松下村塾が開校してからしばらく経つと、貴賤関係なく誰でも受け入れる学校だと話題になっていた。
　あの吉田家がついに教育関係にも力を入れ始めた、と吉田家の勢力を恐れて少し危険視する声もあったが、概ね良好な環境だった。
　というのも松陽が余計な輩に目をつけられないように、吉田家の養子として迎え入れられたのが大きかったからだろう。
　そのため、今の彼は「吉田松陽」である。
　最初は戦争孤児の銀時も吉田家に迎え入れようとしていたが、銀時本人があまり良い顔をしなかっため「坂田銀時」という戸籍を貰った。
　
　吉田家の縁側にてその話を聞いた雛菜ははしゃいだ声を上げた。
　
　「それじゃあ銀ちゃんが坂田家の当主？になるんだね！凄い！！」
　
　銀時は手の甲で口元を隠した。尤も雛菜の隣に腰掛けていたため、赤くなった顔は見られることはないのだが。
　
　「…やっぱり吉田家に入らなくて良かった」
　
　「えー？なんで！？私、銀ちゃんとも家族になりたかった…」
　
　しょぼん、と落ち込む雛菜に銀時はキリリとした顔を向ける。
　
　「雛菜、大丈夫だ。将来、必ず家族になってや…」
　
　「あっ！佐吉さん！！こんにちは！！」
　
　悲しきかな、銀時のプロポーズは最後まで聞かれることはなかった。
　銀時は佐吉のおっさんに負けた…！とがっくりと膝をつく。
　
　「おう、雛菜嬢。…って、どうしたんだ銀坊は…」
　
　稽古を終えたらしき佐吉は気安げに雛菜に話しかけるも、銀時に涙を浮かべながらギリギリと睨まれるので顔を引きつらせた。
　
　「どうした？雛菜嬢にふられたか？」
　
　地雷を踏み抜いた佐吉は、銀時に的確に脛を蹴られて蹲った。
　
　「佐吉さん、大丈夫？痛い？」
　
　雛菜が小さな手（エンジェルスマイル付き）で佐吉の頭をよしよしと撫でるので、銀時の機嫌はますます悪くなる。
　
　「…ありがとう、雛菜嬢は優しいな」
　
　弱々しい笑顔を向けられた雛菜はギョッとした。佐吉は強面なのだ。強面の人が少し眉毛をさげて悲しい顔をしても、正直凄んでいるようにしか見えない。
　一瞬ビクッとした雛菜を見て、銀時は佐吉に勝ち誇ったような顔をする。
　
　「ほらおっさん、あっち行けよ加齢臭が雛菜にうつるだろ」
　
　銀時がしっしっと手で追い払う仕草をすると、佐吉は本格的に落ち込んだ。
　
　「加齢臭って…雛菜嬢、俺臭うか…？」
　
　佐吉は縋るように雛菜に尋ねたが、雛菜はニッコリ笑うだけで肯定も否定もしなかった。
　
　「おじさんさみしいよ…」
　
　「頭の話か？まぁ確かに最近後退して…」
　
　「ちっげェよ！！バカ！！まだそっちは大丈夫だわ！」
　
　「オレンジの皮から採った汁を頭の上にかけてるもんね」
　
　「ちょっと雛菜嬢？何勝手にカミングアウトしてくれちゃってんの？てかなんでそのこと知ってんの？」
　
　雛菜の爆弾発言に銀時は大爆笑し、佐吉は本気で慌てた。
　
　「この前佐吉さんの息子さんの余吉さんに会った時、余吉さんが言ってたよ。オレンジの皮の汁を頭に掛けたら毛が生えてきたって佐吉さんが喜んでたって」
　
　「余吉ィィィ！！あのヤロォォォ！！」
　
　手塩にかけて育てた息子の裏切りに佐吉は本気で泣いていた。
　銀時は佐吉の意識が完全に雛菜から離れたのを確認すると、肩を抱いて屋敷に入った。雛菜は佐吉が少し可哀想になったので、縁側にバファリンだけ置いていった。
　
　その場に残された佐吉は本気でちょっと泣いていた。
　
　「バファリンって…コレ俺使えねーじゃん…。渡る世間はクソガキばかりだな…」
　
　佐吉の悲しげな声が響いたとか何とか。