poppy 第一章
翌日、高良に場所を教えてもらった雛菜はさっそく塾に行くことにした。
塾は雛菜の家から二十分程歩いたところに立地していた。どうやら持っていなかったものの使っていなかった建物を用意したらしい。
「ごめんくださーい…」
雛菜は勝手に入って良いかどうか分からなかったので、声をかけたものの玄関先に留まる。
「……なにやってんの?」
奥から出て来たのは松陽ではなく銀時だった。玄関で気まずげに立っている雛菜を訝しげに眺めている。
「入っていいか分からなくて…」
「は?お前松陽の弟子なんだから入って良いに決まってんだろ」
雛菜は銀時の発言に目を瞬かせる。
「…そうですね、私はもう松陽先生の弟子でしたね」
嬉しそうに笑う雛菜に銀時の顔は赤くなっていく。
銀時は気づかれないように慌てて雛菜に背を向けた。
「今松陽呼んでくるから待ってろ!」
そう言うや否やさっさといなくなってしまった。取り残された雛菜は、銀時の行動の素早さにポカンとしていた。
「私も連れて行ってくれたほうが早いのに…」
「私もそう思います」
後ろから聞こえてきた声に雛菜は飛び上がった。
「しょっ、松陽先生!おはようございますっ!」
驚きすぎて思わず声が裏返ってしまった雛菜は赤面する。だが、松陽は穏やかに笑いながらおはようございます、と返したので雛菜はホッとした。
声を裏返ったことを指摘されたら恥ずかしすぎる。
「それにしても凄い驚きっぷりでしたね。幽霊でも出たかのような反応をされたので私も驚きました」
「先生上げてから下げるドSタイプですね。私分かります」
「あはは、まさか」
ニコニコと笑っている松陽に雛菜は思わずチベスナ顔になる。
「先生はいつからいらっしゃったのですか?」
「貴女が玄関の前を不自然にウロウロしてるときからですね。とても可愛らしい泥棒もいるものだと思いました」
「先生やっぱりSですよね。あの人、先生が中にいると思って行っちゃいましたよ」
「泥棒の下りは無視ですか。大丈夫です、銀時のあれはただの照れ隠しですから。今頃冷蔵庫の中でも漁っていますよ。さぁ、いらっしゃい。教室に行きましょう」
松陽が草履を脱いだので、雛菜もそれに倣い下駄を脱ぐ。松陽は雛菜が下駄を揃えたのを確認した後で教室へ向かう。
「先生泥棒に例えるの好きですね」
「えぇ、来年のコ○ンはキ○ドですから。ちなみに私、怪盗キ○ドよりもル○ン三世派なんですけどね」
「先生、講談社じゃないものを持ち出すのは、流石に不味いんと思います」
「でも二次創作なら……OKです!」
松陽は微笑み、力強く親指をたてる。
「先生、急に眞子様御婚約の時に流行ったネタぶっ込んでくるのやめろください。管理人がどうやってこのグダグダな会話を終わらせたらいいのか、無い脳みそを使って必死に考えているんだから」
松陽への敬語がだんだん無くなってきた時に、教室にたどり着いた。
襖を開けて中に入る。机が二つ並んでいたので、雛菜は襖から遠い方の机の前に正座をする。
「あ!松陽いた!」
銀時が中に入って松陽に詰め寄る。
「何処行ってたんだよ松陽!探したんだぞ!」
そう詰め寄る銀時の口の周りには茶色い跡がついている。明らかに探していたのは松陽ではなく、チョコレートだ。
「まぁまぁ、銀時。落ち着いてください」
「落ち着いてるっての!」
銀時と松陽のやり取りをぼんやりと眺めていた雛菜は、お父様とお母様の喧嘩みたい、などと考えていた。
「銀時まるでお母さんみたいです」
「誰がお母さんだァァァァァ!!!」
「まぁまぁ落ち着きなよ、銀…ぎ…?………銀ちゃん」
「名前忘れてんじゃねーよクソアマァァァァァ!!」
新しい学び舎に銀時の絶叫が響き渡る。こうしてとんでもなくグダグダな状態で初めての授業が始まったのだった。