暗殺×黒バス
大波乱の中間テストが終わり、クラスは修学旅行ムードになっていたときの事だった。『五英傑の姫君』とも名高い、赤司架純がE組に足を運んできたのだ。架純はE組のクラスに堂々と入ると、辺りを見渡した。何をしているんだろう、なんて考えながら架純を見ていた潮田渚は、架純と目がパチリとあった。
戸惑う渚を余所に架純は渚の前までやってきて口を開いた。
「渚、職員室まで案内してくれないか」
「え、え、えっ?」
予想外すぎるその言葉に渚は口をポカンと開ける。クラスに居た者も皆、渚同様に呆気にとられていた。
「A組の首席様がこんな所まで、何の用-?」
嘲笑いながら架純に近寄るのは赤羽カルマだった。カルマはあからさまな挑発をしながら架純の前に立つ。両者が無言で睨み合うとその場は異様な空気に支配された。空気が重くて、誰も口を開けなかった。いや、正確に言えば違う。空気を支配しているのは、架純だ。その立ち振る舞いや風格だけでこの場を支配してしまったのだ。
五英傑の姫君、だなんてとんでもない。彼女こそが五英傑を支配している。
「赤羽カルマ。一つ言っておく」
架純はとん、とカルマの肩を叩いた。力など入っていない、ほんとにただただ置いただけに見えた。それなのに人をおちょくることが生きがいのようなカルマが転ばされたのだ。
唖然とした表情で見上げるカルマに一言。架純は無表情でカルマを見下ろした。
「喧嘩を売る相手くらい、選んだ方が身のためだ」
そこにいたのは渚の知っている架純では無かった。渚の知る架純は誰にでも優しくて、朗らかで、いつも人のことを考えている。そんな女の子だった。間違ってもこんな、女王のような振る舞いをする子では無かった。
A組に居ると、人格まで変わってしまうのか。渚はその事に一抹の寂しさを覚えた。渚の知っている架純は何処へ行ってしまったのだろう。
「君たち、一体…」
あまりにも静かなE組の様子を訝しんでやって来たのだろう。ドアを開けた格好で固まっているのは烏丸先生だった。
「君は…赤司架純さん、だったか?」
「貴女は烏丸惟臣先生ですね。はじめまして、赤司架純です」
綺麗な姿勢でお辞儀をする架純に烏丸の姿勢も自然と伸びた。軍人らしい綺麗な礼を返した。
「流石は防衛省の人間。やはりお辞儀も美しいですね」
突如落とされた爆弾にクラス全員が息を呑んだ。一介の生徒が知るはずも無いその情報を、なぜ架純が知っているのか。
「それよりもE組の担任の先生はいらっしゃらないのですか」
「…担任は、俺だが」
「私に嘘は通じませんよ」
被せられるように放たれた言葉に流石にE組もざわつかざるをえなかった。一体架純はどれほどこのE組について知っているんだ。もしかしたら、あの得体の知れない生き物である殺せんせーのことも知っているのかもしれない。
ひゅっと息が狭くなるのを感じた。
「E組の学力を底上げした先生がどんな人物なのか知りたかったのですが…まぁ良いでしょう。そろそろ戻らないと授業に間に合いませんので、帰ることにします。お邪魔しました」
架純はE組の学力が上がっていることに気がついていたのか。渚はその事に目を見張る。
E組は皆中間テストで50位以内を目指して励んでいた。だが理事長によるテスト範囲の大幅改ざんにより、勉強の成果が報われること無く終わってしまったのだ。だが架純はE組の皆が頑張っていたことを見抜いていた。その事に渚は救われたような気がした。頑張っていたことを認めて貰えたような、そんな気がしたのだ。
架純はそんな渚の心情を読み取ったのか、ポンと渚の肩に手を置いた。
「渚、お疲れ」
ほのかに微笑んだ架純に渚も笑顔が溢れた。あぁ、やっぱり架純は優しいままだった。
架純はそのまま渚の隣を通り過ぎて、教室の後ろ側のドアに手を掛けた。
「そうそう、私は人よりも目が良くてね」
突然放たれた言葉に全員が首をかしげる。一体何の話だろうか。
「茅野、頭痛が酷いなら保健室に行くことを勧める」
架純はそれだけ言うと本当に立ち去って行った。全員が茅野へと視線を向ける。茅野は意味が分からないのか、首をかしげていた。
「茅野、頭痛いの?」
「え!?いや、全然そんなことないんだけど…。赤司さん、どうしてあんな事を言ったんだろ…」
「赤司さん、腹の底が見えませんねぇ…」
「ホントそれ…って殺せんせー!?いつからいたの!?」
そこにはつい先程までそこにはいなかった殺せんせーが居た。殺せんせーはうんうん、と神妙な顔をして腕組みをしながら立っていた。
「つい先程韓国から戻ってきた所です。チーズタッカルビ、とても美味しかったですよ」
ヌルフフ、という気味の悪い笑い声を上げる殺せんせーにE組は皆呆れた顔をした。
「せんせーずるーい!!」
「俺達もチーズタッカルビ食いたかった!」
「お土産ないのー?」
殺せんせーに詰め寄る生徒達に殺せんせーはたじたじだった。そんないつものE組の光景が戻ってきて、渚はホッと息をついた。ただ、渚が一つ心配だったのが、カルマの事だ。
ちらり、とカルマを見ると悔しそうに顔歪めて唇を噛んでいた。
「渚君、あの女、なんなの?」
「架純ちゃんは…」
渚は言葉を続けようとして、口を噤んだ。渚が架純について言える事なんて、限られている。一時期一緒に居たことがあるくらいで、もう二年近くも関わりなんてない。でもこれだけは断言できる。渚を認め、お疲れと声を掛けてくれたこと。茅野を心配していたこと。
あぁ、そうだ。それさえわかれば充分じゃ無いか。だって架純の本質を知っている人なんて、この学校には渚以外に居ないだろうから。
「誰よりも優しい子だよ」
渚の言葉にカルマはつまんなそうにふーん、と返事を返した。