poppy 第一章
大きな屋敷内の道場にて、立派な体格をした大人たちと共に合気道の稽古に勤しむ少女が一人。
きっちりと道着を着こなし、背筋を伸ばした佇まいは凛としていて、その少女の美しさをより一層引き立たせている。
少女は自分よりも一回り、いや下手したら二回りほども大きな成人男性を制すという、まだ幼い少女には到底出来なさそうなことを平然とこの少女はやってのける。
それを見た大人たちは嬉しそうに少女の頭をワシャワシャと掻い潜ったり、感嘆の声を漏らしたりした。
「流石は雛菜様だ!やはり将来が楽しみだ!」
頭を撫でていた男性が嬉しそうな声を出す。しかしどうやら雛菜は嬉しくないようで、その言葉を聞くと頬をぷくりと膨らませた。幼くも美しいその顔には不満の色が見て取れる。
「雛菜様って呼ばないでって言ってるのに…」
「んー、でも高良様のお姫さんのだからなぁ…」
男性はう〜ん、と気難しそうな顔をする。
「でも私の方が年下だもん!それに様をつけるのは尊敬する人にすることだから、ダメなの!」
どうやら雛菜は自分がまだまだだと思っているようだった。
雛菜が負けじと言い返し、その男性の目をキラキラした目でじっと見つめていると、男性はため息をついた。
「オーケー、分かったよ雛菜」
雛菜はその言葉を聞くと嬉しそうに笑う。その笑顔の破壊力はすざまじく、見たものの心を虜にした。
あまりの愛らしさに全員が手で顔を覆い、天を仰いだ。
そんな異常なものの温かく微笑ましい光景を、道場の入口の柱にもたれ掛かりながら見ていた麗しい男性はフッと笑みをこぼした。
「おいで、雛菜」
雛菜はその声に反応すると、嬉しそうに駆け寄った。
「高良お父様!!」
高良は愛しい幼子を抱き上げる。雛菜は満面の笑みを浮かべて、喜びの色を全身から出していた。
「お父様!どうされましたか?」
「今日はね、雛菜に合わせたい人がいるんだよ」
雛菜の質問に高良は雛菜の頭をなでながら答える。サラサラとした黒い髪の毛が長い指で梳かれる度に気持ち良さそうに目を細める。
「へぇ!どんな方なんですか?」
「素晴らしい先生さ。きっと雛菜も気にいるよ」
「!先生ですか!!」
微笑みながら答えた高良に雛菜ははしゃいだ。高良は娘の雛菜には甘いが、娘以外の人に対する評価は極めて厳しい。そんな高良が素晴らしい、と讃えられた先生は本当に素敵な人なのだろう、と思ったのだ。
「今先生が家に来てるから、挨拶なさい」
「はいっ!」
雛菜が元気いっぱいに応えると、高良は屋敷の門へと足を進めた。雛菜は『先生』を見るためにキョロキョロと辺りを見渡した。
「高良」
人を安心させる優しい声だった。
高良はその声の主に手を上げて応えるが、雛菜は驚いたように固まった。彼らの視線の先にいたのは、柔和な雰囲気を持つ長髪の男性と、その男性に手を繋がれた銀髪のふわふわした髪の毛をもつ男の子だった。
その男の子は雛菜よりも年上のようだったが、雛菜よりも落ち着きがなくすぐにどこかへ行こうとしては松陽に手を引っ張られていた。
「雛菜、松陽先生だよ」
高良の言葉でハッとした雛菜は慌てて挨拶をした。
「よ、吉田雛菜です。よろしくお願いします、松陽先生」
少し緊張しながら挨拶をすると、松陽は優しく微笑んだ。
「今日は、雛菜。私が今日からあなたの先生になります。こちらは銀時、貴女の級友です」
松陽は銀時とつないでいる方の手を軽く上げる。銀時はどーも、と気のない声で返事をする。
「雛菜、これからよろしくお願いしますね」
柔らかく微笑んだ松陽に雛菜も相好を崩した。
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