それは中毒と云う
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彼に背を向け、さあ帰るぞと足を踏み出した。
...はずが、何故か前に進めない。それどころか後ろに引かれてしまっている。
原因を確かめるべく振り返ると、今しがた別れ際の挨拶を交わした人物の手が自分の肩に置かれているではないか。
状況からして彼以外いないのは分かっていたけど、さっきまでの優しげな笑顔とは違って真剣な面差しだった。
「上田さん」
「な、なに?」
「やっぱもうちょい話さへん?」
「...は?」
「上田さんと離れるん嫌すぎて体が勝手に...驚かせてもうたな」
「なんやねんもう...ホンマびっくりした」
「お詫びにジュースでも奢るで」
「や、そこまでせんでも」
「まあまあ遠慮せんと」
「してへんて。あんま遅いと家の人心配するよ?」
「平気や、ボク普段の方が遅いし」
「それは...たしかに」
「な?」
「けどうちもう帰らんと」
「ほなあっちの道にしよ?ボクが責任持って送る」
「もう、話なら明日学校でも出来るやろ?」
「今がええ」
「駄々っ子か!」
「駄々っ子でもちびっこでもええねん、今話したいんや!」
普段とは違う様子に困惑する。
他人の意思を無視して自分の都合を押し付けるなんて彼らしくない。
別の道から彼と共に帰るか、このまま行くか。
悩みながら再度チラリと彼の顔を盗み見ると、自分の後ろに視線が動かされた気がした。反射的に同じ方向を追う。
明るさを捉えたのは一瞬のことで、視界はすぐ真っ暗になった。
「...土屋君、なんも見えへんねんけど」
「あー、はは...そやなぁ...」
「土屋君」
「あ、ドキッとしたんちゃう?ときめいた?」
「ドキッよりビクッやなぁ...土屋君の手、冷たいし」
「実はボク冷え性やねん。あと三分くらいあったまらせてもろてええ?」
「ラーメン出来てまうわ」
「お腹空いたんちゃう?一緒に...「土屋君」...ハイ」
言葉を遮って強めに名前を呼ぶ。
手は添えられたままだが、背後からは観念したような気配が伝わってきた。
「...見た?」
「うん」
「...ごめん」
「謝ることやないよ」
大きな手で隠される前に見えたのは恋人と見覚えのある女の子の楽しげな光景。
記憶を辿らなくても分かる、最初の喧嘩の時深く関わっていたから。
瞬きする程度のほんの僅かな間のはずなのに、まるでスローモーションのコマ送りのようだった。
腕を組んで歩く姿、雰囲気、表情。
どう見ても仲睦まじいカップルのデート風景にしか思えないそれが、しっかりと焼きついている。
「土屋君」
「うん」
「手、どけてもらってええ?」
「...上田さんのお願いはなんでも聞いたげたいけど...今回はごめんな」
「土屋君」
「あかん」
土屋君は頑として聞き入れてくれなかった。
もしここが通りのど真ん中だったなら、悪い意味で注目の的だったに違いない。
ああでも、ここからでなければ自分達もあの二人に気づかれていただろう。
そうしたらどうなっていたのか。
笑顔から一転、顔色を青くしてたじろいでいたかもしれない。
開き直って男の子と二人でいることを責められていたかもしれない。
あるいは、気づかないふりをされたかもしれない。
いずれにしろ修羅場であることに変わりはないだろうと、どこか他人事のように考えてしまう。
「土屋君」
「うん」
「三分経った」
「延長で」
「無理」
「そこをなんとか」
「無理なもんは無理」
「どうしても?」
「うん」
「なんでか聞いてええ?」
「泣きそうやから」