白家騒々篇
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「鄭安平が死んだ、ねぇ…。それがどうした?僕には何ら関係の無いことだろ」
「ンフフ。そう言いながらも気にしてるんじゃないかと思いましてねェ」
ニコニコと笑いながら相対するのは王騎将軍。傑物であることに間違いは無いが、何を考えているのか分からないために少し苦手だ。いや、正確に言えば苦手になった、か。お父様を自害に追いやったクソ王を慕っているという僕からすれば理解できない行動をしているからというのもある。
「何せあの白起の後任となった人物ですよォ?」
「何が後任だ。あの男、何も役に立たなかっただろ。それどころかあの腰抜け、趙に亡命したじゃないか」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
鄭安平は長平の戦いの後、趙の都、邯鄲を攻略する作戦に参加するも見事に破れ、さらにその翌年援軍として5万の兵の指揮官として参入するも趙軍に包囲されて2万の兵と共に降伏した人物だ。
別に鄭安平が趙に仕えた事に関してはどうでも良い。だが秦国の貴重な兵を悪戯に趙国へ流したことが許せない。
降伏した鄭安平の行動は、一見兵を殺させないためにやった心優しいもののようにも見えるが、実際は秦と趙には大きな溝がある。それも長平でできた怨恨が。秦の降伏兵は奴隷として扱われ、死ぬよりも屈辱的な仕打ちを受けているであろう中、趙王から武陽君という爵位を与えられる厚遇っぷり。最初から趙王と鄭安平は通じていたのではないかと僕は疑っている。まぁ僕としては実はそっちの方が有り難いのだがな。
「なんだか以前よりもがさつで汚い言葉遣いになってしまいましたねェ…。以前の可愛らしい貴女は何処へ行ったのやら。見た目に反して中身が残念でなりませんよ」
「放っておけ」
「綺麗な髪の毛も痛んでいますよ」
お前は母親か、と言いたくなるレベルの鬱陶しさだ。ほんとうにこの方は何がしたいのか全く分からない。真意を見せてくれないからこちらから察するしか無いのだが、この方の深淵を覗く事なんてできない。
髪の毛を梳いてくるのをされるがままにしておく。考えても分からないのをいつまでも考え続けるより、書でも読んで勉強していた方が良い。
「お勉強ですかァ?」
「見れば分かるだろ」
「ンフフ、折角私が居るというのに書に夢中とは…」
将軍の言葉にピタリと書を読む手を止めて、将軍を見上げる。将軍は何を考えているのか分からない目で私のことをじっと見ていた。
「…戦にでも連れて行ってくれるのか」
「貴女が望むのであれば連れ出してあげましょう」
「行く」
自分でも驚くほど早く即答していた。意識して喋ったわけではない、勝手に口から出ていた。
「泉、戦場には貴女の憧れるようなものはありません。戦場で行われているのは正真正銘国盗りを掛けた殺しあいです。貴女にそれを見る覚悟はありますかァ?」
僕を試すような目で見てくる将軍を静かに見返す。
僕は正直国盗り合戦になんて興味ないし、護りたいものは僕のこの小さな手で数えられるほどしかないから護るために戦おうとも思わない。お父様のお側で戦いたかったのは僕がお父様を御守りしたかったから。そんな今、僕が戦争を見に行く意味なんてきっと無いんだろう。でも。
「僕はお父様の見ていた景色を見てみたいんだ。いつも僕よりもずっとずっと先を見据えていたお父様と同じ景色を見てみたいんだ」
はっきりとそう告げると、王騎将軍は満足そうに笑って僕の頭を撫でた。
「貴女のその目は昔から変わりませんねェ。相変わらず澄んだ目をしています」
それ僕の目の色が人とは少し違うからそう感じるのではないか、と思う反面将軍の言葉には重みがあるからと信じてしまう自分もいる。
…止めよう。人との繋がりほど脆弱で信頼できないものは無いんだ。王騎将軍も明日は我が敵かもしれない。
「じゃあ行きましょうかねェ、白家当主、白泉殿」
「…あぁ」
…でも大好きなこの人には敵に回って欲しくないなぁ。大きな背中を眺めながらそんな事を思ってしまった。