暗殺×黒バス
勝者はすべてが肯定され、敗者はすべて否定される。
赤司架純にとって、この事は当然の理だろう。だから、架純は常に勝ち続ける。架純にとって勝利は基礎代謝のようなもの。勝利がなければ、架純は生命活動を維持することができない。
人生において、父親以外には負けたことの無かった浅野学秀にとって、架純は自分と似ているようで全く異なる存在だった。
確かに勝利することは正しいし、勝者が肯定されることは理解できる。だからこそ勝ちたいと思い、努力する。今度こそ架純に勝つと意気込む。
だが架純は勝利を望んだりはしない。当たり前のようにこなした結果、その先にあるのが勝利なのだ。
これが浅野と架純の違い。浅野が敗者で架純が勝者の理由なのだと浅野は推測する。
「私に挑んでおきながら、考え事とは。今日の君は私に勝つ気が無いと見た」
からかうような声色が混じった架純の言葉に、浅野は意識を思考の中から目の前の対局に戻した。
いつの間にか勝負は進んでいたらしい。この時点で既に浅野は窮地に追い込まれていた。この場をどう切り抜けるか、必死に頭を働かせながらも、面では何て事無いように架純に話しかける。
「君は相変わらずだね」
「なにがだ」
「いつも自分が勝利して疑わない」
「当然だ。私が負けることなど有り得ないからな。王手だ」
パチン、と盤上に駒を指す音が響いた。それは紛れもなく架純が浅野へ突きつけた、投了通告だった。学秀ははぁ、と大きくため息を吐くとあっさりと投了した。幾度となく将棋を挑んでいるが、浅野が架純に勝てたことは一度もない。いつも気がついたら詰んでいるのだ。
相変わらず恐ろしい才能の持ち主である。
「ふふ、やはり君と将棋をするのが一番楽しいよ。他の生徒では相手にもならん」
架純は口角を上げながらゆるりと笑う。その笑顔と童話に出てくる悪戯な猫の姿が重なった。何を考えているのか分からないところがよく似ている、なんて思いながら浅野は顔を顰めた。
「そうか、俺は楽しくないな」
「だがそれでも懲りずにまた挑んでくるのだろう?次回の対局が楽しみだ」
架純は楽しそうに笑うとスカートを抑えながら上品に立ち上がった。こんな動作一つで育ちの良さが伺える。しなやかで美しく、実に様になる。同じA組の中でもこれ程までに動作の一つ一つが綺麗な者などいるまい。名家である赤司家の御令嬢なのだから、そこらの少し金があるだけの偽者の自称令嬢などと較べることすらも烏滸がましいか。
「じゃあまたな、学秀」
ひらひらと片手を上げて立ち去って行く架純の後ろ姿を眺めながら、浅野は大きくため息を吐いた。
これで架純に負けるのは一体何度目だろうか。将棋に限ったことでは無く、あらゆる面で架純に勝てたことは一度たりとも無い。勉強も将棋も勝てない。きっと音楽でも芸術でも勝てない。一体どうやってあんな化け物に勝てというのか。
浅野にとって架純は、自身の父親と同じくらい勝ちたくて、でも勝てない存在なのだ。
「まだまだ遠いな…」
いつか絶対に服従させて、一生首輪を付けて飼ってやる。離したりなんかしてやるものか。
浅野は拳をギュッと強く握り、決意をあらたにした。
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