コナン
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
女という性は、私にとっては忌むべき対象にしかならない。
物心ついた頃から性の対象としての視線に晒され続けた私は、自分を守るために性別を偽り始めた。声を出すことができない私は、そういう対象にされやすいことに気がついたからだ。
父親からだけではなく、見ず知らずの男の慰めの対象とされて初めて気がついた。
あぁ、ほんと、なんて醜い生き物なんだ、男は。自らの欲を満たすことしか考えない。気持ち悪い。
そういう思いから男として生きながらも男との接触は避けた。どんなに男として振る舞っていても心は女。単純に男と話しが合わなかったというのもある。だから学校では女の子と遊んだ。だってそっちの方が楽しいから。
女の子はにこにこしてて、ふわふわしてて、可愛い。だから好きだった。
二年生に上がったときの事だった。男の子にしては少しだけ長い髪の毛。近所のお兄ちゃんから貰ったお下がりの服。黒いランドセル。元々中性的な顔立ちだったことも手伝ってか、私を『女』として見る人は居なかった。そのことに心地よさを感じていた。
最近ハマっていた小説を教室に忘れてきたことを思い出して、私は一度来た道を引き返して自分の教室へ向かった。
「…あれ?」
教室の中に入ったときに見えたのは、私の席に座っている隣の席の、…あぁ、そうだ。沢田さん、沢田さんだ。沢田さんは私の席に座って、机に伏して寝ていた。
自分の席で寝れば良いのに。なんで私の席で?
そんな疑問を抱きながら沢田さんを起こそうと、軽く肩を叩く。すると沢田さんは驚いたように顔を上げた。そして私を視界に入れると目が落ちそうに成る程大きく目を見開き、椅子をガタガタいわせながら慌てて立ち上がった。
「えっ、今井君!?」
沢田さんは顔を真っ赤にしながら慌て始める。
「あっ、ち、違うの!!えっと、その、そう!間違えた!!間違えて今井君の席に座っちゃったの!!」
私は何も言っていないのに、沢田さんは勝手に弁解し始める。そう、何も言ってないのに、沢田さんは間違えて私の席に座ったと言ったのだ。
私の席だって、分かっているんじゃん。
別に私は勝手に席に座ったくらいで咎めたりはしない。そこまで狭量な人間じゃないし。隣に自分の席があるのに私の席に座る理由は全く理解できないが。
「あぁ、良いよ。別に俺、気にしてないし」
そう告げながら机の中に入れていた本を取り出した。そうそう、これ。工藤優作先生の最新作。続きが気になって仕方が無かったんだよね。
つい頬を緩めていると、沢田さんが控えめに声を掛けてきた。
「あの、今井君…」
何?
そう告げようとした言葉は沢田さんによって塞がれた。唇から急速に失われた柔らかさと手に当たった柔らかいものの感触に、沢田さんを突き飛ばしたのが分かった。
目を見開いて私を見る沢田さんと目が合ってハッとした私は、本を胸に抱えてその場を慌てて走り去った。
何、今の。
私の頭の中は酷く混乱していた。だが記憶、というのは恐ろしいもので。息を荒げながら私に顔を近付けてくる父親の顔がフラッシュバックした。
つまり沢田さんは、私に性的感情を抱いていたということだ。
結局、女だって男だって、変わらなかった。皆、私を性的な目でしか見てない。そう理解すると急激に吐き気がこみ上げてきた。
気持ち悪い。
私は近くにあった寂れた公園に駆け込むと、衝動のままに胃の中のものを吐き出した。気持ち悪い。口の中をスッキリさせようと水飲み場で口をよく漱ぐ。
水を口に入れは吐き出して。何度も唇を擦る。この動作を唇が切れるほど繰り返す。だが口づけられた生々しい感触と、鼻についた胃液の酸っぱい香りが離れない。
消えろ、消えろ消えろ消えろ!!
「駄目だよ、そんな風にしちゃ!!」
後ろから聞こえてきた高くて可愛らしい声に勢い良く振り返りながらも、後退る。さっきの事があってから、もう女の子ですら恐くなっていた。
私の目に入ってきたのは、黒髪が綺麗でキラキラした目の可愛らしい女の子。
女の子は手の甲で口を押さえたままの体勢で固まっている私に近づいてきた。
「そんな風にごしごししたら、唇きれちゃうよ!!」
女の子は華奢な見た目からは想像できないほど強い力で、私の手を唇から離した。
「あー!!ほら、唇から血、でちゃってる!」
つ、と唇に触れる女の子の指の感触。その瞬間、先ほどの光景が脳裏を過ぎった。
「っ、触るな!!」
咄嗟に勢い良くその手を振り払う。ハッとしたときにはもう遅かった。女の子は大きな目を更に大きく見開いた後で悲しそうに目を伏せた。
「あっ、ごめんね…」
「いや、こっちこそごめん!!わざとじゃねぇんだ!!」
慌てて否定すると、女の子はホッとしたように笑った。その様子を見て逆に私もホッとする。あんな風に振り払うつもりはなかった。
女の子は思いだしたようにスカートのポケットをゴソゴソと漁りだした。
この子、こんなに可愛いのにスカート履いてる。この子はきっと大切に、守られて生きてきたのだろう。私みたいに、汚れてない。まるでマリア様みたいだ。
…妬ましい。
「はい、絆創膏!これ貼って!!」
「あ、りがと」
ニコニコと笑いながらそれを差し出してくる女の子に、引き攣る顔を無理矢理口角を上げながらお礼を言った。
親切心なのは分かっている。でもこんなところでも女としての差を見せつけられているような気がした。
「おい、蘭。お前いつまでボール取りに行ってんだよ」
マリア様は蘭という名前だったらしい。蘭さんはやって来た男の子を見て嬉しそうに笑った。
「あっ!新一!!」
「そんな遠くまでいってな…」
男の子は私を見るとあからさまに顔を歪めた。
「オメー…A組の今井千尋か」
「そうだけど、お前は?」
「B組の工藤新一。こっちが」
「新一と同じ、B組の毛利蘭だよ!」
よろしくね!なんて言いながら蘭さんはまた嬉しそうに笑う。すると工藤君は少しムッとした表情になった。
「蘭、先戻ってろ」
「え?なんで?」
不思議そうな顔をする蘭さんの背を押す。蘭さんは不思議そうな顔をしていたものの、工藤君の言うことに従ってその場を立ち去った。
男と一緒にいると碌な事が無い。頭の中に良く刷り込まれたその本能で反射的に警戒する。
工藤君は蘭さんがその場から居なくなったのを確認すると、私に向き直った。
「オメェ…蘭のことぜってぇ好きになんなよ!」
「…、は?」
工藤君の口から放たれた予想外の言葉に思わずずっこけそうになる。工藤君は一体何を言ってるんだ。
「アイツ、この間園子とオメェが格好いいって言ってたんだよ!!だから、お前が蘭に惚れちまったら厄介だろーが」
工藤君の言葉から察するに、工藤君は私に牽制したかったらしい。
ぶつぶつと何かを言ってくる工藤君の様子を見て私は理解した。工藤君は蘭さんにしか興味が無い。私に何の興味も無い。もちろん性的な目でだって見てない。男に「見られていない」ってこんなにも安心するのか。
私は安心したせいで擡げてきた好奇心のままに工藤君に話し掛けていた。
「工藤君は蘭さんにキスしたいとか思ったりするの?」
私の言葉に工藤君はポカンと口を開いた。驚きの余り言葉も出ないのかパクパクと金魚のように口を開閉している。おや、だんだんと顔が赤くなってきた。
「ばっ、バーロー!!そんなんじゃねぇよっ!!」
工藤君はそう言うと慌てて私に背を向けた。今にも走りだしそうな体勢になって、ピタリと動きを止めて私を振り返った。
「ぜってぇ蘭に手ェ出すなよ!!」
林檎のように顔を真っ赤にしたまま、工藤君は今度こそ走り去っていってしまった。工藤君の姿を見ながら私の心に浮かんできたのは「羨ましい」という感情。もちろん、工藤君が羨ましいんじゃない。私が羨ましいのは蘭さんだ。
きっと彼女はああやって、工藤君に守られてきたんだろう。何も知らず、無垢なお姫様のように大切にされてきた。蘭さんはひらひらしたスカート。私は少年用の半ズボン。
あぁ、私もお姫様になりたい。
1/1ページ