん!ホンマの意味で悪いわ!」
「そない気にせんで大丈夫やって。ラスト1枚なわけちゃうし、すぐそこ取り戻るだけやから」
「それが悪い言うてんの!そもそも目的のひとつこれやろ?二度手間なるやんか。休憩時間も限られとんのに...」
「平気平気。あと10分あるし、こっからそない時間かからへんから。まあこの押し問答でタイムオーバーする可能性はあるけど」
「うっ...」
「さっき驚かせてしもたお詫びも兼ねて、な?表情筋みたく素直なって受け取り?」
「わ、分かった、有り難く頂戴します!...から、地味に傷抉るんやめて...!」
「ん、よろしい」
羞恥と言う名のダメージと共に受け取った和解の証。コンマ単位の薄さしかないはずなのに重く感じるのは、気のせいじゃないと思う。
思いがけず片想い相手と過ごせたことを喜ぶべきか、それともおちょくられたことを嘆くべきか...まあ、後者も後者でこちらからすると嬉しく感じてしまうのだから、恋とは単純なものだ。
「上田さんはまだここ居るん?」
「ん?んー...もうちょい、ね」
「ホンマはボクもご一緒したいねんけど、そろそろ戻らんとなぁ」
「な、なんや引き留めてごめん」
「全然。お陰でええもん見せてもろたし、むしろお礼言わないあかんくらやわ」
「一応聞くけど、それうちの独り言のことちゃうよね?」
「ちゃうちゃう......とは、まあ言い切れんのやけど」
「えっ」
「はは、良い意味やから安心してや......さて、と」
立ち上がって軽く衣服を払うと、彼はまた来た道へ足を向ける。
「あんま長居して風邪引かんときや?」
「ん、土屋君もね。練習頑張って」
「おおきに。お雛さんやれて楽しかったわ」
「え?お雛さん、て...」
「ほな、お先に」
遠ざかる背中を見送りながら、そういえば...と、今更すぎる事実に気がついた。
彼が座っていたのは自分の右隣、雛人形なら男雛にあたる位置...すると、つまり、知らないうちに自分は好きな相手と雛壇に見立てたこの場所で、お雛様の並びをとっていたわけで。
「雛祭りパワー、すごすぎん...?」
再び一人だけになった壇上で、誰から隠すわけでもない染まった顔を薄い紙切れで覆う。
扇を携える本物とは似ても似つかない、世界で一番不恰好な、けれど今この瞬間、世界で一番幸せかもしれない女雛は、きっと自分。
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