クロスオーバー
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「お妙さぁ~ん、どうして俺の事好きになってくれないんですかぁ~?けつ毛ごと愛してくれるって言ったじゃないですかぁ~」
夜も更けて来た頃、真選組局長近藤勲は酩酊状態で泣きながら歩いていた。その顔は原型をとどめていないほどに腫れている。ヒック、としゃっくりなのか、将又嗚咽なのか定かではないが、取り合えずまともな精神状態で無いことは確かである。彼の最愛の女性はつれない人で近藤のアプローチに靡いたことは一度も無い。彼女の職場に足しげく通っているものの、いつもボコボコにされ、更には高価なドンペリを勝手に注文され、財布の中身をすっからかんにされる。それでも近藤は彼女を運命の人と言って憚らなかったし、自身がストーカーであるという自覚も多少あったため、彼女のいうままになっていた。しかし、脈のない相手に恋をし続けるというのは苦しいもので、心臓にボーボーと毛が生えている近藤にもセンチメンタルな気分になることは当然あった。
「はぁ、俺もお妙さんへの気持ちを諦めたら楽になるのかなぁ?でもこんなケツ毛ボーボーの俺を好きになってくれる人なんて居るわけないよな~。俺を好きになってくれる可愛い子が、空から落ちてきたりしないかなぁ」
今日は土曜日。そして昨日の金曜ロードショーはラピュタであった。言うまでも無く近藤は昨日見たラピュタを引きづっていた。俺もパズーになって、空から落ちてくる美少女、お妙さんと一緒にラピュタを探したい。そんなことを考えながら屯所へと向かっていると、バサバサ、と何かが近づいて来るのが見えた。目を細めて暗闇の中、近づいて来るものを見る。なんだ、ただのカラスか。カラスだと分かってから、一気に興味を無くした近藤は、カラスを避けるようにして屯所へと向かおうとした。するとその直後。
「カァ、ミチカツ、重症!!ミチカツ、重症!!ゴリラ、ミチカツヲ助ケロォ」
「えっ!?カラスが喋ってる!?何で!?というか今、俺の事ゴリラ扱いしなかった??」
「ツベコベ言ヲズニ、ミチカツヲ助ケロォ!!目玉ほじくって殺すぞゴリラ」
「なんで最後だけ流ちょうに喋るの!?こわっ!!」
近藤はなぜか人間の言葉をしゃべるカラスにさんざん突かれながら足を進める。カラスの言うことが本当なのであれば、そのミチカツという人物は重症で命が危ない状態であることが予測できる。ミチカツという名前からして男であると思われる為、近藤は聊かがっかりしながらも元来お人よしの彼はため息を吐きつつ、カラスの言うままにそのミチカツの下に向かった。
「で、ミチカツとやらはどこに居るんだ」
「ミチカツゥ、オ前ノ足元ニ居ルゥ!」
足元?近藤は暗闇の中、目を細めるが、そこに生き物がいるという事しか分からなかった。仕方ない、そう思いつつミチカツと思われる目の前で倒れている人に手を伸ばす。その時に強く血の匂いがして、これはマズい、と近藤はミチカツを担ぎ上げた。男にしては軽すぎるし、小柄だ。真選組の中でも小柄な沖田よりも小さいことに驚きつつも、近藤は応急処置だけでも、と思い目と鼻の先にある屯所に彼を招き入れる事にした。
屯所に帰るなり、重症人を背負って帰ってきた近藤に誰もが目を見開いた。山崎に至っては驚きのあまり足を踏み外して縁側から庭に落っこちていた。
「トシ、この子の手当てを!!」
「早クシロォ!!ミチカツ、コノママデハ死ヌ!!」
土方は驚いていたが、近藤とカラスの言葉に顔を険しくするとサッと救急箱を取りに行った。騒ぎを聞きつけた誰かが蒲団を敷いといてくれたらしい。彼を蒲団に慎重に横たえた近藤は、彼をマジマジと見る。明るい電気の下で見る彼は、とても綺麗な顔立ちをしており、少女といっても通じるほどであった。あまりの顔の白さにもう死んでしまったのではないか、と慌てて口元に耳を近づける。すると僅かではあるが、フウウウ、という呼吸音が聞こえてきてホッと息を吐いた。それにしても酷い傷である。近藤は彼を痛ましそうに見た。彼の傷は凡そ十数か所に及んでおり、どう刀を振るとこんなに沢山の刀傷を負うのかさっぱり分からない。特にわき腹の損傷が酷い。しかし。近藤はちらり、と彼が左手に持つものを見る。こんなひどい状態であっても刀を手放さないとは、大した侍である。刀に刻まれた『悪鬼滅殺』という文字が彼の覚悟を表しているようであった。
「近藤さん、応急処置だけしとくから救急車呼んでくれ。こりゃぁ病院に運んだ方が良いだろう」
「あ、あぁ。頼む、トシ」
近藤は土方の言葉にハッとして慌てて部屋から出て119番を押す。本当に酷い傷だ。彼は間に合うだろうか、そんな心配をしつつも近藤の頭の中では別の事を考えていた。はて、彼は一体、どこであんなに酷い傷を負ったのだろうか。そして、どうして刀なぞ持っていたのだろうか。この廃刀令のご時世に刀を堂々と帯刀できるのは警察、または幕府の関係者くらいだ。しかしあのような華やかな顔立ちの青年は見たことが無かった。真選組局長という地位にあれば大体の警察、幕府の要人とは関りがある。しかし、彼が身に纏っていた真選組の制服にどこか似た黒い装束を見たことなど無かった。あれは恐らく隊服のようなものだろう。そしてあの謎の人間の言葉を話すカラス。謎の多い人物だ。手術が終わったら話を聞く必要があるな。救急車が到着した音を聞きながら近藤はそんな事を考えた。
病院に運ばれた彼が手術を終え、目を覚ましたのはあれから二日後の事であった。あれだけ酷い傷を負っていながら早すぎる回復に近藤は驚きを隠せなかった。一体どんな体をしているんだ。仕事の合間を縫って病院に行こうとすると、予想外の人物がついて来た。彼の応急処置をした土方は分かる。けれど、あの時その場には居なかった沖田まで来ると思っていなかった近藤は驚いた。沖田にそのわけを尋ねても、沖田は「ただの気まぐれでさぁ」とごまかすだけであった。看護師に彼の病室を聞き、302号室に訪れた三人は目を見開いた。
青年は真っ直ぐに近藤を見ていた。しゃん、と真っ直ぐに背筋を伸ばしている姿は美しい、としか言いようが無かった。
「貴方が私を助けて下さった方ですね。助かりました、御礼申し上げます」
「いやぁ、元気そうで良かったよ。体はもう大丈夫かい?」
ふわり、と笑いながらお礼を言った彼に、近藤は僅かに頬を赤くしながらも誤魔化すように大きな声を出した。土方と沖田のやや呆れたような視線を感じたが、近藤は気にしないことにした。
「えぇ、お陰様で。貴方も私の応急処置をしてくださったのですよね。銀郎から聞きました。ありがとうございます」
「ぎ、銀郎?」
疑問の声を上げた近藤に、彼はピュイ、と口笛を吹いた。するとすぐに開けられていた窓からカラスが入ってきた。やけにまつ毛の長いカラスであった。近藤はあ、と声を出す。
「この子は私の相棒の鎹鴉の銀郎です。とても頼りになるんです」
「ミチカツ、無事デ良カッタ!ゴリラ、ミチカツノ役ニ立テタコト、光栄二思エ!」
「銀郎、そういう事を言っちゃいけないって言ったでしょう?」
「御免、ミチカツ!!」
近藤に対しては全く悪いと思っていなさそうなカラスに近藤は思わず顔を引きつらせる。沖田はカラスを見て焼き鳥にしますかィ、なんて尋ねてきて、益々顔を引きつらせた。土方は静観していたが、ずい、と一歩前に出て青年に近づいた。
「で、アンタ、何者だ。こっちで色々調べさせてもらったが、アンタに関する情報が一つも見当たらねぇ。そんだけの傷を負ったってことは血濡れた現場もあるだろうし、少なからず人にも見られているはずだ。それなのに何にもねぇ。テメェ、何者だ」
青年はしばらく物憂げにカラスを撫でていたが、土方のイラついた気配にようやく顔を上げた。しかしその目は迷いに満ちていた。近藤は迷子の子供みたいだな、なんて思った。
「私にも良く分かりません。ただ、目が覚めたら此処にいた、としか」
「その前の記憶は」
「あります。ですがあなた方からしたらおとぎ話のような荒唐無稽の話でしょうから。…前に一度、話したことがありますが信じて貰えませんでした」
「信じるかどうかは俺たちが決める。いいからさっさと話せ」
暗い表情でそういった青年に土方は眉間に皺を寄せながら青年を睨みつけた。青年は土方の言葉にきょとん、と目を丸くさせた後で少しだけ笑ったような気がした。青年はカラスを撫でながらポツリポツリと話し始めた。
「私は幼い頃、家族を鬼と呼ばれる人を喰らう化け物に殺されました。両親は涙を流し、腸を抉られ、手足があちこちにもげた状態でした。弟は右手しか残されていませんでした。私は親戚に引き取られることになりましたが、父方の親戚は私の話を信じず、家族を亡くしたことが原因で頭がおかしくなったと思い、病院に連れて行かれました。私は精神病院に押し込まれ、狂人として扱われました。そんな私を救ってくれたのが、お館様でした。お館様は鬼を狩る組織、鬼殺隊を纏める方でした。お館様に救われた私は、お館様にご恩を返すため、家族を殺した鬼を殺すために鬼殺隊に入隊しました。血反吐を吐くような努力で柱と呼ばれる鬼殺隊を支える柱と呼ばれる最高位の九人の剣士の一人になりました。
柱になってから4年近く経った頃、鬼の中で二番めに強い鬼との格闘の末、私は大けがを負いました。そこから先は私自身も良く分かっていません。気がついたら此処に居た、としか言いようがないので」
「鬼殺隊ねぇ…聞いたことねぇな。そんな組織」
「政府非公認の組織ですから」
こともなげに言った青年に三人の眉間に皺が寄る。青年の言葉はまるで自分たちが秘密結社であることを隠していない。
「テメェ、しょっ引かれてぇのか」
「まさか。でも、ここには鬼殺隊は、お館様はいらっしゃらないようだから話しただけです」
「いない?どういうことだ」
青年は目を伏せながらカラスを撫でる。
「ここは私が居たところとは、まったく違うところのようです。私のいた所は、夜はあんなに明るくなかったし、こんなに医療も発達していなかった。見たことも無い家屋たちが並んでいる。都会の浅草でさえ、こんな建物は存在しなかった。ここは私の知る日本じゃない。それに銀郎も、ここに鬼殺隊の本拠地は無かった、と言っていました」
✿ ❀ ✿
青年の話は到底信じられるものでは無かった。しかし近藤にはどうしても青年が嘘をいているようには見えなかった。そう言うと沖田も土方も呆れたようにお人よし、と言ってきたが、近藤は自身の考えを曲げなかった。青年の窓の外を眺める横顔はとても寂しそうで、近藤は彼の力になりたいとそう思った。それに土方が継国巌勝と名乗る彼に関する戸籍を探しても見つからないのも彼の言う言葉に信憑性を持たせた。土方は「偽名だろ」と言ったが、そう断ずるのは早いような気がした。だってカラスも巌勝をそう呼んでいるし。まぁ人の言葉を理解しているカラスが嘘を吐くのは容易であろうが。しかし一体彼をどうしたものか。彼の入院費は近藤のポケットマネーから出ているが、保険にも入っていない青年の入院費を一人で賄うのは流石にきつかった。しかし彼は恐らく金を持っていない。正確に言えば近藤たちの使うお金を持っていなかった。謝礼です、と言って渡されたお金は近藤の知るお金では無かった。そして。
「ごめんなさい、ごめんなさい、むいちろぉ…」
病室の中、一人そう泣きじゃくる巌勝がどうしても嘘を吐いているとは思えなかった。近藤は巌勝をこの先どうしたものか、と考えながら自身の上司、松平に報告するために警察庁へと赴いた。
「決まってんだろォ。使えそうだったら生かせ。刀を持ったあぶねぇ奴を野放しになんざしておけねぇんだからよォ」
松平の言葉に近藤はグッと押し黙った。
「でもとっつぁんよォ、巌勝君には戸籍も無いし、いくつか質問してみたけど天人とか攘夷志士の事すら知らないんだぜ?俺たち真選組の事も…。それに俺たちの知らない貨幣を持っていたし。刀鍛冶に巌勝君の刀を見せたけど、こんな素材は見たこと無いって言うんだ」
必死に巌勝をかばうようにそう言い募ると、松平は眉を吊り上げた。
「おいゴリラァ。お前何絆されてるんだ。お前はただのゴリラじゃねぇ、真選組を纏める頭ゴリラなんだよ」
「いや頭ゴリラって何!?てかゴリラ扱いするのやめてくれない!?」
松平は煙草をふかしていたが、やがて灰皿に煙草を押し付けると椅子から立ち上がった。そしてコートを羽織る。
「え、とっつぁん出かけるの!?」
「その巌勝ってヤローを見に行くんだよォ。お前の目はどうにも当てにならねぇ」
松平の言葉にぐ、と近藤は押し黙った。確かに近藤は人が良すぎて人を疑うという事ができない。先日もそのせいで部下に謀反を起こされたのは近藤にとっても忘れられない出来事となっていた。
「おらさっさと案内しろゴリラ」
「だからゴリラじゃないって!!」
巌勝が入院している大江戸病院に松平と共に訪れる。しかし巌勝の病室を訪ねると、もぬけの殻であった。
「おい居ねぇじゃねぇか。逃げ出したんじゃねぇか」
「そんな…」
悲壮の声を出す近藤に松平はため息を吐いた。やはり近藤が騙されたのだとそう思ったのだ。しかしそんな暗い雰囲気をぶち壊す声が響いた。
「ミチカツハ恩ヲ仇デ返ス真似ハシナイ!!ミチカツ、今ハ機能回復訓練中!!病院ノ庭デ鍛錬中!!」
松平はカラスが喋ったことに目をひん剥いていた。しかしここ最近、巌勝の病室を訪れていた近藤はこのカラスに慣れつつあった。驚く松平を余所に近藤はカラスに話しかけた。
「裏庭に行けば巌勝君に会えるのか?」
「ソウダ!!ミチカツノ鍛錬相手ニナレ!!」
カァカァと泣きながら近藤を追い立てるカラスに松平は茫然とその様子を見ていたが、やがてハッとしたように近藤を追いかけた。
「おい、カラスが喋ってるぞ。ゴリラだけじゃなくてカラスまで喋る時代になったか」
「とっつぁん、そろそろ俺をゴリラ扱いすんのやめてくれねぇ?」
カラスに導かれるまま裏庭に出ると、本当にそこには巌勝がいた。巌勝は目を瞑って黙想をしているらしい。しゃん、と伸びた背筋が、紫がかった黒髪が風に靡く様が美しい。巌勝は近藤達が背後から近づいていくと、くるりと振り返った。
「こんにちは、近藤さん」
「よぉ、巌勝君。いい天気だな」
「そうですね」
長いまつ毛をやや伏せながら控えめに笑う様は本当に綺麗であった。近藤は男に綺麗というのも失礼か?なんて考えながらも巌勝の隣に腰かける。
「近藤さん、お召し物が汚れますよ」
「ん?気にしねぇよ、もう汚れてるからな!!」
ガハハ、と笑う近藤に巌勝は瞬きを一つした後で少し笑った。
「近藤さんは私の知り合いの方に少し似ています。声が大きくて、明朗快活」
元気にしてるかなぁ、と呟いた巌勝に近藤は巌勝をじっと見た後で、巌勝に尋ねる。
「自分の居た所に帰りたいか」
巌勝はしゃんと伸びた背を丸めて、膝を抱え込んだ。物憂げな視線は巌勝の心を良く表していた。近藤は巌勝をじっと見つめる。寂しい、だろうなぁ。自分の知らない世界に放り込まれて、知り合いにももしかしたら二度と会えないかもしれなくて。巌勝の味方は己自身と一匹のカラス。むいちろう、というのが誰なのかは分からないが、巌勝にとって大切な人であったというのは想像に難くない。巌勝はきっと今、すごく寂しいだろう。だからこそ、近藤は誰に何を言われようと巌勝の味方でありたいと思うのだ。寂しい顔をするこの青年の力になってやりたいと思うのだ。
「寂しいか?巌勝。寂しいというのなら、居場所が欲しいというなら、俺は君の居場所を作ろう」
俺の手を取れ。巌勝。
巌勝は近藤の言葉に、差し出された手をしばらくじっと見つめていた。巌勝はきゅっと目を瞑った後で力強く近藤の手を握った。
「私、近藤さんについて行きます。私はあなたに命を救われた。だから私はもう近藤さん、貴方の物です」
そう言って笑った巌勝と近藤に松平は呆れたような顔をしながらも、静かに見守っていた。
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