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poppy 第一章

 
 松下村塾にとこからか噂を聞きつけた子どもたちが集まって来て、その少年が来た頃にはかなり規模の大きなものになっていた。
 
 雛菜がその少年を始めた見たのは授業をサボっていた銀時が大きなたんこぶを携え、松陽に引っ張られて帰ってきた二日後の事だった。雛菜は風邪で休んでいたため、他の人と比べて出会うのが遅くなってしまっていた。
 
 少年は雛菜と同じ緑色の目をしていて、その瞳には悔しさが映っていた。
 雛菜の彼に抱いた第一印象は、負けず嫌いそうだな、だった。
 
 少年は銀時に竹刀を持って飛びかかるも、突きを食らってしまい吹っ飛ばされて壁に激突した。雛菜は慌てて手当をしようと少年に駆け寄ったが、少年は雛菜の手を鬱陶しそうに払い除けた。
 
 「女にまで同情されるほど落ちぶれたつもりはねェ。女のくせにこんなとこにいるんじゃねェよ」
 
 本心から言ったわけではなく、負けたところを見られた恥ずかしさのあまり、思わず口をついてしまった言葉だったのだろう。それでも雛菜は許せなかった。
 女だからと馬鹿にされるのを雛菜は嫌う。
 
 「竹刀握れ」
 
 可憐で美しい見た目からは想像できないほど低く、地を這うような声だった。
 普段温厚な雛菜らしかなぬ様子に全員がギョッとする。銀時がひな!と諌めるも、その声は雛菜には届かなかった。
 その少年も驚き、刮目する。この時の雛菜の目は未だかつてないほど据わっていた。
 
 「早く握りなよ。女のくせに、だっけ?その言葉、後悔させてあげるよ」
 
 少年は雛菜の勢いに押されていたが、一度深呼吸をすると側に落ちていた竹刀を拾い、立ち上がって構えた。それを見た雛菜も背筋を伸ばし、綺麗な所作で竹刀を構える。
 少年はすぐに間合いに入り、面を打つ。しかし届くと思った時にはもうその位置に頭はなく、竹刀を返され胴を打たれた。
 まさに一瞬の出来事だった。
 少年は雛菜のスピードに到底ついていけなかったのだ。
 
 「一本!」
 
 道場に声が響く。信じられない、といった表情で立ちすくむ少年に雛菜は構えていた竹刀を納め一礼する。そして驚きのあまり動けない少年を一瞥する。
 
 「礼儀作法もろくにできない人に馬鹿にされる謂れはないわ」
 
 そう言うとさっさと道場を出ていってしまう。
 
 「ありゃ、ひなのヤツ相当怒ってるな…」
 
 銀時がつぶやいた一言はしん、とした道場にやけに響き、気まずい空間が流れる。
 その様子を外で眺めていた長髪の少年がため息をついて、件の少年に近づく。
 
 「高杉、帰るぞ」
 
 「…桂、なんでここに…」
 
 戸惑う高杉を無理矢理引っ張って、長髪の少年―桂は謝罪をした後で道場をあとにした。
 神社まで引っ張っていく間も、高杉は何も言わず、桂にされるがままになっていた。
 
 「高杉、さっさと謝ってこい」
 
 「お前には関係な」
 
 「ああ、俺には関係ない。関係なかったあの雛菜という女子を傷つけたのは高杉だからな」
 
 桂にしては珍しく棘のある言葉だった。
 高杉は自分がしでかした事に気づいていただけに気まずく、俯いた。
 
 「吉田雛菜。あの資産家の吉田高良の一人娘だ。家の場所ぐらい、分かるだろう」
 
 桂はそう言うと、さっさと立ち去ってしまった。
 高杉は一度目を閉じた後、何かを決意したように吉田邸へと足を向けた。
 
 
 「ごめんください」
 
 開放された門の前に立ち、大声を出すと女中らしき女性がパタパタと走ってきた。女中は高杉を見て驚いたように目を見開いたが、柔らかく笑った。
 
 「あらあら、雛菜様に銀時様以外にこんなに可愛らしい友達がいらっしゃったのね」
 
 友達ではないと否定しようとしたが、否定したせいでで雛菜に会えなくなるのは困るため、その事については何も言わなかった。
 
 「雛菜さんはいらっしゃいますか」
 
 「えぇ、ご案内致しますわ。ただ、邪魔だけはなさらないで下さいね」
 
 女中はニコリと笑いながら答え、こちらです、と高杉を案内した。
 自分の家より遥かに立派で厳かな雰囲気なので、少し緊張した面持ちになる。
 連れてこられたのは、道場だった。それでは失礼します、と女中は早々に立ち去ってしまったため、少し戸惑ったが中を覗いてみることにした。
 
 「やぁぁぁぁぁ!!!」
 
 中にいたのは道着を着て、合気道の稽古をする雛菜だった。彼女よりも一回り、いや二回りも大きな成人男性を投げ飛ばしていた。
 
 高杉はその姿に驚くと同時に自分をぶん殴りたくなった。
 彼女になんて事を言ってしまったのだろうか、と。彼女を見た目だけで判断し、女を見下した。こんなにも努力して稽古に励む彼女にひどいことを言ってしまったと。
 雛菜が道着を整えるをぼんやりとみていると、雛菜と高杉の目があう。
 雛菜はすぐに彼女の師範らしき男性に、礼をしてから話しかけ、師範が頷くと、また一礼。そしてこちらに来て、高杉の手を取ると縁側まで連れて行った。
 
 「…悪かった。あんな事言って」
 
 「私こそ、ごめんなさい。私も貴方に酷いこと言った…」
 
 ぎこちない雰囲気が流れる。どうしようかと高杉がワタワタしていると、雛菜はくすりと笑った。
 雛菜はあまりに無邪気に、屈託なく笑うので、高杉は思わず見とれてしまった。雛菜はそんな高杉を見て不思議そうに顔を傾げるので、高杉は赤くなった顔を背けながら胸の内を素直に吐露した。
 
 「俺、お前の事きちんと知りたい。性別で判断するなんてこと、もうしたくないから」
 
 「うん、私も知りたい」
 
 顔を見合わせ、破顔する。そしてお互いの事を話し始めるのだった。
 夕方、前もって雛菜と遊ぶ約束をしていた銀時は、二人の様子を見て思わず嫉妬するほどに、二人は仲良くなっていたのだった。
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