特効薬
name change
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「奈緒子ちゃん」
大好きな人が名前を呼ぶ。
たったそれだけのことで、心の中はこのうえない幸せが溢れるの。
だけど、今日は別。
「奈緒子ちゃん」
「...聞こえません」
「嘘はあかんで?」
「聞こえないもん」
「返事してくれとるのに?」
「...しらないっ」
「そないむくれんと。ボクかて心苦しかったんやで?」
「...ふんっ」
今、私はちょっと機嫌が悪い。
普段なら大好きな恋人からの呼びかけには甘ったるい程の声で応えるけれど、少し冷たくしてしまう。無視?そんなのしない。
だって彼が傷つくのは嫌だもん。
「...淳君のばか」
「大阪人にバカはあかんで?」
「じゃあ、あほっ」
「うんうん。あほでええから、こっち向いて?ずっとそっぽ向かれとんの悲しいんやけど」
そんなこと言われたら、振り向くしか出来ないって知ってるくせに。
「淳君の、あほっ」
「うんうん、あほやな」
「.....私、注射苦手って言ってるのに...!」
そう、今回最大の原因はこれ。
子どもみたいな理由で結構、私は注射が大の苦手...むしろ嫌いだ。
それでも、予防接種しなきゃ辛くなるのは自分だって分かってるから、毎年やるべきものはしっかり受けている。何日も前から覚悟を決めて、僅かでも嫌な気持ちを減らそうとイメトレを繰り返して...。
それなのに受ける日の当日、病院の前で言うなんて酷い。
「はは、ホンマごめんな?」
「笑い事じゃないよ、もう!」
「んー...けど、怖い時間あんまなかったんちゃう?」
「そ、それは...」
「奈緒子ちゃんいっつも注射が怖い言うて、当日まで気持ち沈んどったやろ?せやったらいっそ、直前まで黙っといた方がええかなて、思てたんやけど...却って怖がらせてもたな。ホンマごめん」
寂しげにも見える微笑みに言葉が詰まる。
気遣いからの行動だとは、言われる前から理解していた。私の嫌がることを、彼がするはずないもの。
「...ううん、私こそごめんね。淳君が悪いなんて思ってないよ」
「奈緒子ちゃん...仲直りしてくれるん?」
「そもそも私が一方的に不機嫌になっちゃっただけだし...嫌な気持ちにさせちゃって本当にごめんね」
「...ほな、お互い様てことで。謝るんもここまで、な?」
「うん!」
「ああせや、身体だるない?」
「んーん、平気」
「腕は?痛いんやったら無理せんときや」
「ありがとう。でも、触らなかったら大丈夫...なんだけど...」
「けど?」
無事いつも通りの空気に戻った安心感から、甘えたくなってくる。さっきまで我慢していた分もあるし、仕方ないよね。
「...淳君」
「ん?」
「ひとつ、お願いしてもいい?」
「なに?奈緒子ちゃんからのお願いやったらなんぼでも聞くで」
「ありがとう。あのね、今日はずっとくっついてたいんだけど......いい?」
言葉よりも先に抱き寄せられることで、問いかけの返事は得られた。
「ふふ...」
「ん?どないしたん?」
「ちゃんと患部に当たらないようにしてくれてるの、優しいなぁって」
「普通ちゃう?」
「そうかもね。でも、私はそれがすごく嬉しいよ」
「奈緒子ちゃんにそう言うてもらえるん、ボクも嬉しいで」
「えへへ......淳君」
「うん」
「大好き」
「うん、ボクも奈緒子ちゃん大好きや」
すっぽり収まる腕の中で幸せに浸る。もう、痛みは感じない。
まるで魔法にかかったみたいに、心地よい時間だけが流れていった。