白家騒々篇
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秦国の都、咸陽は非常に美しい都である。趙国の都である邯鄲が最も美しいと言われているらしいが、邯鄲に行ったことのない僕からしたらそんなもの知ったことかという感じだ。様々な露店が並び、良い匂いが漂っている。お腹空いたなぁ、なんて考えながら歩いていると、耳をつんざくような泣き声が聞こえてきた。
「うわぁぁ!!じいちゃぁ~ん!!ちちうえぇ~!!じィ~!!どこぉ~!!」
…なんだ、あの坊ちゃんは。恥も外聞も無く泣き喚いている可愛らしい茶髪の男の子。あまりにも大きな声で泣くものだから、沢山の人が集まってきている。かくいう私もその集まった人の一人なんだけど。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
絶対大丈夫じゃないよ。何がって大丈夫じゃないって、男の子に話し掛けたおっさんが大丈夫じゃない。男の子を女の子と間違えてる時点でちょっとアレだし、そもそも息遣いが荒くて非常に気持ち悪い。なんだコイツ。
仕方がない。助けてあげるか。
「探したよ。ほら、父上の所行こ」
おっさんから庇うようにして男の子の手を引くと、男の子は僕の手をぎゅっと握り返してきた。
「お嬢ちゃん達、一人で大丈夫かい?おじさんが送ってあげようか?」
「誰が嬢ちゃんだハゲ死ね」
僕に睨みつけられ、おっさんは目に見えて怯んだ。その隙にさっさとその場を立ち去る。集まってきていた人達には、見つかって良かったな、もうはぐれんなよーなどという優しい言葉を貰った。僕達別に兄弟ではないんだけどな…。
王宮を目指して歩きながら、男の子に話し掛ける。
「で、君は何処の坊ちゃん?」
「おれもうてん…。…ぐずっ」
「もうてん…?あ、蒙家の子か?」
僕の問いに、蒙恬はこくりと頷いた。さらさらの茶髪が揺れる。その髪型可愛いな。
「何処ではぐれたの?」
「甲冑屋…。友達を見つけて…それでちょっと話してたら…父上もじいちゃんもじィもいなぐなっでだぁ~!!」
またも泣き出してしまった。泣くなよ、と軽く肩を叩きながら再び蒙恬の手を引いて甲冑屋を目指して歩き出す。将軍御用達の甲冑屋といえば咸陽には一つしかない。じいじによると、お父様もそこに良く通っていたらしい。
「賁君もいなくなっちゃうし…ぐずっ」
「もー。僕が見つけてあげるから泣くなよ。男だろ??」
「おねぇちゃん誰…」
今更な蒙恬の問い。連れ出しといてなんだけど、知らない人について行っちゃダメだろ。
「お姉ちゃんじゃない。僕は白泉、お兄ちゃんだよ」
「白泉…。知らない…」
「秦国六大将軍の白起の息子だよ」
そういうと蒙恬はうるうるした目で僕を見上げてきた。この子ホントにかわいいな…。まつ毛長い。そして桃色の着物が似合う。
「…じいちゃんが、白起将軍の事嫌いって言ってた」
「そ、そうか…」
蒙恬の言葉に僕は曖昧に笑う。僕は蒙恬の言葉になんて答えるのが正解なんだろうか。でも蒙恬は気にせずそのまま言葉を続ける。
「白起将軍はじいちゃんにはない凄い才能をいっぱい持ってるんだって。でも白起将軍、そんなにすっごい将軍様なのに、王様に言われるがままに自害しちゃった。白起将軍くらい凄い将軍様だったら、他の国に亡命することだってできたのにって。だから余計に好きになれないんだって」
蒙恬の言葉に僕は足を思わず止めた。そんな僕を不思議そうに見上げてきた蒙恬には、きっと悪気はないのだろう。僕よりも年下と思われる男の子だ。きっと自害の意味だって知らない。だからこの綺麗な瞳を持つこの子に僕の行き場の無い感情をぶつけちゃいけない。
「…僕も君の祖父上の仰る通りだと思うよ。本当に…僕もっ…そう思うよ」
お父様が亡くなった今、白家の当主は僕になった。白家の当主として相応しい態度をとらねば、とここまで気張ってきた。流石は白泉様だ、などと言われていたが本当は僕は大声を上げて泣きたかった。お父様の廟を建て、死を嘆き悲しんでくれた民衆と共に、僕も嘆き悲しみたかった。
それでも泣くまいと必死に堪えてきたのに。どうして男の子の言葉一つで泣いてしまうの。
お父様が長平の戦いで降伏した40万人もの捕虜を生き埋めにしたのは、僕が白家当主になってから知った。お父様がその選択をするしかなかったこと、そしてその事にお父様が後悔していたことは全てお父様の右腕だったじいやが教えてくれた。
お父様は罪深い、許されないことをしたというのは理解できる。でも僕はお父様に生きていて欲しかった。自害なんてして欲しくなかった。
急に俯いた僕を不思議に思ったのか、蒙恬は僕の顔を覗き込んできた。泣いているのを見られたくなくて慌てて僕の服の袖を蒙恬に押し付ける。蒙恬がわぷっという何とも可笑しな声を出しているうちに、反対の袖で勢い良く涙を拭う。
「急に悪かったな」
蒙恬に押し付けていた袖を解放する。僕を見上げてきた蒙恬は僕の顔を見るなり心配そうな顔をした。泣いたのバレちゃったかもな、と思いながらも大丈夫という意味を込めて笑いかける。すると蒙恬は元々下がっている眉を更に下げてしまった。解せぬ。
「ほら、早く甲冑屋行こ。蒙恬を待ってる人達がいるんでしょ」
蒙恬の手を引いて甲冑屋へ向かって歩き始めると、蒙恬はとことこと子鴨のように僕の後を付いてきた。この子こんなに警戒心無くて大丈夫か…?
「あとどれくらいでつく?」
「もうすぐ。あと一つ角を曲がれば見えるよ」
曲がる角が見えてくると、蒙恬を呼ぶ声が聞こえてきた。蒙恬はその声を聴くと、パァッと顔を明るくした。
「じいちゃんの声だ!!」
嬉しそうな声を上げて勢いよく駆け出した蒙恬だったが、ピタリと足を止めて振り返ってきた。
「白泉は…?来ないの??」
「僕は行けないよ」
なんで!?と言いながら僕に詰め寄ってくる蒙恬に、僕は曖昧に笑う。白泉も行こうよ、と手を引いてくる蒙恬の手をやんわりとほどいた。
「その先は僕が立ち入っちゃいけないから。ほら、行った」
蒙恬の肩を掴んでくるりと蒙恬の体を反転させる。ポン、とその背中を押し出すと蒙恬は少しだけよろけた。そして僕を振り返る。
「じゃあ…また会ってくれる?」
「君が望むのであれば」
僕の言葉に蒙恬は嬉しそうに笑った。またね、という言葉に軽く手を振ると蒙恬は今度こそ振り返らずに真っ直ぐに彼の家族の元へと向かって行った。
「白泉様」
蒙恬の姿が見えなくなった時、後ろから声を掛けられた。随分と堅苦しい呼び方になってしまったことに若干辟易しながら振り返りもせずに返事をする。
「分かっている」
「参りましょう」
あぁ、と返事をしながら僕はゆっくりと蒙恬が立ち去った方向に背を背を向けた。あぁ、どうやら彼は無事家族と会えたらしい。嬉しそうな蒙恬の声に少し物悲しい気持ちになりながらも僕は歩みを進めた。